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短編小説『人形との約束』

ままごと遊び

東向きの病室の窓から見える朝の空は、今日も青く晴れ渡っています。もうすぐ木蓮の枝の蕾が膨らみ始める頃でしょう。

私はベッドの上で死を待ちながら、一日空を見上げています。六人部屋の患者の咳や、看護師の歩く靴の音。私の周りの音が、まだ生きていることを教えてくれるようで、心地良く感じます。

もう十分老いた私の身体は、ロウソクが消えるのを待つように、最後の命の燃え尽きるのを待っています。

痩せて小さくなってしまった身体には、点滴や吸入器がつながっています。延命のための装置は、死を迎える儀式のように思えてきます。

私はまもなく永遠の眠りにつきます。眠りの練習をするように、私は眠りと目覚めを繰り返しながら、一日を過ごしています。

まどろみの中で、夢とも記憶とも判然としない情景が、色のない古い映画のように浮かんでは消えていきます。

私は三代続いた商家の一人娘として生まれました。丁度戦争が始まろうとする少し前の頃です。商売で忙しい両親に代わって、私は乳母に育てられました。私の一番幸せな頃です。

乳母といっても、まだ十四、五の娘だったので、幼い私の遊び相手をしてくれました。私のお気に入りの遊びはおままごとでした。中庭に敷いたゴザの上で、乳母を相手に人形を夫婦に見立てて、普段見ている両親の真似をして遊びました。

いつも乳母が男の子の人形で、私は女の子の人形です。セルロイドの女の子の人形は寝る時も一緒でした。私は眠りにつく前にその人形とお話をしました。

「いつも一緒だよ。どこにもいかないでね」

セルロイドの女の子の人形の大きな瞳は、「わかったよ、ずっと一緒だよ」と言っているように見えました。私は人形の返事を想像して眠りにつきました。

乳母と疎開

私が五歳の誕生日を迎えてしばらく経った頃、戦争は激しくなり、隣近所の大人たちは毎日忙しそうに飛び回っていました。

ガラス窓に紙を張ったり、バケツで水を運んだり、掘った防空壕に隠れる練習をしていました。私の家でも両親は店を閉め、まだ健在だった祖父母と交代で、毎日のように町内会の集まりに隣組の人たちと出かけて行きました。

そのうち空襲警報のサイレンが聞こえるようになってくると、私と乳母は、田舎の親戚の家に疎開することになりました。私と乳母は、乳母の父親の引く荷車に載せられて、二里程離れた鉄道の駅に向いました。

同業組合の役員をしていた父親は、その日も組合のことで忙しく、母親も隣組の用事に駆り出されて顔を見せませんでした。駅には親戚の叔父さんが迎えに来てくれていました。私の両親は何日か後に来ることになっているからと叔父さんに言われました。それを聞いて私は少し安心しました。

列車はなかなか来ませんでした。乳母の父親は叔父さんから煙草をもらってしばらく立ち話をしていましたが、用事があるからと、乳母に身体に気をつけるように言い含めると帰って行きました。乳母は荷車を引く父親の後ろ姿を心配そうに見送っていました。

「お姉ちゃんのお父さんは行かないの?」

私は乳母のことをお姉ちゃんと呼んでいました。

「うん。母ちゃは病気だし、爺ちゃんと婆ちゃんもいるから」

私は遠くへ遊びに行くような気分でいましたが、乳母はまったく違った気持ちでいたのでしょう。

結局三時間ぐらい待って、予定よりかなり遅れて来た列車に、私達三人は乗りました。私はずっとお腹が空いていましたが、揺られる列車の心地よさの中で、いつの間にか眠ってしまいました。

列車は何度か停車し、その度に私は目を覚ましました。腕組みしたまま横に座っていた叔父さんも、前の席で風呂敷包みを抱えた乳母も眠っていました。私は駅のホームを行き来する人の姿を眺めていました。

