見出し画像

【弁護士&税理士に聞く】インボイス制度で本名バレ? しかも個人情報が一括ダウンロード可能&商用利用OKって本当??

来年2023年10月から開始予定のインボイス制度については、小規模事業者の排除や事務負担の増加など、多くの問題が指摘されています。
 
そして今回、新たに浮上した問題が「個人情報の公表」。インボイス(適格請求書)の発行事業者に登録した個人事業主の本名や住所が、国税庁のサイトでさらされてしまう。しかもそのデータが一括ダウンロードでき、商用利用可能になっているというのです。
 
そこで、現状はどのようになっているのか、今後どんな問題が起こる可能性があるのか、税理士法人東京南部会計の佐伯和雅税理士と、東京南部法律事務所の大住広太弁護士にお聞きしました。
 
(本記事は、2022年6月27日に「STOP!インボイス」Twitterアカウントのスペースで実施したインタビューをもとに再構成しています)

答えてくれた人


税理士法人東京南部会計 佐伯和雅税理士
東京南部法律事務所 大住広太弁護士
(聞き手)「STOP!インボイス」メンバー 小泉なつみ

【疑問1】インボイス発行事業者に登録したら、本当に個人情報が公表される?


[佐伯和雅税理士](以降、佐伯税理士)
結論からいうと、本当に公表されます
 
インボイス(適格請求書)発行事業者として登録する場合、下記の用紙に記入して提出するか、e-Taxで登録申請します。
 
法人ではない個人事業主の場合は、氏名・住所・納税地を記入するようになっています 。屋号ではなくて、本名ですね。そして、ここに書いた「申請者の氏名」が、インボイス発行事業者としての「登録番号」「登録年月日」とともに、国税庁ホームページで公表されることになっています。


「適格請求書発行事業者の登録申請書」(一部)。記入欄の下に、「この申請書に記載した次の事項は~国税庁ホームページで公表されます」として、公表される内容が記載されている。


――では、個人事業主の場合は、申請した本名が必ず公表されるということですか?

 
[佐伯税理士]
はい、本名は必ず公表されます。
 

――法人の場合は、どういう項目が公表されるんですか?

 
[佐伯税理士]
法人名と、本店または主な事務所の所在地は、必ず公表となります。ここでいう法人は、人格のない社団等は含まれません。また、国外事業者の場合はまた少し異なるところがあるのですが、ここでは割愛し、国内事業者として登録する法人についての説明とさせてください。
 

――そもそも、どうしてサイトで公表する必要があるのでしょうか?
 
[佐伯税理士]

取引相手から受け取った請求書や領収書に記載されている番号が正しい「登録番号」であるか、記載された「登録番号」が取引時点で有効なものであるか、ということを確認するためです。
 
例えば、私が「南部雅和」というペンネームでライターをしているとして、インボイス発行事業者になって、出版社に請求書を出します。その請求書に、「南部雅和」というペンネーム、事務所の住所、インボイス発行事業者としての登録番号を記載して、出版社に送ったとしますよね。
 
その請求書を受け取った出版社は、その登録番号が本当に「南部雅和」のもので間違いないかどうか、その登録番号が有効なものかどうかを確認する必要があります。そこで、インボイス発行事業者の情報が必要になるのです。
 
出版社が国税庁のホームページで登録番号を入力して検索ボタンを押すと、その番号に紐付いている事業者の情報が画面に表示される。その内容が「南部雅和」のものであれば間違いない、というわけです。
 

 登録番号の検索画面と検索結果のイメージ
(国税庁の「インボイス制度適格請求書発行事業者公表サイト より)


 ――でも、登録しているのは本名ですから、検索してもペンネームの「南部雅和」は出てこないのでは? 

 

 
[佐伯税理士]
そうなんです。そこで個人事業主の場合、申請者が“希望すれば”、別の申請書を使って追加で「主な屋号」「主な事業所の所在地等」「通称または旧姓」を登録できることになっています。
 
その情報があれば、出版社は請求書の情報を照合して「これは間違いなく『南部雅和』の請求書で、この人はインボイス発行事業者だ」と確認できることになる、ということになります。
ただし、追加登録した項目も、国税庁ホームページで公表されます。 
 

「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」(一部)。個人事業主の場合は、「主な屋号」「主な事業所の所在地等」「通称または旧姓」を追加で登録できる(登録した内容は公表される)


 ――まとめると、こういうことですか?

