見出し画像

短編小説 「カエルの旅路」


岐阜の山奥、美しいため池の一角に、鮮やかなオレンジ色のアマガエル、フロンが住んでいた。フロンは内気な性格で、他のカエルたちが日光浴を楽しんでいる中、彼は大抵葉っぱの裏で過ごしていた。

ある日の朝、池の静けさが破れるような羽音が聞こえた。空から降りてきたのは、カエルたちの天敵、シラサギだった。シラサギは長いくちばしで小魚やミミズを次々と捕食していた。

波紋を立てながら、一斉にカエルたちは飛び跳ね、慌てて水面から逃げていった。緑や褐色、さまざまな色のカエルたちが、まるで火花のように水面を跳ね上がるさまは、一瞬の美しい光景となった。しかし、その中でただ一匹、オレンジ色のフロンだけが、大きな葉っぱの裏に息を潜めて冷や汗をかいて動かずにいた。

やがてシラサギの動きが止まり、フロンが隠れている葉っぱのすぐそばで羽を休めはじめた。フロンは心の中で「このまま気づかれなければ…」と祈りながら、じっと時が過ぎるのを待っていた。

突然、シラサギがフロンの方を向き、「なにしてるカエル」と声をかけてきた。フロンは無言でじっとしていた。シラサギはにっこりと笑って、「無視するなら、食うぞ」と脅かした。

さすがのフロンも、驚きと恐れの中で「食べられたくないから、じっとしています」と答えた。その答えに、シラサギは大きく笑い始めた。「面白い奴だな。ほとんどのカエルは逃げるのに、お前は隠れるだけか」

フロンは少し勇気を出して、オレンジ色の体を見せながら「僕は、特別な色をしているから、目立つんです」と言った。
シラサギは興味津々でフロンの体を眺め、しばらく考え込んだ後、「確かに、お前は他のカエルと違ってだいぶ色が違うな。面白い!食べるのはやめてやる。でも、その代わりにお前のことを教えてくれ」と提案した。

フロンは安堵したかのように大きく息を吐いた。「ありがとう、シラサギさん。どんなことを知りたいですか?」フロンは震える声で尋ねた。

シラサギは脚を組みながら彼を見つめた。「俺の名前はザンギ。まず、お前のその色は、どうしてそんなに鮮やかなんだ?」

フロンは答えた。「僕はフロンです。この体色はよくわからないんです。でも、祖父によれば、家族は代々この色を持っていると言っていました。特別な食物を食べるわけでもなく、ただ、生まれたときからこの色なんです」

ザンギは興味津々で聞き入れた。「それは面白い。他のカエルたちはお前の色をどう思っているんだ?」

フロンは少し悲しそうに目を伏せた。「実は、僕の色が目立ちすぎるので、他のカエルたちはあまり近寄ってきません。だから、大抵の時間を葉っぱの裏で過ごしています」

ザンギは少し首を傾げた。「それは寂しいな。でも、お前の色は美しいと思うのに」

フロンは頭を上げてザンギを見た。「ありがとう、ザンギさん。初めてです、そんなこと言われたの」

ザンギはにっこりと微笑みながら、「お前と同じ色をしたカエルをどこかで見たことがある。もしかしたら、そのカエルなら何かわかるかも知れないな」と言った。

フロンは目を輝かせながら大きな声で「そのカエルはどこに?」と言った。

ザンギは少し考え込みながら答えた。「確か、中南米の辺りで見た気がする」

フロンは少しの間、言葉を失っていた。自分と同じ色をしたカエルが中南米にいるとは思ってもみなかった。その後、瞳に決意の光を宿しながらザンギを見つめた。「ザンギさん、お願いします。そのカエルに会いたい。僕を中南米まで連れて行ってください」

ザンギは目を細めて不敵な笑みを浮かべた。そして、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと頷いた。「分かった。しかし、旅は長く、困難なことも多いだろう。それでもいいのか?」

フロンは力強くうなずいた。「はい、どんなことがあっても、そのカエルに会いたいんです。僕の色の謎を知りたいです」

ザンギは大きな羽でフロンの頭を優しく撫でながら、「それならば、一緒に行くとしよう。だが、中南米への道のりは非常に険しい。旅行も兼ねてゆっくり行こう」と語りかけた。

フロンはザンギの優しさに感謝の涙を浮かべながら、「ありがとう、ザンギさん」と声を震わせて言った。

そして、フロンとザンギの旅はそこから始まり、岐阜のため池を出発し、未知の大陸へと旅立った。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?