どんな笑顔みせても心の中が読まれそう
大人ぶった下手な笑顔じゃ心隠せない

モーニング娘。「サマーナイトタウン」

2ヶ月を過ぎた頃から、「唸る女」として著名であった我が家の娘は、その名の通りどこか一点を見つめながら、或いは我々夫婦を不思議そうに眺めながら「うぅうう、うぅうう」「うぐぅう、あぐぅう」と、そのハスキーかつ低音ボイスでもって唸りながら何かを訴えかける日々を過ごしていた。

泣く、喚く、落ち着く、唸る。

その度に我々は、「あらあ、そうですかあ！」とか「おやおや、どうされましたあ？」など妙に語尾を上げながら煽て宥めすかし、拙いなりにも、1ヶ月前とは比べ物にならないレベルでの相互コミュニケーションが取れる状態までになっていた。

娘も娘でようやく我々の存在と役割を認識し始めたのであろう。

「あ、これはお腹減ったときに乳咥えさせてくれるやつね」

「あ、これはお風呂に入れてくれて、寝る前にラブ・イズ・オーヴァー唄ってくれるやつね」

などというふうに。

もちろん、娘には「空腹」「乳」「お風呂」「欧陽菲菲」の概念は存在しない。ただ自分のイライラを宥めてくれる、そんな存在として我々のことを認識し、それを認め受け入れている。拙いコミュニケーションがどうにか成り立つようになって、私は我々三人が、ここにきて初めて「家族」になり始めた、そんな気がしていた。

ある日、いつもと同じように唸りながら手遊びをしている娘に声をかけ、笑いかけながら「なるほどおお、なるほどお！」とやっていると、娘が刹那。

「いええへえええええ、いえへえええ」

目を上弦に曲げ、歯のない歯茎を露出しながら声を出して笑っている彼女。

「ふぁああ」

驚きと、あまりの可愛さに気の抜けたアル中のようにその場でへたり込んだ私は家人を呼び、「笑ってる、笑っている！」と伝えるも家人はなんのことはなく万事承知しており、「そうそう、こちらが笑いかけると笑い返してくれるよ」などと供述。

なんだよ、もっと早く教えてくれよな、と思いながらも、有益な情報を得た私は、某国の踊り子の如き不自然な笑顔を作り、娘に笑いかける。娘が笑い返す。という「あそび」(初めて娘と遊べた感じがした)を繰り返し、悶絶していた。

喉元過ぎれば熱さを忘れる。

人というのは薄情なもので、あんなに悔しかったことも、怒りを覚えたことも、楽しかったことも、悲しかったことも時とともにすぐに忘れてしまう。

そのためにもこうしてnoteをつけているのだが、私も娘と初めて遊んだ日の感動を忘れ、「微笑みの交換あそび」も日常に溶け込んで普通の光景になってしまっていた。

そんな中、帰ったある日のこと。

最近だとひとりでも「えいいやああ、へえい、へいいやああ」とご機嫌よろしく笑ったり、テンション高めに唸ったりしている娘に対して、気まぐれに「ええいやあ、へえいやあ」と彼女語を真似て語りかけてみた。すると。

「うけえええきゃああ、きゃああきゃああ」

ハスキーながらも甲高いソプラノボイスでもって、大人と同様に腹筋を使ってケラケラ笑い出したのだ。うわ！たまたまかな。と思い、もう一度「ええいやあ、へえいやああ」を繰り出す。すると「もう、勘弁してつかぁさい、このままだとアチキ腸がよじれてしまうわん」という感じでゲラゲラ笑いだす。「く、くるしい」と言わんばかりに。

私も腹を抱えて笑いながら気を良くして、「ほうほう、お前はこれが好きなのか。ほらもっとやってあげるよ」と「ええいやあ、へいやああ」を連続で繰り出す。娘は「ほんと、ほんとに勘弁して！息できない！」って感じでゲラ。家人も隣で見ながら、「え、そんなにもう大人みたいに笑えるの！？」と驚愕していた。私はますます気を良くして「ええいやああ、へいやああ！」とたった一人のオーディエンスにフレディ・マーキュリーが乗り移ったかのような最大限のパフォーマンスを繰り広げていた。

何事もやり過ぎは良くない。

娘はゲラゲラの最高潮。ボルテージマックスになった瞬間、感情の壁を乗り越えてしまったのだろう。ゲラゲラ笑いながらそのままシームレスにギャンギャン泣きはじめ、先程までの暖かな空気は一変。茶碗を洗う家人からの「ほら、言わんこっちゃない」という目線を背にしながら、興奮しすぎてギャン泣きする娘を抱きかかえ、私はその夜も暗い寝室でラブ・イズ・オーヴァーを歌った。

「ラブ・イズ・オーヴァー、悲しいけれど、終わりにしようキリがないから」