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穏やかな熱(お題:雪、手のひら)

「もう冬か」
「まだ夏だよ」

いや、秋か。と一人呟く男を見て、もう少し面白い返しはないのかと呆れた。真面目すぎる。

「0点」
「低すぎる」

返事をしただけなのに酷い仕打ちだな。男が存外楽しそうに言う。あなたの返しはちっとも面白くないのだけど。目で訴えると、男は苦笑を漏らした。

「わかりやすい?」
「結構、わかりやすいよ」

俺にとっては。
悪い気はしないな。
可愛げがないな。
可愛くなくて結構よ。
俺は?
つまらない男。
酷い。

口の端は軽く持ち上がっている。二人でなんとなしに交わす言葉はテンポがよく、あまり途切れることはない。意味もないし、意義もない。けれど、それでも「心地好い」と感じるのは、男との付き合いの長さ故か。
男の手を取る。ふにふにと手のひらを触る。固いな。この男の性格みたいだ。

「何だよ、突然」

何でもない、と首を振る。本当に何でもない。ただ、何となく、温度を求めたくなっただけで。

「冬になったら、手を繋ごうか」

男がふ、と笑って言った。くすぐったいよ、と男の柔らかな声が胸の奥の、もっと深いところをくすぐった。ねえ、私の方がくすぐったいのだけど。

「雪が降ったらね」
「待てないよ。手のひらはいつでも冷たいのに」
「冬になったらと言ったわ」
「訂正する。"手を繋ぎたい"」
「あなたの手はいつでもあたたかいわよ」
「君がいるからかな」

お上手ですこと。くすくすと笑い合う。制服を着ていた頃はこんなやり取りをするだなんて思ってもみなかったというのに。今では恥ずかしげもなく、次々と互いを求めるような甘い言葉が、淀みなく吐き出される。どんな言葉でも甘美な響きを持つのは、さてどんな魔法を使ったのだろうか。

「雪もすぐに溶けてしまうわね」
「溶けてゆく様も、また綺麗なものさ」
「世の中、綺麗なものだけではないわよ」
「何の話だよ」

くすくすくす。穏やかな時間はゆったりと流れていく。


2019/09/15
お題ありがとうございました!
ちょうど800字くらいになりました٩(●˙▿˙●)۶…⋆ฺ

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