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「僕と彼氏の、初夏休み」

↑シリーズの基本設定。



2404年の三浦半島。かなり地形が変化している。


海砂糖、「シーシュガー」と呼ばれる有名な観光地区が、地球の旧日本エリア三浦半島にある。四季を誇る小さな島国は、21世紀末に経済破綻の果てに細かく分割売買されて、外国の富豪やまだ年若い実業家などに買い叩かれ、2404年の現代に至る。

人気が集中して高値でオークションにかけられたのは、まず環太平洋軍事海域に広がる沖縄諸島。次に古い寺院が並ぶ京都や広島、歴史ある風景を残しつつ海の恩恵を受ける北陸加賀、海辺の美しい横浜や鎌倉、葉山、函館。他には別荘地が並ぶ信州の軽井沢や八ヶ岳、安曇野。富士山の眺望を見上げる小田原、伊豆半島、そして中央都市東京とその離島の数々。

海産物が豊富で東京からも近い三浦半島を最後まで競り合っていたのが、天王星に拠点を置くツタンカーメン一族と、そして東欧三国や広大なロシア領の一部を買い占めて太公家を継承したフォン・ラグランジェ家。両家とも典型的なハイブリッド・アルファヒューマノイドの血族で、希少なナチュリア・オメガを妻に多く持つ貴族だ。

結局、5600億デュべまで掛け値が到達したところで、ツタンカーメンとラグランジェ両家が共同管理に置く土地にする法案を進化型AIヒュートランが決定。以来四百年、「ミウラ・シーシュガー」は一部の裕福層のみに許された、平和な観光区画として成り立っている。

このエリアには、アルファ・エリートが複数のホテルを経営しており、そこで働く人々は、選りすぐられた「A級ベータ」ばかり。乱暴な気質のビースターや、低階級Bランク以下のベータ種には入国が許可されない。ツタンカーメンとラグランジェ同盟観光課から発行される「エクスペリエンス・パスポート」を所有する数少ない人々のみが、保養やビジネスツアーで美しい海へと足を踏み入れる権利を持っている。


↑読むとわかりやすい、人間関係。


「うひょ〜! めっちゃ良い部屋〜!!」
「海岸を一望ってスイートがここか。流石に綺麗だなあ」
「まあ、その。今回は義理の父親にちょっとその、裏から手を回してもらったので」
「持つべきは、ツタンカーメン猛禽王の身内のボスってことだねぇ」


2404年の八月初旬、ソーヴィ・憂・キャスバリエ大佐の指揮する「私設星間独立飛行隊イグザムズ」のチームは、かの「ミウラ・シーシュガー」にて一週間のミーティングツアーを敢行。本日はそのスタートデイで、メンバーには地上34階の下士官用八人部屋と、他に隊長の42階一人部屋、婚約者二組用の40階セミ・スイートルームが配備される。

「いかにも天高くそびえる超高層ホテル、って雰囲気じゃないんだね」

銀河系を渡り歩いてきた歴戦の傭兵であり、名前が売れた工作員かつフィクサーでもあるアルマンゾ・愁・ラズベリーフィールド伍長が、既に鮮やかな赤いアロハに浮き輪を首にかけ、海への戦闘モードへ突入しつつある。その上司で、星間飛行隊のソーヴィ隊長も、荷物の中からシュノーケルを出しつつ答えた。


「シーシュガーエリアには、昔から45階以上のホテルや施設は建築が許可されていないんですよ。うちのご先祖とラグランジェ大公家の取り決めなんです」
「確かに、ハワイやらニュージーランドなら土地は広大だけど、この辺は海辺もこじんまりしてるもんね。素朴な漁港も残ってるし、ウレエラのご先祖方に感謝だよ」

ソーヴィの隣で日焼け止めを入念に塗っているのは、「星間飛行隊イグザムズ」のプロデューサーかつメカニカルオーナーの、アルジュナ・ジェラデエック・ミズラヒ。「マーキス・ミズラヒ」と呼ばれる、名門アルファ貴族で29歳。ソーヴィ・キャスバリエ隊長とイートン校の同期生だった若き大富豪である。