朝早く乗った列車は、夜中近くに疎開先の駅に着きました。三人は迎えに来ていた叔父さんの家族に迎えられ、真っ暗な田舎の道を叔父さんの家まで歩きました。私は叔父さんに背負われているうちに、直ぐに眠ってしまいました。

その頃、私の家や乳母の家のある街は、広い範囲で空襲を受けていたのです。

別れと出会い

両親と乳母の家族が、一夜にして空襲に奪われてしまったことを私が知ったのは、戦争が終わってしばらくしてからでした。

おそらく乳母は叔父さんから知らされて知っていたと思います。知らない土地で肩身の狭い思いをしながら、家族の悲報を聞いた乳母の心境は想像もできませんが、叔父さんの家の子供と無邪気に遊ぶ私を、今まで以上に優しく世話してくれました。

「お父さんとお母さんはいつ来るの?」

私が乳母に何度訊いても、「もうすぐ」とか「そのうち」とかはぐらかされて答えてくれませんでした。その頃、裏庭の井戸で乳母が泣いていたのを見たことがあります。

戦争が終わって世の中が少し落ち着いても、私と乳母は叔父さんの家に世話になっていました。私が田舎の小学校に入ると、乳母は農家の叔父さんの家の仕事を手伝うようになりました。

叔父さんの家には子供が五人いました。男の子が三人、女の子が二人です。田舎の農家とはいえ、子供たちを食べさせるのは大変だったと思います。叔父さんの両親もいたので、おばさんも畑仕事をしながら家のやりくりが大変だったはずです。私と乳母を見るおばさんの目がだんだん冷たくなっていくのを感じました。

私が小学校の二年生に上がった年、私と乳母は実家のある街に帰ることになりました。私には詳しいことはわかりませんでしたが、私の母方の親戚が私達を引き取ることになったようです。

その頃には、両親がどうなったかということは、叔父さんの家の子供から聞かされたりして、私にもそれとなくわかっていました。その時は泣きましたが、きっと何かの間違いかもしれないと思いました。

私と乳母は、また叔父さんに連れられて列車に乗りました。叔父さんの家を出る時、ほっとした気持ちはあるものの、情が移ったのかおばさんは涙を拭いていました。

私は生まれたところへ帰れる喜びがありました。両親が亡くなったことをまだ信じることができなかったからです。窓の景色にはしゃぐ私を見ながら、乳母はどんな思いでいたのか、この時のことを思い出すたび気にかかります。

列車が駅に着き、生まれ育った街に降りた時、私も乳母も興奮していました。ところどころ焼け残った建物に、幼いころに両親に連れられて見た面影を感じて、「帰ってきた」という思いがこみ上げてきました。

乳母の父親の荷車に乗って来た道を、今度は叔父さんと私と乳母で歩いて帰ります。七月の刺すような日差しに、三人共大粒の汗を顔から垂らしていました。

私は実家に向かうのかと思っていましたが、そうではなくて母方の親戚の家に連れて行かれました。まだ実家は焼けたままだったので、叔父さんは私に見せたくなかったのだと思います。

私と乳母が身を寄せることになる母方の親戚も実家と同じような商家で、ここは街の中心から少し離れていたので運良く消失を免れていました。家の主人は戦死して、今は奥さんが店を切り盛りしていました。私の母親の妹にあたる人です。

この家には子供が居ませんでした。戦争が終わって、店を再開できると、叔母さんは私を跡取りにするつもりで、乳母と共に呼び寄せたのでした。

叔母さんはとても優しい人で、私だけでなく、同じように家族を無くした乳母にも気を使ってくれました。乳母はこの店の店員として働き、私は新しい小学校に通い始めました。

学校の帰り道に、私は実家の焼けた跡を見に行きました。田舎で叔父さんの子供から聞かされた時は泣きましたが、目の前に焼け跡を見ても不思議と涙は出ませんでした。まだどこかに両親がいるような気がして、亡くなったという実感が起きませんでした。

