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短編小説『驚くべきSDGsなレストラン』

「はい、本日私は、日本で唯一と言われる、世界的にも最先端と評判のレストランにやって来ました」

シックな茶色い壁面の建物の玄関をバックに、ワイドショーの女性レポーターがスタジオの司会者の男性に呼びかける。

「最先端って、何が最先端なんですか?何が日本で唯一なんですか?」

司会者は台本通りの質問をする。

「はい、それはこれからのお楽しみです」

「えー?教えてー」

スタジオにいる若い女性タレントが残念そうな声を発する。その声にスタジオで笑いが起こる。

その盛り上がりに気を良くしたレポーターは、ニコニコしながら自動扉の中へ入っていく。すると、レストランのオーナーらしき初老の男性が待ち構えていて、レポーターに丁重なお辞儀をする。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

「失礼します。こちらのオーナーの方ですか?」

レポーターは男性にマイクを向ける。

「はい。オーナーの藤崎です」

オーナーの藤崎は、上下黒のスーツに灰色の髪をオールバックにしている。銀縁の眼鏡から覗く目は穏やかに微笑んでいる。

「あの、このレストランは日本で唯一とお聴きしたんですが、何が唯一なんですか?」

レポーターはお約束の質問をする。

「はい、私どものレストランでは、お客様が食べ残されたものを完全にリサイクルいたしております。レストランで残飯を完全に再利用するのは日本で唯一と承(うけたまわ)っております」

オーナーも用意していた答えを、緊張のせいか、ややぎこちなく説明する。

「しかも、それが世界的にも最先端の技術を使っているとのことですが、本当ですか?」

レポーターは、カメラの後ろから進行を早めるようにと指示を送るディレクターに、目配せの合図で答えながらオーナーにマイクを向ける。

「はい、左様です。どうぞ、ご案内しますので、こちらの方へ」

「あ、早速見せていただけるんですか?ありがとう御座います。このレストランのリサイクル設備にテレビが入るのは初めてだそうです。これからクリーンルームに入ります。ちょっと準備のお時間を頂きますので、一旦スタジをにお返しします」

カメラはスタジオに切り替わる。

「いやー楽しみですね。レストラン自らが残飯をリサイクルしてるんですって」

司会者はゲストの女性タレントにコメントを求める。

「すごいですね。まさにSDGsですね」

女性タレントはそう言うと、両手でハートマークを作ってカメラにウインクした。

カメラはスタジオから再びレストランに切り替わった。

クリーンルームで、全身を無菌用の服装に身を包んだレポーターが、埃を払うエアーシャワーを浴びている。レポーターの顔が吹き付ける風に揺れて滑稽に見える。それを見ているスタジオの出演者たちが笑う様子がテレビ画面の端に映っている。

「ぷはー、苦しい・・・。ちょっと息が苦しかったです。はい、私は今レストランのリサイクル施設の入り口にあるクリーンルームを通った先にいます。げほ、それではこれから世界最先端のリサイクル設備を見せてもらいたいと思います。げほ、げほ・・・」

「大丈夫ですか?」

スタジオの司会者が笑いながら心配して声をかける。

「は、はい・・・大丈夫です・・・げほ・・・」

レポーターは咳(せ)き込みながら、横で待機していたオーナーにマイクを向ける。オーナーも無菌用の服装をしている。

「オーナー、げほ、ここが世界最先端の設備になるんですか?げほ」

「はい、ここはレストランで出ましたゴミや残飯、飲み物の残りなどを集めまして、種類別に分類するエリアになります」

カメラがオーナーから背後の設備に振られると、大きなアルミニウムのタンクや管がいくつも並んでいる。

「割り箸とか紙ナプキンなんかもここで分類されるんでしょうか?」

ようやく息を整えたレポーターが質問を続けた。

「はい、そうです。主に野菜類や紙類、水分などに選別されます」

「分類された後はどうなるんですか?」

「この後は、あちらに見えますフィルタリングエリアの機械を通りまして更に成分別に細かく分解されます」

レポーターとオーナーは前に進んでいく。横長の長方形の機械が「ゴー」と大きな音をたてている。

スタジオから「臭いとかあるんですか?」という女性タレントの質問があったが、レポーターには聞こえなかった。スタジオでは司会者が「駄目だ、音がうるさくて聞こえてないみたい」と笑っている。

「あの、最終的にはどうなるんですか?」

レポーターは大きな声でオーナーの耳元に質問した。

「最終的にはですね、また再利用できる形になりまして、こちらの方に出て参ります。どうぞ、こちらの方へお進みください」

オーナーの後をレポーターがついていくと、機械が並んだラインの端に置かれたいくつもの大きなボックスを見せられた。

「このボックスの中にですね、分解された成分をですね、また再利用できる物質に合成したものになって集められます。こちらが、調味料になります。そしてこちらがスープの素に、こちらは小麦粉ですね」

オーナーは淡々と説明する。

「ええ!?小麦粉もできちゃうんですか?」

レポーターは驚く。スタジオでも「えー!」と騒々しい。

「その他にもできるんですか?」

レポーターは興味津々で質問する。

「ええ、まだこの他に五十種類以上の物質が出来ます」

オーナーは他のボックスも案内する。

「この辺りはタンパク質系の物質が出来ております。こちらは牛肉、その隣が豚肉、向こうが魚肉になります」

「へー、すごいですね?」

「あっ、あちらのタンクには飲料系の物質が集められています。左からワイン、ウイスキー、ビール、などのアルコール系ですね。その右の方はソフトドリンク系になりまして、オレンジジュース、リンゴジュース、グレープジュースなどが続きます。勿論ミルクも出来てきますよ」

