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歴史

学生時代に通っていた居酒屋をテーマにした展示が母校であった。
何年ぶりだろうか、通っていた頃にはなかった大きな校門をくぐり、
旧図書館の2階にある展示室に向かう
僕が着いた時点で一人の見学者がいて
流されている映像素材を熱心にスマホで撮影していた
映像で流れているのはかつてのご主人。
現在は御歳九十歳を超えているという。
その居酒屋はビルの建て替えに伴い閉店
しかし近所に場所を借り移転営業をするはずだったが、
2代目のご主人が急逝
その移転営業は幻と消えた
その店はOB会の場所になることも多く
飲んで語らう
人間の営みの大切な時間
その空気が凝縮された空間だった
「場」はひとにとってとても大事なことだ
豊かな土壌に植えられた植物は
その土壌に支えられて美しい花を咲かせ
やがてその種を落とし
枯れて土壌を豊かにし、次の花を咲かせる
その繰り返しが人生だ
その居酒屋は若き日の大学卒業生たちが
知らずに育ててもらった土なのだろう
繰り返される会話の言霊は今もこの三田のどこかに響いているだろう
店の名は「つるの屋」
もう一度その場所で飲みたい
一昨年亡くなった僕の楽器の師匠を学生時代に学園祭に招いたことがある
一緒に演奏し、打ち上げで飲んだのもその店だった
マネージャーとして同行していた女性が妙に艶かしく
関係を怪しんだことも懐かしい
今は店も師匠ももういない
こうした一人一人の記憶がひとつひとつ積み重なっていき
それはやがて歴史と呼ばれる記憶になる
一人一人の名前のほとんどはどこかに消えて亡くなってしまうけれど
楽しかった想いだけは
いつまでも残り香のように
あの一角に漂っているように思うのだ

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