近くの乳母の実家の焼け跡も見に行きましたが、もともと古い小さな長屋だったためか、既に更地にされていて、錆びた水道管が残っているだけでした。

私も乳母も家族の話はしませんでした。話せば居なくなったことを認めるようで怖かったのです。遠くのどこかに居るような思いを持ち続けていたかったのです。乳母は私が寂しそうにしていると、気持ちを察して悲しさを忘れさせようと明るく励ましてくれました。乳母は自分の悲しみを、私を元気づけることで忘れようとしていたのでしょう。

私が中学を卒業して、商業高校に入学した年、叔母さんの店は閉めなければならなくなりました。古くから勤めていた番頭に、店のお金を持ち逃げされたのです。番頭はそれだけでなく、私の実家の土地も地面師に売り飛ばしていました。

信用していた人間に裏切られた叔母さんは、金策に親戚を訪ねたり、懇意の得意先を回って店を守ろうとしましたが、苦労も虚しく店を手放すことになりました。

私は学校を退学して、乳母と一緒に働きに出ました。まだ戦後間もない頃でしたから、まともな働き口は多くはありませんでした。乳母が探してきた闇市の手伝いや、食堂の洗い場の手伝いなどで食べつなぎました。

失意の叔母さんは生きる気力をなくしていました。今度は私と乳母で叔母さんの面倒を見ることになりました。三人は闇市の近くの焼け残ったアパートの四畳半で暮らし始めました。

そんな生活が二年程続きましたが、叔母さんはますます身体が弱って、床に伏すようになりました。三人の生活は益々苦しくなりました。そんな時、乳母が夜になっても帰らない日がありました。翌日の昼近くなって帰った乳母が、ちゃぶ台の上にお金を置きました。普通ではとても稼げないような大きなお金でした。

「これで、しばらくは叔母さんの面倒を見てね。しばらくしたら帰るから」

乳母はそう言っただけで、僅かな身の回りの物を風呂敷に包むとアパートを出ていきました。私は訳がわからず乳母の後を追いかけました。乳母は私の方に振り返りましたが何も言いませんでした。乳母は、待っていたらしい男の人に頭を下げると、一緒に闇市の人混みの中に消えていきました。私は乳母に何も声をかけられませんでした。

それが、私が乳母を見た最後になりました。

乳母との別れ

見知らぬ男の人と闇市の雑踏の中に消えていく乳母の姿は、私の脳裏から離れたことはありません。その情景は夢の中に現れることもありました。こちらに振り返った乳母の悲しい顔を忘れられません。

私と十一違う乳母は、私の姉であり母でもありました。私を叱ることもなく、へつらうこともなく、本当の家族のように接してくれました。お互いの傷ついた心の中には入ることもなく、ただそっと見守り合うような関係でした。

「すぐに帰るから」と言った乳母は帰ってきませんでした。あの時の男の人は誰だったのかわかりませんが、乳母は自分を犠牲にして私達を助けてくれたような気がします。

乳母の残したお金で叔母さんを入院させることはできましたが、叔母さんは間もなく息を引き取りました。余ったお金にはずっと手をつけませんでした。乳母は必ず帰って来ると信じた私は、それから必死で働きました。

本当にひとりぼっちになってしまった私は、もう親戚を頼りませんでした。叔母さんや乳母に甘えていた私でしたが、自分にできる仕事を探して一生懸命働きました。貧しい生活から抜け出せることはありませんでしたが、人様に迷惑をかけるようなことはありませんでした。

二十代、三十代の頃は、結婚を考えてもいい相手に出会ったりもしました。しかし、深い関係になることはありませんでした。自分の中に負い目を持っていたからです。それは乳母への負い目でした。

婚期を過ぎても乳母への負い目は消えませんでした。自分だけ幸せになることは許せなかったのです。両親の記憶は穏やかに薄れていくのに、乳母の記憶は反対に濃くなっていくように感じました。

