その日は、梅雨が明けたのかと思うほど、お日様が憎たらしく輝いていた。雲ひとつない、空はとにかく青かった。いつもなら、そんなお日様や空を見れば嫌なことや悩みごとがスッと消えていくものだが、その日は違った。お日様と空が、この世からなくなればいいと思った。だけど、それを思ったのはその日が最後だった。


大学生の僕は建設現場の短期バイトをしていた。人手不足で、仕事はきつくて、口の悪いオッサンばかりで、汚かったけれど、金を稼ぐにはうってつけの場所だ。ただ重たい道具や資材を運ぶだけで、一日に二万円も稼げた。アルバイト仲間で大学生のカナも金のためにここに来ていた。僕たちは仕事の合間にちょっとした話を交わすくらいの間柄だった。

プレハブ小屋の日陰で束の間の休息をとっているとき、彼女に声をかけた。「今日は暑いね」と、言うと、黒髪ポニーテールの彼女は「うん」と、短く返事をして、ピンクの水筒の蓋を開けた。肌が白く、日焼け止めの香りがする彼女の反応はいつも通りドライだった。首筋に汗を流しながら水を飲む様子に、僕は思わず唾を呑んだ。喉の渇きと彼女への惹かれる感覚が不思議と重なり合っていた。

彼女が水を飲んでいる間、ほんの数秒間だけ目が合った。その瞬間、全身がほてり、まるで僕たちだけが無重力空間にいるような感覚がした。居心地の悪さと同時にゾクゾクする感覚に襲われ、土砂降りの雨が降ってほしいとさえ思った。

「スマホ買えた？」と、彼女は言った。その顔に表情はなかった。

「まだ買ってない」と、答えながら額の汗を拭った。そう、まだ買ってない。とっくに買えるだけの金は稼いでいたし、梅雨が訪れるまで働く気はなかった。でも……

「そう。いつ辞めるの？」と、彼女はそっけなく言った。

「夏前かな。カナは？」

彼女は一口水を飲んで、首を傾げた。

「そのうち、としか言えない。なにか買うために働いてるわけじゃないし。お金が欲しくて働いてるだけだから」と、彼女は答えながら、水を飲んだ。

「そうなんだ。でも、カナならほかのバイトも選べたでしょ、ほら、夜の店とか」と、僕は言った。何を言っているんだと心の中で自分を殴りに殴った。

「夜は寝たいから。それに、話すの好きじゃないし。私と働いててそう感じるでしょ？」と、彼女は普通に答えた。

「うんまぁ」

午後の作業が再開されると、僕たちはまたそれぞれの場所へと戻った。太陽はますます照りつけ、汗が止まらない。僕は新しいスマホのことを考えながらシャベルを振るい、カナは静かに作業を進めていた。

夕方になり、現場が終わる頃、僕はカナに声をかけた。

「今日もお疲れ様。また明日」

「うん、また」と、彼女は短く答えた。いつもなら、そこで背を向けて帰るところだった。しかし、その日は彼女に一歩近づいた。彼女は汚れた袖で額の汗を拭った。

「なに？」と、彼女は僕の目を見た。

「なんの制汗剤使ってるの？なんか、汗のにおいがしないからさぁ」と、僕は聞いた。今日でバイトを辞めようと決意した瞬間でもあった。

「使ってないよ。日焼け止めは塗ってるけど」と、彼女は表情ひとつ変えずに答えた。「これから行くけど一緒に行く？」彼女は表情はすこし和らいだ。

「うん」と、僕はうなずいた。どこへ行くんだろう？お風呂なら一緒に生きたいな……。彼女とどこかへ向かいながら、僕は彼女の首筋に鼻を近づけた。勝手にじゃない、彼女が嗅いでと言ったからだ。

「いいにおいだね。ところで、どこに行くの？」と尋ねると、彼女はにっこりと微笑んで、「スーパー銭湯」と答えた。

その日の帰り道、僕は空を見上げた。赤い空が、もう少しで星が輝き始める時間を告げているようだった。

時間を割いてくれてありがとうございました。