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レース前のウォーミングアップについて(有料)

目標とするレースに向けて順調にトレーニング(練習)が実施出来ても、レース当日のコンディションが悪ければレースで良いパフォーマンスを発揮することは出来ません。そのような意味でレース当日(レース前)のウォーミングアップはレースに向けてのトレーニング(練習)と同等に重要であるといえます。

しかしながら、多くのランナーが参加する大きなレースでは様々な理由から十分なウォーミングアップが実施出来ない状況にあることも否めません。

そこで、今回はウォーミングアップの生理学的意義に基づき理想的なレース前のウォーミングアップの進め方について簡単に解説した上で、多くのランナーが直面するであろうウォーミングアップが十分に行えない状況での工夫、ヒントをお伝え致します。

●レース前のウォーミングアップの目的(生理学的意義)

レース前に実施するウォーミングアップの目的は、ランニング動作に対する身体適応を促すことであると考えられるますが、いい換えれば、スムーズなランニング動作を確保し、呼吸循環器系・代謝系の準備をすることであるといえます。

そして、そのためには以下の4つの要素が必要になるといえるでしょう。

① 筋温を上昇させる
② 関節可動域を広げる
③ 筋肉の反応時間や動きをコントロールする神経活動を活性化させる
④ 心拍数を上昇させる

以下にそれら4つの要素について簡単に解説致します。

●筋温の上昇について

筋温が上昇するとエネルギー代謝が活性化し、筋肉の粘性が低下することがしられています。エネルギー代謝が活性化され筋肉の粘性が低下すると、筋肉は滑らかに収縮するようになり、酸素の取り込み能力が高まります。そして、温まった筋を通過する血液の温度も上昇し酸素がヘモグロビンから簡単に解離出来るようになるので、酸素の利用能力が高まるといわれています。

また、筋温が高い方が神経刺激の伝達速度が上がり、より速く強い筋収縮が可能になるとされています。特に筋肉が収縮するためには、筋内のカルシウムイオンの働きが重要になりますが、このカルシウムイオンも筋温が上昇していないと十分に働かないことが明らかにされています。

更に、体温ならびに筋温の上昇は、関節の動きを滑らかにするための潤滑剤の役割をする「滑液」の分泌を促すことも明らかにされています。滑液が分泌されることで関節の可動性が高まりスムーズな動きを獲得することが可能になります。

基本的に筋温は38度の時点が最も筋肉の機能が発揮されるとされ(外気温等の影響を受けるため一概には言及できませんが)筋温は運動開始後15分程度で38度程度に上昇するとされていることから、レース前には最低でも15分程度のウォーミングアップを行ない十分に筋温を上昇させておく必要があるといえます。

●関節可動域について

関節可動域(ROM)とスポーツ傷害・障害の関係については、これまでに数多くの研究が行なわれていますが、関節可動域が極端に小さい場合には傷害・障害の原因になりうるものの、関節可動域が大きいことが傷害・障害を防ぐ要因にならないという知見が多くみられます。

ここでいう関節可動域とは、静的な状態での関節可動域、すなわち静的関節可動域を指していますが、極端に大きすぎる静的関節可動域は、関節可動性亢進、すなわち「関節のゆるさ」を呈し、傷害・障害のリスクとなるともいわれています。

そこで最近では、静的関節可動域とともに、動的な状態での関節可動域(すなわち動的関節可動域)とスポーツ傷害・障害との関連性が重要視されつつあります。

動的関節可動域は、一般的に能動的動作における関節の可動域を指しているので、随意的な筋活動(筋収縮)を必要とするものです。従って、筋力不足によっても動的関節可動域は小さくなる可能性があります。(一般的には動的関節可動域よりも静的関節可動域の方が大きいとされています。)

そして、特に女性にみられるような、極端に静的関節可動域が大きく(=関節がゆるい状態)、筋力不足を伴い動的関節可動域が小さい状態、すなわち静的関節可動域と動的関節可動域の極端な差異はスポーツ傷害・障害のリスクの一つになりうる可能性があるとされています。

これらのことから、日頃から動的関節可動域を高めておくとともに、レース前のウォーミングアップにおいては、動的ストレッチング(ダイナミックストレッチング)を行なうことによって予め動的関節可動域を広げておく必要があるといえるでしょう。

また、一般的にウォーミングアップ時に行なわれている静的なストレッチング(スタティックストレッチング)には筋温を上昇させる作用は少ないとされていることからも、レース前のウォーミングアップ時にはダイナミックストレッチングが重要であることが理解できるといえるでしょう。

●神経活動の活性化について

筋肉には、筋紡錘という受容器(センサー)があり、筋肉の長さを感知していますが、筋紡錘が刺激されると感覚信号が脊髄や脳の中枢神経系に送られ、感覚信号が中枢神経系に送られると、脊髄にある運動神経(α-運動神経)が活性化し、伸ばされた筋肉の筋出力が高まることがしられています。

この反応は「伸張反射」と呼ばれ、一般的に行なわれる静的ストレッチングにおいては、この伸張反射を引き起こさないように行なうことがポイントであるといわれていますが、レース前のウォーミングアップ時にダイナミックストレッチングを用いて適度に筋紡錘を刺激することは、レース中の筋出力を高める上で非常に効果的な方法であると考えられます。

ところで、筋紡錘の中には、錘内線維と呼ばれる筋線維があり、錘内線維もまた運動神経による支配を受けています(γ-運動神経)。例えば、最大筋力を発揮するようなときには、α-運動神経とγ-運動神経の両方が活性化し、さらに筋出力が高まるように作用するとされ、このような作用は「γ-α共役」と呼ばれていますが、一般的なスタティックストレッチングにより、筋紡錘のセンサーとしての働きが低下し(脱感作)、筋肉は弛緩するもののγ-α共役が機能しなくなり筋出力が低下する可能性があるとされています。

これらのことから、レース前のウォーミングアップではダイナミックストレッチング(バリスティックストレッチング=反動を伴うようなダイナミックストレッチングの要素を含む)によって筋出力を高めておく必要性があり、このことはレースの距離が短くなればなるほど重要な要素になるといえます。

(ダイナミックストレッチングについて馴染みのない市民ランナーが多いかもしれませんが、ダイナミックストレッチングを最も簡単で分かりやすく捉えるのなら誰もが知っている「ラジオ体操」がダイナミックストレッチングであるといえます。)

●心拍数の上昇について

運動を開始すると、筋肉が収縮を続けるためにより多くの酸素やエネルギー源を筋肉に供給する必要があります。そして、多くの酸素やエネルギー源を筋肉に供給するためには、血液量を高める必要性があり、そのために運動開始後は急激に心拍数、ならびに血圧が上昇するとされています。

特に、以下の図にみられるようにレース距離が短ければ短いほどスタート直後からランニングスピードは上がり著しく心拍数は上昇する(以下の図ではスタート1分30秒後には170拍/分にまで心拍数が上昇している)ため、レース前には心拍数を十分に上昇させるようなウォーミングアップが必要になるといえます。

図1

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