見出し画像

あの頃、僕らは~映画「mid90s」のこと

先日、「mid90s」という映画を観てきました。

http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/

この作品は1990年代のロサンゼルスが舞台です。主人公は13歳の少年スティーヴィー。彼は少し年の離れた兄と母親と3人で暮らしています。で、お兄さんというのがすこし問題のある人で、しょっちゅうスティーヴィーに暴力を振るうんですよね。まあ、それは大抵スティーヴィーが勝手に部屋に入ったからとか、そういう理由なんですが。でも、スティーヴィーはだから兄さんが嫌いなのかというと、そういうわけでもない。

そんなある日、少年は街でとあるヤンキーグループに出会います。スケボーを街中で乗り回している彼らは、街の大人の男性にも平気で歯向かっていく。スティーヴィーはそんな様子を見て、「かっこいいなあ」と思うんです。だって、現実の兄ちゃんはきっとそんなことできないですから。現実の兄ちゃんは気が弱くて、弟や母親にしか強く言えないダサい奴なんですね。

で、スティーヴィーは何とか仲間に入れてもらおうと思って彼らがたむろしているスケボーショップに通うようなります。そうしているうちに、その不良少年たちと仲良くなり、タバコすったりドラッグやったり女の子とセックスしたりといった悪い遊びを覚えていくのです。

で、僕自身も1990年代に青春時代を過ごしているので、とても懐かしい気持ちになりながらこの映画を見ていました。別にストリートカルチャーにはまっていたわけではないのだけれど、でも、時代感覚としてよく分かるので。

その中で、思ったことをいくつか。


少年が出会った不良少年たち

思ったんですけど、この物語って、実は主人公の少年って物語において対して重要じゃないんですよね。何言ってんだお前はって思われるかもしれないですけど、この映画の主人公って、あくまでも語り部なんです。この作品で描きたいのは、スティーヴィーが出会った不良少年たちなのだと思うんです。

彼らのキャラクターについて説明すると、まず、黒人のレイという少年がいます。彼はグループのリーダー格で、スケボーがめっちゃ上手いんですね。だからスティーヴィーも彼にすごく憧れてる。しかも、根がまじめで優しいんです。映画の中で彼がスティーヴィーにスケボーをプレゼントしてくれるシーンがあるんですけど、あのシーンはとても素敵です。

それから、ファックシットという少年がいます。彼は口癖が「ファック!シット!」なのでファックシットと呼ばれています。長髪のイケメンで、とても女の子にモテるんですね。で、いつも女の子とセックスすることか、ドラッグでハイになることしか考えてない。喧嘩っ早くて享楽的で刹那的なダメ男です。でも、かっこいいんですね。みんなそう思ってる。

あと、フォース・グレイドっていう白人の少年。彼のあだ名がフォース・グレイドなのは、4年生レベルの知能(4th grade)しかないから。まあつまり、ちょっとバカにされてるんですね。内気で人と話すのが苦手な、いわゆるオタクの少年です。彼は映画監督になるのが夢で、だからいつもビデオを回しています。みんな彼を尊敬したり彼に憧れたりはしていないけれど、でも仲間として受け入れているって感じ。

あと、スティーヴィーが仲間に加わるまではメンバーで最年少だったルーベン。彼はワルに憧れるガキって感じで、最初はスティーヴィーを弟分みたいに扱うんですけど、スティーヴィーと年が近いから、やがてライバル関係みたいになっていきます。


レイ、ファックシット、フォース・グレイド

で、どうして主人公の少年が彼らと仲良くなっていったのか、彼らのどこに惹かれていったのかというと、それは少年が彼らに理想の兄像を見たからだと思うんですよね。この物語って、主人公であるスティーヴィーの視点で描かれる以上、物語は少年の成長がテーマなのかなって思っちゃうんですけど、でも、少年は結局最後まで弟キャラのままなんです。てことは、多分、それはこの物語のテーマじゃないんですよね。

じゃあ何が描きたかったのかと言うと、それは少年がストリートで出会った3人の兄さんたちです。

一人は、レイですね。スケボーの技術があって心優しい彼のクールさ、かっこよさはある意味普遍的です。こういう人は、いつの時代もかっこいいんですよね。

じゃあ、ファックシットはどうなのか。彼は、実はこの映画の中で一番「あいつはクールだ」って言われてるキャラなんですね。で、レイもなんだかんだ言ってファックシットには逆らえない。それは映画の中で「あいつは本当は優しいやつなんだ」とか言ってるシーンがあるんですけど、多分、実際はそうじゃない。レイも心の中で一番クールなのはファックシットだって思ってるんです。だから彼には逆らえない。

今の感覚だと「あいつのどこがクールなの?」ってなるかもしれません。あんなのただの軽薄なだけの奴じゃん、って思う人も多いかもしれないけれど。

でも、思い返してみれば、確かにあの頃、1990年代ってファックシットみたいな人が一番かっこいいみたいな空気があったんですよね。それって、たとえば当時の音楽とか聴くとよく分かります。

1990年代初め頃までって、ロックスターといえばギタリストだったんですよね。で、一番かっこいいのは、たとえばMR.BIGのポール・ギルバートみたいにめちゃめちゃギターが上手い人のことだったんです。