個人事業主の場合は

✓ 本名は登録必須で、必ず公表される(居住地・納税地は公表されない)。
✓ 屋号と事務所住所は、任意で登録可能。登録したら必ず公表される。
 
法人の場合は
✓ 法人名(人格のない社団等を除く)と、本店または主な事務所の所在地は、必ず公表される。
 
※いずれも、国内事業者としてインボイス発行事業者に登録する場合。

 [佐伯税理士]
はい。そのとおりです。
 

――となると、個人事業主がインボイス発行事業者になる場合は、否応なく本名をさらさなければいけないということになります。

さらに屋号(ペンネームなど)と事務所の住所を追加登録してしまったら、本名と屋号が紐付けされてしまいます。自宅で仕事をしている人は、自宅の住所が知られてしまうことになります。

 「それは困るので、屋号と事務所住所は登録したくない」と考えたとしても、本名しか公表されていない状態では取引先が情報を照合できず、経理処理に困る。そうなれば、個人事業主としては屋号や事務所住所まで登録せざるを得なくなる……ということですか?

[佐伯税理士]
実際そういう状況になったとき、取引先から「本名だけだとわからない、確認できない」という声があがってくる可能性は高いと思います。
 
そこでいくら「法的には登録は任意であり、登録するかどうかは個人事業者の意思に委ねられている」と言われても、取引先から求められたら、きっぱり断れる個人事業主はそう多くないでしょう。要求に応じなければ、取引から排除されるかもしれないのですから。
 
法的にはあくまで「任意」ですが、経済取引の力関係によって法律の外から「強制力」が加わるこの状態が、果たして本当に「任意」といえるのかどうか。
 
――選択の自由があるように見せかけて、力の弱いものが損をするわけですね。




 【疑問2】事業者のデータがなぜ「一括ダウンロード可能」「商用利用可能」に?


 ――インボイス発行事業者として登録し公表された情報は、個人情報がそのまま含まれた状態で、データとして簡単に全件ダウンロードできるようになっています。アクセス制限がかかっているわけでもありません。
 

[佐伯税理士]
これには私も驚きました。
 
登録番号の誤りや有効かどうかの確認だけなら、先ほどライターと出版社のやりとりで説明したように、画面で登録番号を入力して検索し、情報を照合できればいいはずです。
 
そうなっていれば、一応は「登録番号を知らない人は、情報を見ることはできない」ということになり、個人情報が不必要に流出することも避けられます。

――それでも、「一応は」と留保をつけていただいたように、番号の総当たり攻撃をされてしまったら関係ない第三者に情報が流出しないとも限りません。何より、取引先でその確認作業をする担当者の方には、プライバシーに関わる情報を見られてしまいます。
 
そのうえ、データが一括ダウンロードされるとあっては、登録番号を知らない第三者がいくらでもデータを閲覧できることになってしまいます。ペンネームや芸名を「屋号」として登録している個人事業主も、そのすぐ横に本名が書いてあるわけですから、本名が知られてしまいます。


[佐伯税理士]

そうなると、国税庁の公表サイトが「インボイス発行事業者かどうかを確認する」という範疇を超えて、インボイス制度に関係のないところまで情報が流出してしまう状態です。これは問題でしょう。
 

――しかも、サイトの利用規約では、公表されているデータは誰でも自由に利用でき、商用利用も可能とされています。
また、データはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC)の表示4.0国際(CC BY)に従うことでも利用できるという記述もありますが、この「CC BY」はCCの中で最も自由度の高いライセンスだそうで、営利目的での2次利用も許可されるものです。

「国税庁 インボイス制度適格請求書発行事業者公表サイト」利用規約より(一部)


――消費税の納税のために必要とされて登録した情報が、なぜ一括ダウンロードでき、さらに商用利用可能というところまで飛躍するのか、よくわかりません。なぜこのような立て付けになっているのだと思われますか?
 

