見出し画像

短編小説 「黄色いスカート」


舞浜駅の二番線ホームで立花ユメがつぶやいた。
「浮かれてる人が多いね」

立花ユメは東京の大学病院で看護師を勤める三十一歳の女性だった。生まれも育ちも浦安市富士見の彼女は、毎日のように舞浜駅のホームで浮かれている人を見ていた。高校への通学も遊びへ出かける時も舞浜駅を利用していた。そんな彼女にとって舞浜駅はウザい駅でしかなかった。

「住んでるところはどこ?」と今の病院で最初に仲良くなった同僚のカナミに聞かれた。ユメはいつも答えを躊躇していた。正直に答えれば、何百回と見てきた反応を見ることになる。嘘をつけばバレた時の言い訳を考えなくてはならない。

「浦安」とユメは答えた。ユメは身構えた。いつもの反応が返ってくる。また同じ返しをしなくてはならない、と。

「ヘェ〜」とカナミの反応は薄かった。
「私も昔住んでた。浦安の病院で勤めてたから」とカナミは言った。「そうなんだ」とユメは言った。ユメは身構えた姿勢から不満そうな表情を浮かべた。いつもの反応をウザいと思っていたのも事実であるが、その反応がないのも不満だった。

そんな、青春も日常も送っていたウザい舞浜駅ではあるが、ユメはそこから離れようとはしなかった。遊びに出かける先はほとんど都内であって、友達と遊ぶ時も都内か地方への旅行。地元で遊ぶことは滅多になかった。友達になぜ地元で遊ばないのかと聞かれた時は大概「興味ないから」と言っていた。

地元で遊ばないこともなかった。子供の頃は一年に二回程度、地元で遊んでいた。それも朝から晩まで。中高時代も友達と何度も遊んでいた。飽きたから遊ばなくなったとかでもなかった。大人になったから遊ばなくなった訳でもなく、なんとなくだった。

「十九時だからみんな帰る時間なんでしょ」とユメの母親立花ユズコが言った。「ところであなた、そのスカート変じゃない?色もパッとしないし、丈も中途半端じゃない」と母親はユメの黄色いスカートを指差した。

「そんなことない。可愛いスカートよ」とユメは言った。

「もう少し服のセンスを磨いたほうがいいんじゃない。そのピンクの口紅の変よ」とユズコは言った。ユメのファッションセンスも化粧もそれほど悪いものではなかった。同僚の看護師から服を選んでもらいたいと頼まれるほどのセンスを持っていた。しかし、母親からの評価は低く、いつもダメ出しをされていた。

電車がホームへ到着するとユメのスカートはヒラヒラと揺らめいた。ドアが開いて乗客が降り終わるとユズコが乗車し続いてユメが乗車した。空いている座席をユズコが指差すとユメが腰を下ろした。ユズコはユメの前に立って吊り革を掴んだ。

「ありがとう」とユメはつぶやいた。





時間を割いてくれてありがとうございました。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?