「あの、お話のところすみません。天瑪(あまめ)・シェンライア・メーライシャン少佐、リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ中佐、ただいま到着致しました」

軽いノック音と共に、オートロックの両扉を支えるように、長い黒髪をまとめた紫瞳の小柄な東洋系と、目を見張るような銀髪碧眼の背が高い美丈夫が、敬礼して立っている。


「ああ、いらっしゃい! 二人ともハヤマからはバイク?」
「いえ、今回は車で。ソーヴィ隊長にはわざわざセミ・スイートルームを貸して頂き、感謝します。すみません、あんな良いお部屋を」

ソーヴィは同じオメガ系ナチュリア・クスィーアンとして、妹弟同然に仲良く交流している天瑪に駆け寄って、軽く肩を叩いた。

「またまた、隊長はやめてよ。その服はとても可愛いらしいね! またラグランジェ侯爵のお見立てでしょう!」
「キャスバリエ大佐、自分もご招待頂き、感謝ばかりです。どうかお父上によろしくお伝え下さい」

瞳のカラーリングに合わせたのか、淡いパープルとブルーのグラデーションに、赤い金魚が泳ぐチュニックに膝丈デニムの天瑪は、合わせたように赤いエナメルサンダルを着用。その婚約者のハイブリッド・アルファは、「蒼の君、ブルーハイネス」という社交界での通り名を思わせる、アクアブルーとウルトラマリンが混ざり合った、絞り染めのコットンジャケットにブルーデニム。足元はミルクティー色のローファー。

「私こそ、ロードグランド・ラグランジェにお礼を伝えて下さい。ミウラ・シーシュガー合同管理区に私設軍隊が入る許可を頂き、ありがとうございます」

「社交界の蒼の君」と「ツタンカーメン王の、親友の忘れ形見」が握手を交わす。

「そうそう、天碼は七夕に火傷したんだっけ? もう全然わかんないね、おでこ」
「あっ、もう完璧に治りました! はじめから大した怪我じゃなかったし」

天碼が横に立つ長身の婚約者をチラッと、上目遣いで伺う。

「キャスバリエ大佐にも、自分のフィアンセがご心配をおかけしました。お詫び申し上げます」
「いや、無事ならよかった。C級ビースターの闇シンジケートに偶然鉢合わせするなんて、怖かったでしょう。父の部下が片付けたと聞きます」
「はい、ツタンカーメン陛下の直轄の方に助けて頂きました。また後日、陛下には直接お礼を申し上げたいです」
「そんな、気にせずに。では、お二人も楽しんで!」
「感謝致します」
「ありがとうございます、ソーヴィ様」


一通りの挨拶を終えると、婚約者の二人は当てがわれた新婚用のセミ・スウィートへ退室した。身支度を整えたら、海岸にて待ち合わせだ。

「さて、もう一組の婚約者組とは、明日ここで会うってこと?」
「そうです。弓緒・ラフィエール卿とカーディアス・ツタンカーメン卿は、今回あくまでお忍びですので。一般客として、木星からこちらに向かっています」
「左右の別ホテルからは、護衛のナチュリア・ガードマンやシークレットサービスが、ズラリとスコープで覗いてるんだろうけど」
「うっわ、せっかくの海水浴場なのに……、皆さん気の毒に」
「アルジュナも! 他のナチュリア男女に片っ端から声をかけたりしないでね! うちは年下のメンバーばかりなんだから!」
「ええ〜、僕はそんなお行儀悪くないよ。向こうからナンパしてくるんだもの」

シースルーエレベーターに乗り込む前に、扉の前に立つグリーンのアロハスタイルの、見るからに屈強なハーフビーストが三人に軽く会釈を落とす。

「お疲れ様です」
「ソーヴィ様、お父上にご心配をおかけしませんように。お願いしますよ」
「はいはい」
「アルマンゾ伍長もです」
「ああああ〜、へいへい〜」

紺碧の海と空に挟み込まれた特殊層ガラスの箱の中で、銀灰色のハイブリッド・グリフォンが鼻をかく。

「あれですかね、俺ってやっぱり、ツタンカーメンの親父殿に、一人娘息子を悪い道に引き摺り込む不良ビーストとか思われてんですかね」
「ブプッ! ちょっと伍長! そんなことを今になって気にしてるんですか!?」
「いや、気になりますよ……」
「今更だねぇ……」