[大住弁護士]
背景としては、日本政府が行政のデジタル化、社会のデジタル化を進め、データの利活用を推進しようとしているということがあると思います。
 
これまでの日本ではデータ利活用を広げる環境がなかなか整わず、その動きは遅れていたのですが、行政のデジタル化を推進するデジタル改革関連6法が2021年5月に成立するなど、ここにきてその動きが加速しています。行政のデジタル化、社会のデジタル化と合わせて、個人情報を含めたさまざまなデータをできる限り広く公表し、できる限り利用しようという動きが非常に強くなっているのです。
 
そうした取り組みのひとつに、オープンデータに関するものがあります。日本では、東日本大震災以降データの公表・活用に関する意識が高まってきましたが、現在は国や地方公共団体が持っている公共のデータを、機械が判読できるようなデータ形式で、営利目的も含めた2次利用可能なルールで公表することが推進されています。
 

デジタル庁のオープンデータに関するページ(一部)

[大住弁護士]
今回のインボイス発行事業者のデータの立て付けも、そうした流れを受けたものではないかと考えられます。インボイス発行事業者のデータを「行政が持っているデータ」として扱い、広く公表してみんなに利用してもらいましょう、というわけです。

インボイス発行事業者からすれば唐突とも思える「商用利用可」としたのも、そのためだと思います。
 

――データの利用というと、具体的にはどんなことに使われるのでしょうか?

[大住弁護士]
何にでも使うことができます。
 
国税庁の公表サイトでは、インボイス発行事業者のデータを外部から参照できるようなWeb-API機能も提供しています。この機能や一括ダウンロードデータと会計システムを組み合わせて、「うちの会計システムは、インボイス発行事業者の確認まで対応可能です」といったサービスを提供して利益を得るといったことは大いにあり得るでしょう。
 
これはごく一例で、しかもインボイス制度に直接関連する利用ケースですが、データの利用範囲はインボイス制度に関するものに制限されているわけではないので、どのような用途でも利用可能です。
 
国がオープンデータの利用シーンとして想定しているのは、経済活動全般なんです。
 
近年は、民間企業がSNSなどに集められた個人情報データを利用してAIによるプロファイリングを行い、個々人に最適化された広告を出すなど、さまざまな個人情報を営利活動の“道具”に使っています。個人情報というのは、利用する側からすると本当に“宝の山”なんです。
 
だから行政の持っているデータについても、オープンデータ化して、誰もが利用できるかたちで提供するので、それを2次利用、3次利用して経済活動の足しにしてください、ということなのだと思います。
 

――いくらデータが経済的に価値のあるものだからといって、個人事業主がやむを得ず登録している個人情報を切り売りされるのは納得できません。
 

[大住弁護士]
おっしゃる通りだと思います。国は、デジタル化を進め、データの利活用を推進することによって得られる社会はすばらしい、そこにはさまざまなメリットがあるということをさかんに言っています。
 
しかし、その対価として我々個人は個人情報を提供し、プライバシーを危険にさらすことになります。個人情報を提供することにはデメリットがあるはずなのに、政府はほとんど話をしません。
 
そして、データの利活用も、個人情報保護が大前提です。にもかかわらず、今回は本名がそのまま公表されており、そのプライバシー情報を商用利用してくださいということになっているのです。
 
 


 【疑問3】個人の情報が「商用利用可能」なデータとして公表される仕組みは法的に問題ないの?


 
――オープンデータの取り組みが進められているということですが、これほどまでに広範囲で莫大な数の個人情報が手に入るデータというのはよくあるものですか?
 

[大住弁護士]
いや、まずないと思います。
 
国土交通省のサイトに「建設業者・宅建業者等企業情報検索システム」があります。これは、建設事業者や宅地建物取引業者が許可を受けているかどうかを確認できるもので、事業者の商号や名称で検索できるようになっています。建設業や宅建業は法令を遵守しているかチェックすることが必要となる業種なので、こういうシステムがある。ただ、当然これは特定の業種に限ったものです。

他方、インボイス制度は、基本的な建前としてすべての個人事業主、すべての法人がインボイス発行事業者として登録することを想定しているはずで、もしそれが実現すれば、そこに含まれる個人情報は莫大なものになります。ここまで莫大なものは、今までないのではないでしょうか。


