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己の殻を破るとき

己の殻を破るとき


意識のかけらが音もなく宙を舞った...

無重力の空間でスローモーションを見るように、もうひとりの私が… わたしを見ていた...言葉はその拠り所を失い、乾いた音をひとつ残して落ちていった...

石がこころを叩くときがある。 身体の深いところから来る… ある種の振動のようなもの...様なものとしか言いようのないこの感覚を何と呼べばいいのか...

硬い冬芽のなかに息づく、瑞々しい脈動とでもいえるものが身体の奥から沁みだしてくる...それは極めてしなやかで優しくもあり、剣よりも強い鋭さを持ったもの...

捻りつぶすこともできるたわいない弱さのなかに息づく力強さを見るとき、力を笠に着た者が恐れるのは自身の弱さではなかったのか...偽りの自分を飾る為に、力…価値…名声… 欲しがるのはその弱さ故なのかもしれない...

時至りて石はこころを叩く...

大地から離れて人は生きられない...偽りの自分を隠すために飾られた宝石は歌うことはない...真の宝石は自身のなかに眠るもの...大地を離れた者に石は歌わない...大地から離れたこころに石は何も語らない...

こころを叩く名もなき石の聲を聴くとき、「時」が満ちたことを告げる呼び声だったことに気づかされる。

樹々のように大地から立ち昇る力をその身に感じ、久しく忘れていた脈動を思い出すとき、ひとは二度生まれ直すものなのかもしれない...その微かな芳香にも似た囁きのなかに芯のある脈動を感じるとき、ひとは初めて自分を生きることができるのかもしれない...

静かに満ちてゆく脈動の昂まりと時を同じくして、石はその律動を同調させてこころを叩く...ドアをノックするように...

破られたのは私ではなく、わたしが纏っていた干からびた時間だった...弱さゆえに塗り重ねてきた偽りの殻...いつしか錆びついてしまったことも知らずに来た...それがいま破られた...

それは破壊のような衝撃ではなく、眠っていた時間が開いてゆく感覚...幾重にも畳まれた葉が初めて呼吸するように...無重力のような感触は内部に開かれてゆく感覚だった。

幽かに...微かに...有るか無きかのゆらぎのなかに灯る香りの気配...未だ色を見せない楽音のなかに、柔らかな風とともに時間が解け始めたことを私はまだ知らなかった...

衆目のなかに咲く桜よりも、冬の冷気のなかに人知れずひらく梅のように、凛として立ち現れてくる時間を生きるとき、人はほんとうの自分を思い出すのかもしれない...

石の言葉は余韻を残しながら、また冬の冷気のなかに還っていった...




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