掌編小説『自覚』

掌編小説『自覚』

君の熟れた桃のような頬に、雫が流れていくのを見た。美味しそうなどど正直な感想を即座に捨てる。僕としては実に健全な感想なのだけど、内部で棄却しなければいけないことくらい分かった。
「……拭いてくれないんだ?」
言葉とは裏腹に、君が優美な笑みを浮かべる。僕は責任の所在があることを悟る。
「理由は二つ」
ふうん。泉のように涙を流したまま君は腕を組む。
「一つは枯れるまで流したほうが君のためになると思うから」
「……そうね」
君は静かに目を伏せた。黒く長いまつ毛が朝露に光る葉のようで、ぼくは一瞬見とれてしまった。……いけない!
「二つめは?」
「僕は君のものになれない」
ここで僕は言葉を一旦切る。
「だからハンカチを渡す資格がない」
「そう」
君は薄く笑った。無理に繕ったというより、他に浮かべる表情が見つからないといった様子だ。
「思う存分泣かしてやるって?」
「そういう解釈になってもいい」
「最低だわ」
「そうだよ、僕は悪い男なんだ。近づかないほうがいいよ」
「そうする」
ずずずっ。やっと君は鼻水をすすった。僕は君の頬を流れる雨が顎にたまり、ぽたりと落ちてはブラウスの襟にしみをつくるのを見ている。
「せめて、泣き止むまではここにいて。ここにいろよ」
僕は黙ってうなずいた。
「あんたが泣かしたんだからさ」
「うん」
僕の返事を聞いた途端、君は決壊した。
ふいに、超新星爆発のことを思い出た。あー、やっぱり僕って最低だな。
君が僕と付き合わなくて、本当に良かった。

(了)

徒然みぞれ(@SsMizore)

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