――今回、個人情報の公表という観点で個人事業主について考えると、個人事業主というのはその名の通り「個人」と「事業者」が分かち難く、表裏一体をなしています。その個人事業主の本名がさらされ、任意とはいえ登録せざるを得ない人は屋号や事業所の住所もセットで公表されるというのは、ものすごく気持ち悪いことだと思うんです。これは、個人情報保護法に照らして問題はないのでしょうか。

 
[大住弁護士]
個人情報保護法上では、行政が手に入れた個人情報を第三者に公表・提供する場合には、本人の同意がなければいけないという原則はあります。
しかしながら、法令に基づいて要請される場合は、本人の承諾がなくとも第三者に提供できるという例外規定があります。この規定自体、かなり広範に理解できてしまうおそれが強いという指摘がありますが、現状では一応そうなっています。

今回のインボイス発行事業者に関しても、この例外規定が適用されるのではないかと考えられます。「インボイス発行事業者かどうかをチェックするために、検索・照合できるようになることは、法律上求められていることだ」という建前で、データを公表しているのではないでしょうか。となれば一応、法律上はクリアするということになってしまうのだろうと思います。

ただ、本来なら公表されるべきではない本名が、検索またはデータダウンロードというかたちで第三者の手に渡り、それが商用利用されてしまうというのは、たとえ法律上は問題なかったとしても、憲法で保障されたプライバシーの権利という観点ではプライバシーの侵害になり得るものであり、非常に問題だと考えます。

――今、個人情報の利用については、基本的には本人の同意が必要だというお話がありました。
個人事業主からすると、インボイス発行事業者の登録は、消費税を納めるためにせざるを得ないからすることです。確かに申請書類には「国税庁ホームページで公表されます」「公表することを希望します」というような記述がありますが、大半の個人事業主は公表を「希望」などしておらず、でも納税や取引維持のためにせざるを得ないからしかたなく「同意」させられています。
しかも、「商用利用可能」「一括ダウンロード」までセットでついてくる。申請書のどこにもそんなことは書いてないのに、です 。この状態で、「本人が同意した」といえるのでしょうか。

 [大住弁護士]
おっしゃる通り、本名や住所などのプライバシー情報の公表は、誰も望んで行いたいとは思わないでしょう。ただ今回のインボイス発行事業者のケースでは、そこで仮に「本人の同意を得ている」という原則に則っていないとしても、例外規定を適用し「取引先が請求書上の登録番号を照会するというのは法律が要請することであり、その法律上求められたことのために個人情報を第三者に提供する」ということになるので、法律上問題ない、適正な個人情報の利用範囲内なのだ、ということにされているものと思います。

その場合、たとえ本人が情報利用に同意しておらず、「私は自分のデータをダウンロードできるようにしてほしくないです」と明確に意思表示したとしても、「いや、それは法律上求められていることなので、公表します」と国が言えるようにしている、ということだと思います。

 

【疑問4】今後、どのような問題が起こる可能性がある?

――一括ダウンロードしたデータでは、個人事業主の情報が一目瞭然です。一般の人が見れば「漫画家の○○さん、本名は△△っていうんだ」「この住所に行けば会える可能性があるんだ」ということになってしまいます。インターネットで拡散されることも当然想像できます。


[大住弁護士]
漫画家の方、芸能人の方、YouTuberの方などは、ペンネーム・芸名で活動している方がたくさんいらっしゃると思います。そういう方たちが、本名とペンネーム・芸名を両方登録しろと言われて登録すれば、本名がだだ漏れになってしまいます。 

――本名を知られたくないフリーランスの方も多いです。「旧姓」や「通称」の登録・公表も、屋号や事務所住所と同じく「任意」とされていますが、個人の生活に大きく関わるものです。自宅であれレンタルオフィスであれ、普段自分が活動している拠点の住所を知られるのは、個人にとっては恐怖でしかありません。

[大住弁護士]
今はインターネット上にさまざまなデータがあります。データ上の本名をネットやSNSで検索するだけでも、様々な情報を取得することができる可能性もあります。

それに、インボイス制度によって公表されるのは本名・屋号・事務所住所だけだとしても、ほかのデータと組み合わせることで、それ以外の個人情報まで特定されてしまう可能性も十分あります。人間が手作業でするのは限界があるかもしれませんが、AI(人工知能)を活用することでそれもクリアされてしまいかねません。