静・アマデウス・ツタンカーメン、もう一つの名を「天王星の猛禽王」、という彼の人は、ソーヴィ・憂の今は亡き実父の親友だった男だ。ハイブリッド・アルファの王侯貴族の中で唯一の褐色の肌を持ち、先代王の響に続いてビーストの人権活動家として広く知られる。多くのハーフビーストが、天王星のみで大学教育を受けられる法案や、その異常繁殖を止める為の中絶や去勢手術を無償化。

腕利きのハーフビースターで構成される、彼お抱えの優秀な工作員達や、また身体の大部分をサイボーグ化した秘密特殊部隊で、太陽系全体を監視していると言われる。「宇宙のどこにも、猛禽王の視界でない場所はない」が、この銀河の暗黙の了解だ。

「……天碼は私には話してくれませんけど、ベルリン訪問中に色々あったらしいんですよ」
「ああ、おでこを火傷しちゃった話? ツタンカーメンの親父さんが関わってるとか?」
「そこまでは分かりません。ただ、悪質なビースターと前科者ベータ連中が組んでいたシンジケートが、数個潰れたとしか」
「アマメちゃんの前髪、前よりかなり短くなってたもんね」

そこで、三人の鼓膜へエレベーターの到着音が軽く響く。それぞれに浮き輪やシュノーケルセットを運び出すのは、海岸へ直結するロビー。ここにも数人のハイクラス・ビースターが待機済みだ。おそらくは、ホワイトタイガーやニホンオオカミの遺伝子を人工配合された彼らに、ソーヴィが「お疲れ様」と微笑むと、彼らも礼を返す。


「ラグランジェ侯爵がとても心配されたようで、天碼は一週間も個室で入院させられたんですよ……」
「軽い火傷で!? ふは、蒼の君、ブルーハイネスも愛深き溺れる男だねぇ」
「そっか、我が隊長殿はそのお詫びも兼ねて、二人の仲直り大作戦in青い珊瑚礁を発動させたわけね」
「……伍長、それって、エッチな意味じゃないですよね」
「NO、NO、NO!! 俺はそんな下半身思考の雄グリフォンじゃないですから!! ……てか、ねぇここだけの話、あの二人ってどこまで進んでるんですかね?」
「ほら! やっぱりエッチな話でしょう!」

188cmの美丈夫の逞しい上腕を、ビタン!とソーヴィが叩く。「痛ったい〜」と泣いたフリをするグリフォンが、自分の上司兼飼い主の肩に頭をぐりぐりと擦り付けた。


「メーライシャン少佐は、オメガ直径のクスィーアンだろう? そんならあのブルーハイネス侯爵は当然、運命のつがいなんだろうから。27歳同士のそこそこがあって普通なんじゃないのかね」

蒼の君と同じく、エリート・アルファ侯爵である、離婚歴六回を更新したばかりのアルジュナ・ミズラヒが、ティアドロップタイプのサングラスを装着する。白い砂浜は目前だ。噂の二人である、天瑪・メーライシャン少佐と、婚約者であるリーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ中佐が、最新型アクアスーツに身を包んで、こちらに手を振っていた。年上である三人組は会話をやめ、自然な笑顔を被って合流。この話については、また後だ。

「さて、それでは星間飛行隊のファースト・ミーティング、開始しましょう!!」

午前10時からほぼ二時間半、「星間飛行隊イグザムズ」のチームは、離れ岩の島へ競泳したり、シュノーケリングで潜水して鮮やかな魚を見たり、子供の頃に戻ったかのようにはしゃいだ。

