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異界へようこそ

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異界へようこそー金魚鉢

異界へようこそー金魚鉢

入り口の赤い日よけに白字で『ポアソン・ダブリル』とある。
フランス語で、4月の魚。英語ならエイプリルフールのことだ。
T字路の角にあるそのカフェは、レンガ造りで蔦が絡まり、シックな雰囲気がある。
窓が多いが、中は薄暗いので店の外からはよく見えない。
外観は気に入ったが、中はどんな雰囲気の店なのだろう。
好奇心にかられて入ってみた。

店内は案外広くて、白髪混じりのマスターが丁寧な手つきで、コーヒー

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異界へようこそー夢で逢えれば

異界へようこそー夢で逢えれば

『poisson d’avril』
カフェ入り口の、アールヌーボー調の装飾文字を確かめて扉を押して入ると、ドアのカウベルがカラコロと鳴り、カウンターからマスターらしき男性が、こちらを向いて私に軽い会釈を送った。
店内は薄暗い。
少し目を凝らして奥の席を探すと、手を小さく上げている女性がスーだった。

ジャケットを脱ぐのももどかしく私は声をかけた。
「久しぶりね。大丈夫なの?寝ていなくてもいいのかし

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異界へようこそースクランブル交差点

異界へようこそースクランブル交差点

 地下鉄の表参道駅で電車を乗り換えたら、魔女風に目の周り黒くし、赤い口紅も毒々しく、青白く厚塗りした女が車両に乗ってきた。尖がった黒い帽子、黒マント姿の子どもも連れている。
ひどく禍々しい風体だというのに、乗客は誰も気にしていないといった様子で、知らん顔を決め込んでいる。
(そうか、今日は10月末でハローウィンだったのだ。渋谷は今の時刻から、ああいった連中で混雑するに違いない)
夕方の時間帯に、渋

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異界へようこそー皿の中

異界へようこそー皿の中

職業を問われると、ツトムは「画家」と答えてきた。

美大卒業後、高名な美術評論家に認められ後押しをされかけたが、運悪く評論家が突然亡くなり、画壇デビューの機会を逸した。
その後、銀座の画廊で個展を何度か開いたことがあったが、それは母親が金銭的に援助してくれたからこその話だ。だから社会的には、自称の範囲を越えないのかもしれない。
母親は夫を早くに亡くしたが、地方都市に文房具も扱う書籍の店を構えて手広

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