――しかも、ここで公表されているデータは、インボイス発行事業者をやめても7年間は公表されたままになるとあります。一旦登録してしまったら、7年間個人情報が公表されっぱなしになるなんて……。
個人の人生にとって、7年は短い時間ではありません。家族がいる人もいるでしょう。この個人情報流出によって万一何かあったときにどういう影響が及ぶことになるのか……。考えただけでもこわすぎます。

「適格請求書発行事業者公表サイトの運営方針」より(一部)

――DV被害やストーカー被害を受け、身元を隠して生活している方もいます。そうした方々は、お名前や居住地を必死に隠して、ご自身やご家族の身を守っている。そうした方の存在が、このインボイス発行事業者のデータによって暴かれてしまうようなことがあったら大問題です。
 
[大住弁護士]
例えば、配偶者からDV被害に遭い、別の場所に引っ越して個人事業を始めたという方がいたとします。その方がインボイス発行事業者に登録するとなれば、本名は必ず公表されてしまいます。
取引先から要請され、致し方なく事務所住所も登録・公表せざるを得ない状況になっていれば、本名と事務所住所がデータ上で明らかにされてしまいます。DV加害者である配偶者がそれを見れば、この被害者の方は危険にさらされることになります。そういう可能性は十分考え得るものです。
 

――このデータの公表によって、本名と活動拠点が第三者に知られてしまうことで、新たなストーカー被害を生む可能性もあると思います。万一そのようなことがあれば、それは事業活動どころではなく、個人の生活や生命を脅かすものです。そういうことに対するケアはなされているのでしょうか?
 

[大住弁護士]
現時点では、何か配慮がなされているという具体的な話は示されていません。
 

[佐伯税理士]
個人事業主の個人情報というのは、広告を出したい会社、何かを売りたい会社、取引先を探している会社などにとっては、大きな価値のある情報になってしまいます。商用利用可能とされてしまっている以上、あちこちからDMが届くようなことも考えられます。


――そもそも、登録番号というもの自体、トップシークレットな情報であるはずなのに、一括ダウンロードデータで広く公表されてしまうというのも理解できません。

 

[佐伯税理士]
前述のように、画面から登録番号で検索するかたちであれば、「番号を知らない人には、個人情報は知られない」という建前も成立する余地がありますが、データがダウンロードできるとなってはそれも成り立たなくなります。
 
公表されたデータを悪用して、インボイス発行事業者を騙る犯罪に使われてしまう可能性もあるのではないでしょうか。屋号と住所と登録番号は本物だけど、振込先口座は偽者を記載した請求書を発行して、詐欺を働くといったような。
 

[大住弁護士]
当然あり得るでしょうね。
 

[佐伯税理士]
国は、「偽インボイス(適格請求書)」を発行するような行為には罰則を設けるほど気を配っています。ところがこれでは、まったく関係ない第三者が「偽インボイス発行事業者」を騙る可能性を生んでしまうことになります。
 

――この一括ダウンロードデータは、個人事業主に仕事を依頼する側が一種の「フィルタ」として使うこともできてしまうと思うんです。
 
ある企業が、個人事業主Aさんに仕事を依頼しようと考えたとします。そしてこの一括ダウンロードデータを開いて、Aさんが登録されているかどうかを確認する。そこにAさんの名前がなければ「インボイス発行事業者じゃないから、仕事は依頼しないでおこう」と考える、といったように。

 

[佐伯税理士]
そうですね。大きい組織であればあるほど、そういう事前チェックはしてくるでしょう。
 

――もしかしたら、Aさんは「B」というペンネームで仕事をしているかもしれない。だとすれば、Aさんはその屋号「B」も登録しておかないと、取引から排除される可能性を高めてしまうことになります。
 
免税業者はインボイス発行事業者にならないと取引から排除される可能性がある上、一括ダウンロードが可能になっていることによって、排除の可能性をより高めてしまうことになりかねない。
 
免税業者がインボイス発行事業者になれば、弱い者が消費税の負担を押し付けられ、個人情報まで抜かれてしまう。「より弱い者が被害を被る」というインボイス制度の問題の根幹が、データの問題にも共通しています。

