見出し画像

577河瀬監督の祝辞はどこがおかしいか 自由主義社会vs.専制主義社会の本質差異を説くべきだ

河瀨直美さんの東大入学式での祝辞が波紋を呼んでいる。名だたる政治学者からも批判されているようで、ネットで拾うと次のような感じ。正直言えば、ボクもこれに同調したい。

●細谷雄一さん。「ロシア軍が殺戮している多くは妊婦や子供など罪のない一般市民。他方でウクライナ軍は、自国の国土を蹂躙して、市民を殺戮するロシアの侵略軍を撃退している。この違いを見分けられない人は、人間としての重要な感性の何かが欠けているか、ウクライナ戦争について無知か、そのどちらかでは。」

●池内恵さん。「侵略戦争を悪と言えない大学なんて必要ないでしょう。」

●篠田秀朗さん。「「どっちもどっち」論を、超越的な正義として押し付けようとする人々が、この社会で力を持っている。」

 

河瀨直美さんは記録映画『東京2020オリンピック』の総監督。アスリートの視点を中心に描く「SIDE:A」と、アスリートを支える一般市民や新型コロナ禍の医療従事者、開催反対に声を上げた人たちを描いた「SIDE:B」から成り、前者が6月3日、後者が6月24日に公開されるとか。オリンピックは平和の祭典。だからこそ日本政府が膨大なコストにもかかわらず、総力を挙げて誘致したのだろう。どんな映像にまとめられているのだろう。

その河瀬さんがなぜ、名だたる国際政治学者から総スカンに近い批判を受ける発言をしたのだろうか。

ネットで祝辞全文を読める。隅から隅まで繰り返し読んでみた。ほんとうはビデオで抑揚も含めて検証したかったのだが。

祝辞は生い立ちから始まり、カメラの仕事に携わることになった経緯に及ぶ。そしてファインダーという窓を見つめながら、対象事物の裏にある「真理」を考究するのだと述べる。

ある里の寺では「福はウチ、鬼もウチ」と節分の豆まきをする。鬼を追いやらないのだと紹介して、その精神性に敬意を表する。そして今回のウクライナでの戦争を引き合いに出し、世間は「ロシアが悪い」と断定しているけれど、付和雷同して思考を終えるのは危険だ。一方の情報に偏らず、原因を突き止め、解決方法を模索し、自分の頭で考えることだ。

そして問題個所に至る。「(人間は)つながりあって、とある国家に属してその中で生かされているともいえます。そうして自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです。そうすることで、自らの中に自制心を持って、それを拒否することを選択したいと想います。」 

ややあって結びに至る。「この自由な学びの場で存分に生きてください。これからたくさんの人に出会い、たくさんの本を読み、様々なことに挑戦していくのでしょう。見た景色、聞こえた音、匂い、味、肌触り、そこから生まれた感情を大切に、どれだけ小さかろうとあなた自身の想像力をもって真理を見つけるたった一つの窓の存在を確かめてください。どこまでも美しいこの世界を自由に生きることの苦悩と魅力を存分に楽しんでください。」 

河瀬さんには会ったことがないので、その思想、人格を知らない。ただ祝辞文章の全体トーンから言えることは次の2点だ。

第一は、「自分たちの国が他国に侵攻する可能性を考えよ」というくだり。それを言うのであれば、「自分たちの国が理由もなく、理不尽に侵攻を受ける可能性を考えよ」と言い換えるか、付加すべきである。人間は「国家に属して生きている」のだから、その国家が侵略されないことが基本である。そうすると日本が置かれている現況をウクライナに例えたほうが、ロシアに例えるより、よほど現実感がある。政府が方針を誤り、国家の独立を危うくしようとしているのであれば、「自制心を持って、政府の方針を拒否する選択をする」のが河瀬さんの本意であると思う。

第二は「自由な学びの場」である。ロシアが侵攻に踏み切った理由は何か。いろいろあろうが、国内に自由な思考空間がないこと、情報発信や受信が制約されていることから、ロシアでは政府への異議が許されない。ただ政府方針に追従している。映像を作る経験から河瀬さんはだれよりも熟知しているはずだ。民主主義国家での思想の自由を守るためには、それを抑圧する社会を世界からなくすこと、すなわち専制主義体制の存続させないことが並行しなければならない。そしてこれこそが日本国憲法がその前文で訴えていることである。 

この日本国では、民主主義批判は笑って許されるが、専制主義批判をするにはかなりの勇気が必要なのだ。「アイゼンハワー大統領の核ミサイルは征服の手段だが、スターリン書記長や毛沢東主席の核ミサイルは世界人民解放の手段である。」そういう教師が跋扈する義務教育を受けた世代として、河瀬さんにはぜひとも「あの祝辞は舌足らずであった」と言って欲しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?