さすがに太陽が真上に落ち着く時間には、空腹感を抑えられなくなり、海岸沿いに営業されている海の家に入った。ハーフビーストの高齢ふうふが経営している小さな店で、古びた畳敷きの上に座卓が並べられている。大型ビーストであるグリフォンと、アルファ男性の貴族二人は脚が入り切らず、簡易椅子を出してもらう。

「焼きそばのマヨネーズ掛けを……、大盛りの人は?」

パッパッパ、と三人の青年が手を挙げる。

「大盛りを三人分。私は普通盛りで、ショウガ抜きでお願いします。天瑪はどうする?」
「私も普通盛りで、マヨネーズと海苔を多めに、生姜抜きで」
「俺はそれにイカ焼き二本、侯爵コンビは?」

アルマンゾ伍長が、二人の御曹司を伺う。


「僕も同じく、飲み物はコーラサワーを頼むよ」
「同じく、ビールを大ジョッキで」
「大ジョッキ二人分に、コーラサワーを一人ね。ボスとアマネちゃんは?」
「私は、烏龍茶。氷抜き」
「僕はハイビスカスソーダ、シロップ入りで」
「それで良いかな?」
「はい、とりあえず以上です! お願いします!」

全員、そろそろアラサーという年齢枠なのだが、ハイブリッド配合人類のアルファは、内臓の頑強さも普通の人間よりずっと上回っている。アルコールを瞬時に蒸発させてしまう強肝臓の持ち主故に、酒が冷めるのも早い。

一方、ナチュリア・クスィーアンはアルコールや薬物への耐性が無く、自然受胎ベータ種よりも体力や筋肉量は多いものの、頑丈さはアルファと比較にもならなかった。平均年齢も、180歳も珍しくはないアルファよりも短く、110才前後だ。

お育ちの良い面子が揃っているので、「いただきます!!」が号令に下ってからは、全員ほぼ無言。いつもは多弁なアルジュナとアルマンゾ伍長でさえ、ひたすらに焼きそばとイカ焼きを飲み込んでいく。

「ねぇ天瑪、ブルーハイネス・ラグランジェ侯爵も、普通に焼きそばとか食べるんだね」
「あ、彼は戦場で鳥や兎をよく捌いて食べてるみたいです。麺類も……、パスタとうどん、蕎麦も、とにかく好き嫌いは無いですね」

大柄な男三人組が黙々と箸を動かしていく間、そろそろ満腹になったクスィーアン組が話し始める。

「いつもって、天瑪がご飯を作ってるの? お弁当、侯爵が軍務省の自室で一人で食べてるって、本当?」
「…………さあ、見たことがないので。まあ、何を出しても文句なしにきれいに片付けてくれるんで、助かりますよ」
「凄いなぁ、なんだかもう、長年の連れ合いみたいだね」
「侯爵が優しいから。僕は彼に、色々と甘えてるだけなんです」

なんだかあんまり嬉しそうではない天瑪の表情に疑問を持ちつつ、ソーヴィは詳しく質問するのはやめておいた。私生活に口出しする上司にはなりたくない。

「それより隊長、新しく配備されるナッシュビル二台ですけど、一度エグゼビア・エレクトロニクスで歩行チェックをお願いできませんか?」
「え? ああ、もちろん。気になることあった?」
「問題はないと思うんですけど、土星での演習前に足のスピルドル関節強度を確認したくて」
「わかった、アルジュナに頼んでおくから。後日チェックシートを出してくれる?」
「はい」

隣で、さり気なくその会話に耳を尖らせていたグリフォンは、「こんなとこまで来て、お仕事の話か〜」と、ちょっとだけ失望した。薔薇とツバキを彷彿とさせる二人が、もっとこう、「ザ青春!」な話題に盛り上がるかと期待したのに。