 

[大住弁護士]
個人情報を知られるというのは、自分の行動が監視される、ということです。誰かの監視対象になるかもしれないし、もうなっているかもしれません。そうなれば、行動は抑制的になってしまう。その影響は非常に大きいです。
 
個人情報を握られるということは、その個人の人生が左右されてしまう可能性があるということなんです。個人の生活から国の行政まで、大部分をネットに依存している今、個人情報が直接的にも間接的にも人の行動を誘導することに使われることは当然あり得ることです。
 

――民主主義の前提である自由、表現というものが抑制されることになるんですよね。その影響も甚大だと思いました。
 


【疑問5】個人事業主・小規模事業者が、今、できることって?


 ――今後、取引先から「インボイス発行事業者になってくれ」と言われることもあると思いますが、大事な個人情報を守るために、個人事業主としてどのようなことができるでしょうか?
 

[佐伯税理士]
基本的には、できるだけ登録を引き延ばすことです。
 
現在、「STOP!インボイス」や、私もメンバーの一人となっている「インボイス制度の中止を求める税理士の会」など、さまざまな領域でインボイス制度の中止を求める活動が展開されています。
立憲民主党・日本共産党・社民党・れいわ新選組の4党は、インボイス制度廃止などを盛り込んだ「消費税減税野党共同法案」を共同提出しました。インボイス制度の導入中止を国に対して働きかける意見書の提出を決めた市区町村議会も増えています 。
 
インボイス発行事業者として登録するべきかどうか選択を迫られる個人事業主・小規模事業者は、数百万件単位、1000万件に近い数に上ると想定されます。しかし、登録している個人事業主は6月末時点で約12万件で、全体としてはわずかです。
 
インボイス発行事業者の登録期限にはまだ時間があります。登録を焦るべき状況ではまったくありません。
 
ただ、取引先から言われて、もう登録せざるを得ないという方もいらっしゃるでしょう。その場合も、登録内容は必要最低限にとどめるべきだと思います。
 

――個人事業主であれば、登録・公表する個人情報は本名のみとしておいて、屋号や事業所住所は載せない、その判断はできる限りギリギリまで引き延ばすということですね。
 

[大住弁護士]
一番いいのは、来年2023年10月から開始とされているインボイス制度を始めさせないということです。
 
佐伯先生がおっしゃったように、現時点でインボイス発行事業者に登録しているのは、対象となる事業者全体のうちの1%、2%という段階と考えられます。この状況が続けば、制度として成り立ちません。そういう状況を来年の10月までにつくって、インボイス制度自体を見送りさせるということができれば何よりだと思います。
 
とはいえ、インボイス発行事業者に登録しないままでいれば、取引先から切られるリスクも出てくるでしょう。ギリギリまで登録しないでおこうと思ったとしても、簡単ではないかもしれません。
 
そこでもう一つできることが、「公表サイトで個人情報を広く公表する形式」「第三者が検索できる状態」「一括ダウンロードでのデータ提供」「商用利用可能という利用規約」といったかたちで公表して、個人情報をオープンデータとして活用させるような仕組みにするのはやめてほしいと声を上げることです。
 
漫画家の方や芸能人の方の本名が公表されてしまい、不利益を被って活動をやめてしまうことになったら、ご本人はもちろん、そのファンの方たちにとっても不利益になるのではないでしょうか。そう思ったら、一緒に声を上げてほしいです。
 
そうすれば、今のような公表のあり方は中止させることができるかもしれない。それは、我々の声次第では十分あり得ること、可能になることだと思います。
 

――フリーランスの当事者として一番おかしいと思うのは、徴税や経済の利益のために、私たち個人の尊厳やプライバシーが蔑ろにされるということです。
この問題に関心を寄せてくださっている方のなかには、さまざまな制約からインボイス制度自体に反対するのが難しい方もいらっしゃるでしょう。
 
でも、インボイス制度を実現することと、個人情報をオープンデータとして活用させることは、別のことです。個人情報を広く公表するのはやめてほしい、データを一括ダウンロードできるような仕組みはやめてほしい、プライバシーを守ってほしいという部分だけでも、一緒に声を上げてもらえたらと思います。今日はありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?