オーナーの説明が進む度に、レポーターやスタジオの出演者から「えー!」「信じられなーい!」などの驚きの声が起こる。

「もし、よろしければ、こちらのミルクを飲んでみますか?」

段取りになっていたように、コップに入ったミルクをオーナーがレポーターに差し出した。

「えつ?大丈夫ですか?これ、残飯とかから出来たミルクですよね?飲んで大丈夫ですか?」

「だいじょうぶです。もしかしたら、元のミルクより美味しいかもしれないですよ」

レポーターは恐る恐るコップを受け取る。スタジオでは「えー!」「どうなんだろ?」「味は?」などと盛り上がっている。

「それでは、ゴミや残飯から再生したミルクを飲んでみます」

レポーターは目をつぶってコップに口をつけた。口に含んだミルクが喉を通る。

「おいしい!すごく美味しいです!」

レポーターは目を丸くしてカメラに向かって叫んだ。スタジオでも拍手をして喜んでいる。オーナーは笑顔でレポーターの驚いた様子を眺めている。

レストランの東隣は雑木林になっていて、その雑木林に隣接して化学工場がある。この化学工場で廃液の漏出事故が発生した。

この化学工場では洗剤などの原料を生産していたが、製造過程で出る廃液が下水管から漏れて、側を流れる河川に流れ出た事故だった。

最初は悪質な廃液の垂れ流しの疑いがあると新聞でも騒がれたが、警察で捜査した結果、以前から行われていたものでなく、今回初めて起きた事故だということがわかった。

新聞によると、この化学工場の前にあった繊維工場が埋設した下水管が老朽化したためだと判明した。

市の環境保全課と水道局の監督の下、下水管の入れ替え工事が始まった。古い下水管を取り出すために、敷地の端が掘り起こされた。

「おい、この辺りが一番漏れているみたいだな」

「ええ、この前の地震の影響かもしれないですね」

水道局の技師たちが大きな図面を広げて話している。

「あれっ?おかしいな。ここに繋がってるはずの土管がないぞ」

「どうしたんですか?」

「ほら、ここにレストランからの下水管が来ているはずなんだが、見当たらないんだよ、ほら」

「そんなことないでしょ。えーと、ここがあそこだから、ここに・・・ほんとですね、来てないですよ!」

環境保全課の役人も呼んで、図面と地形を見比べながら周辺を掘ってみたが、やはりレストランから来ているはずの下水管は見当たらなかった。

念の為、雑木林の方へ掘り進めると、それらしき土管は見つかった。しかし、土管の端はコンクリートで塞がれていた。

「おかしいな。あのレストランはどこに汚水を流してるんだろう?」

技師たちは首を傾(かし)げた。

その頃レストランのオーナー室では、オーナーと支配人がソファーに向かい合い、午後の紅茶を楽しんでいた。

「午前中の客の入りは今日も良かったんじゃないか?」

ランチタイムが終わってから店に出てきたオーナーは、ティーカップを持ちながら支配人に質問した。

「はい、先日のテレビの取材があってから、益々客足が伸びてます。やっぱり、あの、SDGsっていうんですか?リサイクルとか環境にアピールする企業は評判が良いようです」

支配人も紅茶を一口すする。

「確かに。思い切って設備投資したかいがあったよ。あの頃は、そこまでしなくてもいいんじゃないかという意見も多かったからね」

オーナーはティーカップをテーブルに置いた。

「左様ですね。過剰投資だと言って反対する役員も多かったですね」

支配人は過去の苦労を思い浮かべていた。

「役員なんぞは現場の苦労などわかってないからね、好き勝手なことを言うよ。私が環境問題だけで経営を考えていると思ってるからね」

少しオーナーの顔が険しくなった。

「全くです。環境だけでレストラン経営はできませんから。あの時に『完全リサイクル』に方針を決断されたオーナーの正しさが証明されたと思います。はい」

支配人も次第に語気を強める。

「そうだとも。経営の基本は利益だからね。この基本を忘れちゃいかんよ。環境と利潤、この二つを満たさなければ、これからはレストラン経営の未来はないよ、そうだろ、君?」

オーナーは残りの紅茶を勢い良く飲み干した。

「ごもっともです。環境と利潤ですね。本当に『完全リサイクル』に設備投資して良かったと思います」

「ふふふ、全く、『完全リサイクル』さまさまだな、ははは」

「本当に、ははは」

オーナーと支配人はお互いの顔を見ながら笑った。

二人の言う『完全リサイクル』とは、次のような二つの特徴のあるシステムだった。

●レストランから出る余った材料や客の残した残飯、残った飲料、割り箸や紙ナプキン、紙おしぼりなどのゴミを回収して、再利用可能な物質に再生する。

●授業員や客の利用したトイレから排出された汚物を回収、分解して、正規のリサイクル精製ラインに合流させ、再生効率を上げる。

このレストランが採用した『完全リサイクル』システムにより、SDGsの先駆者という名誉だけでなく、無駄をなくして大きな利益を得ることになった。

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