これって、この映画でいえばレイみたいな人ですよね。

でも、1990年代の中ごろからそういう雰囲気が変わってきた。そういう人よりも、NIRVANAのカート・コバーンみたいな人がかっこいいミュージシャンになったんですよ。

カート・コバーンって大してギターが上手いわけでもなければ歌が上手いわけでもないじゃないですか。曲だって、そんな難しい曲を考えられるわけじゃない。ある意味普通ですよ、彼は。でも、普通の、誰でもできることをやってるだけなのに、彼がやるとなぜか特別なことになる。そういう人が一番かっこいいって言われてたのがmid90sだったんです。

そう考えると、この映画の中のファックシットって正に1990年代の一番かっこいい兄さんなんですよね。

で、面白いのがフォース・グレイドです。彼はこの映画の中では決してかっこいい人として描かれているわけではない。でも、これネタバレですけど、この映画の最後はフォース・グレイドが締めるんですよね。

これってどういうことかというと、ファックシットみたいな人がかっこいいよね、クールだよねっていう時代は割りとすぐに終わって、また別のタイプの人がかっこいいよねっていわれる時代が来る。1995年以降インターネットがどんどん浸透していって、今かっこいいよねって言われてる人ってもしかしたらフォース・グレイドみたいなオタクタイプの人じゃないかと思うんです。

つまりこの映画では3つのタイプのクールさを描いていて、その中でもとりわけファックシットが一番クールだったことを描いているから「mid90s」なんですね。

もしもレイやフォース・グレイドのようなタイプをクールな人としてフィーチャーしたいのであれば、時代設定を90年代中盤にしてはいけないわけです。

この映画を見た90年代を知らない世代の人はもしかしたら「ファックシットのどこがクールなんだよ」と思うかもしれない。でも、それは、あの時代のことを知らないからなんですよね。知ってる人は、「ああ、あの頃はそうだったよな」と思う。


実はお兄ちゃんがいいキャラ

そうそう、で、この映画で一番いいキャラって実はスティーヴィーの実のお兄さんなんじゃないかって気がするんですよね。一番嫌なキャラっぽいんですけど、ある意味一番リアルな存在だと思う。

すごく印象に残ったシーンがあって。少年たちが街でスケボーしてるところに偶然お兄ちゃんが通りかかるんですよね。で、お兄ちゃんの足にファックシットのスケボーが当たって、ケンカになりそうになる。ファックシットはもうボロクソにお兄ちゃんを挑発するんですけど、お兄ちゃんはグループの中に弟の姿を見つけて、それで何もせずに黙って去っていくんです。

で、それを見て弟である主人公は「やっぱうちの兄貴はダセーな」って思ってるんだろうなって見てる側は思うんですけど。

でもこのシーン、お兄ちゃんの側に立ったらすごいきついシーンですよね。ていうのは、このときお兄ちゃんはめっちゃおしゃれしてるんです。多分、お兄ちゃんもストリートカルチャーに対する憧れみたいなものがあって、そういう人たちの仲間になりたくてすごい気合入れておしゃれして街へ出たんですよ。

で、声とか掛けてくれないかなと思いながらスケボーしてる人たちを見てた。だからあの場に遭遇しちゃったんですね。

そしたらなんかケンカになりそうになって、しかも、そのグループの中にはすでに弟がいるんです。あの、いつも腹いせにぶん殴ってた、自分よりも弱いと思ってた弟が。

で、その後に登場するシーンでは、もうお兄ちゃんずっとまじめな普通の格好しかしていないんです。そっちに行くのやめたんでしょうね。

すごく切ないし、悲しいなと思って。ダサくはないんだよな、お兄ちゃん。大人になった赤の他人から見るとそう思う。でもやっぱ、主人公の少年から見るとダサいんでしょうけど。

そう考えると、この作品ってファックシットとお兄ちゃんがいるからすごく奥行きが生まれている気がします。もしもこれが主人公とレイが中心の話だったら、すごく作り物っぽい、つまらないものになったと思う。主人公がすごく純粋で可愛い感じのキャラだけに。


なんだろう、バカなんですけどね、登場人物は皆。多分、今の若者は「90年代の若者ってバカだったんだな」って思うのだろうけれど、でも、まあ、若者なんていつの時代もバカでわけの分からんものですからね。

だから、うん、なんだろう、要するにまあ、すごくよかったです。結局はそういうことです。分かる人はめっちゃ分かるだろうし、分からない人は全然分からないだろうし。そういうところがまた、よくできてるのだと思います。

多分、もっと誰にでも分かるように作ることもできたと思うんですよ。ファッションとしてあの時代を描くこともできた。だけど、あの時代に10代の男の子だった人たち、あの時代の空気感が分かる人にだけ分かるようにこの映画を作ってくれたことに敬意を表したい。

誠実さってきっとそういうことだと思うんです。で、本当にいい映画というものはきっと、シナリオがよくできてるとかお金をかけてるとかそういうことではなく、そういった誠実さを備えた映画のことだと思うのです。

かっこよかったっすよ。ほんと。特別なことは何もしていない映画だけど。でも、それなのにかっこよかった。

うん、そう。まるであの頃の、普通なのに何がクールなのかを何となく分かってたあの人たち、まだしょんべん臭いガキだった僕がこっそり憧れていた、あの頃のあの人たちみたいに。

よろしければサポートお願いします!頂いたサポートは今後の創作活動のために使わせていただきます!