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短編小説 「アタマのコブ」


『妹の心』(十一ページ)より

二〇一五年四月十日、高校一年生の高村アキラは、クラスの女子生徒、岡田ミソラに恋心を抱いた。ミソラはその美しさで学校中の注目の的であった。それはアキラも例外ではなく、小中学時代からバレンタインのチョコを同級生のみならず上級生や下級生からいくつも貰うほどだった。しかし、アキラの頭、より正確に書くとすれば、彼の後頭部に生きる『妹』によって彼が恋愛をすることは強く反対されていた。


「お兄ちゃん、また女の子のこと考えてるの?だめよ、わたしたちだけでいいじゃない」と妹は自身の脳神経から、アキラの脳神経を通して語りかけていた。


『妹の心』(五ページ)より


結合体双生児は極めて稀で、一卵性双生児として産まれてくる双生児が、細胞分裂の際になんらかの形で分裂がうまくいかず、くっついたまま別個体として不完全な状態で分裂が繰り返された結果である。結合体双生児は身体のどこかがくっついたまま産まれてくる。
症状として、本来独立した個人個人であれば二つあるはずの器官が一つしかなかったり、くっついたりしていることもある。


高村アキラの場合、後頭部のテニスボール半分ほどの大きさのコブ中に双子の妹が存在し、二人の神経、意識を共有していた。高村アキラの妹がコブの中で、生命維持するための栄養と酸素を摂取していたかは、現在も結論がでていない。一つ仮説としては、胎児と同じようにへその緒を通し、高村アキラの血液から摂取していたという、仮説が有力であった。



『妹の心』(二五ページ)より


二〇一五年四月二十日、アキラは妹を無視して、ミソラに告白した。二人は付き合い始め、幸せな時間を過ごすようになったが、コブでは妹が徐々に強くなり、アキラの身体を制御ようとしていた。


解離性同一症、本書では多重人格とする。多重人格の症状として患者の人格が入れ替わることがあり、健忘や、食の好みや、性格変化がある。高村アキラにも似た症状が現れていた。性格、口調、食の好み、服装の変化が確認できていた。健忘は確認できなかった。高村アキラが四度目の精神科を受診した時、担当の精神科医は高村アキラに多重人格の症状がでていることに気づいたという。しかし、診断することはなかった。理由は虐待や、自然災害による心的外傷や、事件事故に強いストレスなどのトラウマが確認できず、自分の意思で行動ができる感覚が残っていたのを含め、患者から、コブの中の妹の話しと、母親の高村ミヨコの取り寄せたカルテの情報から合理的客観的判断のもとからだった。精神科医の診断は保留された。



『妹の心』(一九四ページ)より



本書も佳境に入ったところで、高村アキラの妹について語りたい。妹、高村アカネは生まれつき高村アキラの身体の一部であり、彼の精神と深く結びついている存在であった。アキラの人生の多くの選択に、アカネは密かに影響を及ぼしていた。彼女の存在は、アキラにとって常に複雑な感情を抱かせるものであり、愛情と同時に深い苦悩の源でもあった。

ミソラとの関係が始まってから、アキラは初めて自分の一部である妹、アカネを真正面から受け止める決意をした。

「アカネはいつも僕の一部だった。でも、僕は自分の人生を自分で決めるよ。ミソラと一緒にいたいんだ」とアキラは脳神経を通してアカネに話しかけた。


『妹の心』(二三五ページ)より


高村アキラのコブの中の妹の摘出手術から三ヶ月後、アキラとミソラはさらに親密になり、二人の関係は順調に発展していた。

ある日、アキラはミソラとのデートで初めて彼女に全てを打ち明けた。「僕には妹がいて、産まれてからずっと僕の一部だったんだ。でも今、彼女も僕もお互いの幸せを願っているんだ」ミソラは驚きながらも、アキラの話を優しく聞き入れていた。




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