それからも私は一人で暮らしてきましたが、孤独ではありませんでした。心の片隅にいつも乳母がいたからです。乳母への感謝と愛おしさと負い目の中で共に生きてきたのです。

いつか乳母に会えるかもしれないという、はかない願いを懐きながら、私は年老いて、とうとう両親のもとへ旅立とうとしています。向こうの世界で両親に会えたとしても、その喜びの前にも乳母へのわだかまりが影を落とすに違いないと、死を迎えた今も心を乱すのです。

約束

今日、私は目を覚まさなかったようです。暗闇の中でも意識ははっきりしています。機械の音がせわしなく鳴るベッドの周りで、大勢の人の叫ぶ声や足音が聞こえます。

いよいよ危篤を迎えた私を、集中治療室へと運び出す医師や看護師の慌ただしく動き回る様子が想像できます。私のために申し訳ない気持ちと、人生の最後で誰かに大事に扱われる心地よさを感じています。

私の台車を押して廊下を走る音がします。この音は聞き覚えがあります。叔母さんの最後の時、湿気のある暗い病院の廊下を、叔母さんの横たわる台車の後をついていった時の音に似ています。

あれから半世紀以上の時が経ってしまったのですね。全てが昨日のことのように思えてきます。乳母と遊んだおままごとや、疎開先へ向かう列車。叔父さんの田舎での生活。実家の焼け跡。叔母さんの家での暮らし。どれも昨日のことのように鮮やかに思い出されます。

集中治療室のドアが勢いよく開きました。台車からまたベッドに移されます。私の身体に色々な器械や管が付けられます。私の名前を呼ぶ声が聞こえます。でも私は答えることができません。微かにまぶたが動いたような気がします。

男の人のゴツゴツした手が、私の服の胸のあたりを開きました。そして冷たいものを貼り付けました。男の人が何か大きな声で叫んだかと思うと、私の身体に衝撃が走りました。でも痛みも何も感じません。ただ自分の身体が意思とは関係なく持ち上がるのがわかりました。

その時、真っ暗な中に小さな光が現れて、ぱっと輝いたかと思うと、その光の中に、おままごとで遊んだ人形が現れました。セルロイドの女の子の人形です。人形の服が半分ぐらい焼け焦げていました。

人形は私を見つめて黙っています。私は人形に手を伸ばしました。人形の大きな瞳はあの時のままです。焼け焦げた赤いスカートもあの時のものです。

「ごめんなさい」

私は人形を抱きしめて謝りました。

「あんなに大事にしていたのに、家に置いていってごめんなさい。叔父さんの家に一緒に連れていけなくてごめんなさい」

人形は私の手からゆっくり消えていきました。そしてまた暗闇の中から光が現れました。まぶしい光の中に見覚えのある情景が映し出されました。闇市の人混みの風景です。大勢の人が行き来しています。

すると女の人が、男に身体を押されるようにして、その人混みをかき分けながら進んでいきます。女の人は後ろを振り返って、何か言いたそうな表情をしています。

「お姉ちゃんだ!」

私は乳母を追いかけました。なかなか追いつけません。乳母は男の人に手を引かれてどんどん先へ行ってしまいます。私は必死に走りました。

「お姉ちゃん、行かないで!」

私の声が聞こえたのか、乳母は男の人の腕を払い除けて立ち止まりました。私は乳母の身体に抱きつきました。乳母は私を抱きしめて泣いています。私は叫びました。

「もう離さない。絶対に離さない」

ベッドの周りは静かになりました。男の人の声がしました。

「五時四七分。ご臨終です」

器械や管が身体から外されています。部屋から人が出ていく足音がします。部屋の中は誰も居なくなったのか物音がしなくなりました。

私は服の焦げた女の子の人形を左手に抱え、右手には乳母の柔らかい手を握りしめながら、光の中を歩いて行きます。

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