「二人はクスィーアンだから、あれが自然なんだろうさ」

アルジュナが、二本目のイカ焼きに歯を立てながら呟く。

「ブルーハイネスはいかがです? 婚約者殿との生活は? ラブラブですか?」

椅子の下で、アルジュナが軽く伍長の足を踏みつけたが、グリフォンは引き下がらない。勤務先がまるで違うので、まともに話せるのはここがラストチャンスなのだ。

「………、余が半ば無理矢理に婚姻を迫ったのでな。これ以上のわがままは強行しないと決めている」
「軍務省の部屋で、一人でフィアンセ殿の手作り弁当を食ってるつーのは、マジすか?」
「鍵をかけているわけではない。昼食中でも、いつでもドアは開いている」
「太公家には、婚前交渉は無い方針ですかね?」
「…………プライベートについては、黙秘する」
「ああん、ケチ」
「キミが下世話なんだよ、伍長。別にプラトニック期間が長くても良いだろう。あんまり急ぐと、クスィーの妊娠能力目当てだとも思われかねん。当然、我らがブルーハイネス殿には、そんなつもりは毛頭無いだろうけれどね」
「さすが、バツロクの言葉は重味が違う!」
「お〜い、ウレエラ! 君は飼い犬の躾がなってないぞ〜!」

リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ侯爵こと中佐は、まるでフレンチのフルコースを食べるような美しい所作で、イカ焼きと焼きそば大盛りを全て体内に収めた。なかなか良い味だと思う。ソースは辛めで普段なら濃過ぎるかもしれないが、泳いだ身体にちょうどいい。

同世代の男子に、こうして下品な恋愛話を振られるのも久しぶりだ。ギムナジウムで全寮制生活を送っていた十代には、こういう集団生活での色々な体験を重ねていた。ラグランジェ太公家の末っ子という肩書きからか虐められる事はなかったが、遠回りにされて特別に親しい友人も作らず、ひたすら武道の修行に励んで、勉強に勤しむ毎日。ひたすら「初恋の君、運命のつがい」に相応しいアルファへと成長する為だ。


その相手である天碼はすっかり忘れているようだが、腫れ物扱いされて育ったラグランジェの末っ子にとって、その出会いは衝撃的だった。

十歳の春に、地球の旧日本エリアトーキョーで開催されたジュニア世界武道大会。ギムナジウムの初等部にて無敗を誇っていたリーデル少年は、歴代チャンピオンが曽祖父や祖父、そして父や兄というだけで、無条件に参加決定を下されていた。

静・ツタンカーメンも中等部までは、ここに準優勝者として名前を連ねていたが、それも突然試合を放棄した父、グランドロード・ラグランジェの不戦敗。

ツタンカーメン家とラグランジェ家は、アルファ名門としては双璧と謳われる出自である。常に比較対象とされるのは仕方がないことなのだが、やはり面目という壁がある。両親や祖父母から何も指図を受けなくとも、「勝て」「負けは許さぬ」というプレッシャーをいつも背中に重く感じていた。

無感情な子供に育った十歳児としては、勝負の結果のみに注目されている事実を熟知しつつ、礼儀正しく身体の大きな相手を投げ、押し潰し、制圧した。大人達も「やはり、予想通りだ」と大きな感動も感激も見せない。


「天碼・メーライシャン選手! 今年初参加にて決勝まで勝ち抜いた、新鋭の十歳!」


午後の最終戦、木星の無名公立学園からの奇跡的な勝者がの仕上がって、リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェの正面に、大きな紫色の瞳を瞬かせて立っていた。


「天碼・メーライシャンです! よろしくお願いします!!」


凛とした、ガラス風鈴が響くような澄んだ声。昼から夕焼けに移り変わろうとする遮光は、自分とほぼ変わらない体格の相手を、まるで天使の梯子のように祝福している。

「………………お、しく………………ネガイマス………………」

きちんと返礼できたのか、記憶は無い。声が掠れて呼吸が止まった。全身から汗が吹き出し、脚が震えて指に力が入らない。

(なんだ、これは。私が、私が震えているというのか!)

まだ短かったその漆黒の絹髪は、肩までのボブスタイル。白い柔道着が肩で大きく余っていて、腕も何度も折り返している。

「いざ!!」

クラクラドクドクと血が鳴動する脳内に、決意の一声が斬り込んでくる。

両者共に、身長が140cmというところだ。体重もおそらくは大差ない。黒髪紫瞳の「天使」は、一気に胸元に迫ってきた。

(強い! それに何という気迫!!)


リーデル少年は面食らった。だがアルファとしての本能が、咄嗟の判断を手足に命令する。動け動け動け、とにかく相手の動作をシミュレーションして、突破口を見つけるのだ。

いつも、どこきやる気のない相手にしか勝ってこなかったと思う。ラグランジェ大公家の末子に、勝ってはならないと子供達に感染していた強迫観念。一人で勝ち続けてきたつもりだった。自分がいかに甘やかされてきたのか、そこで初めて気が付かされる。

(私は負けている! この美しい人に、気力で既に負けている!!)

組み合い交わして、足払いを繰り返す。どちらも屈しない。長い戦いになった。予想外の激闘に、大人も子供も異様な圧迫感を繰り広げている二人に、やがて目を奪われて誰も何も話せなくなる。

「嘘だろ、ラグランジェの坊っちゃんが、」
「押されてる!!??」
「おい、誰だよ! 木星の学校なんて嘘だろ! どこのアルファだ!?」
「違ぇよ! ありゃクスィーアンだってよ!」
「ナチュリア!? でたらめ言うな馬鹿野郎!!」


息が上がって、汗が視界を塞ぐ。それは向こうも同じだろう。腕を取ろうとするが、水を浴びたように濡れて、指が滑ってままならない。


「あっ………………!」
「………………!!?」

どちらからともなく、体重が脇から押さえつけられて、畳に横へ叩きつけられる。


「待て!! 判定!!」


怒涛の勝負に、会場は湧きに湧き上がり「うおおおお〜!!」と天井に興奮が反響する。ハアハアと止まらない息のまま横になって周囲を見渡すと、いつの間にか中等部や高等部、他校で敗退した選手達が鈴なりに観覧席に溢れていた。


「あんた、強いね」
「!!」

腕の中から、声が溢れる。黒髪をすっかり乱して、汗を滴らせるその子供が微笑んでいた。

「立てる?」
「………ん、」

無様にも答えられなかった。胸に熱い飛沫が溢れて、とても何かを話せる状態ではない。その大きな紫の瞳から目が離せなかった。


(これが、この人が、アルファである自分の運命! つがい!!)


「判定!! ラグランジェ!!」


ドッと、会場が割れんばかりの歓声で破裂した。何も考えられず、つっ立っていると、グッと腕を上げられる。

「ほら、アンタの勝ち。ちゃんとして」

その引けが離れていき、距離を開いて一礼する。

「待っ………!!」


そのまま、その子は去っていった。遠い木星へ。リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ少年に、革命的な衝撃を残して。








【僕と彼氏の、初夏休み、前編】

前編になってしまいました、くくう。構成はもう決まっているので後半も頑張ります。おそらくこれから数日で、ここに修正が何度入ると思います。

本当は花火大会まで持っていくはずが、昨日の「永久少年声優トークステージ」で、突然大勢のメンバーで行く夏休みを書きたくなってしまって。案の定、キャラクターを全員分並べたら、全く時間がなくなりました。

そのうえ、今夜は「機動戦士ガンダム水星の魔女」の、あまりの作画スタッフの豪華さに、今も指の震えが止まらない〜!!

三浦海岸の四つ星ホテル、マホロバマインズ三浦には、高校の仲間十人で遊びに行きました。当時友人のお父さんが某大手銀行の上役でして、そのコネで宿泊したら、豪華スーベニアルームが一泊一人¥10000という破格の値段に……。(通常は、一人¥68000)

すぐ近くには、漁場で水揚げされた魚が直接運ばれてくる回転寿司もあり、素晴らしい新鮮なお寿司をリーズナブルに食べられたし、モスバーガーでテイクアウトの晩ごはんを食べながら、24階の冷房の効いたお部屋から花火大会を眺められました。本当に良い思い出です。

今年は、一人で近くの民宿に泊まって花火を見るかどうか迷っています〜。


















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