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はらぺこあおむし観察記

はじまりは昨年の7月10日、狂乱の参院選の投票日であった。
ベランダでアゲハ蝶の幼虫を捕獲した。歩いて投票所に行ったせいで帰宅後、暑さと茶番ともとれる投票への虚無感で私は苛立っていたのだと思う。私が丹精こめて育てているレモンの木「梶井さん」の葉をぱくぱくぱくぱく食べていた幼虫を許せず、明日になったらヨソへ移してやろうと(最低)、カップの中に捕獲した。梶井さんは私が食べたレモンの種から育てたなかなかに立派な木で、我がベランダの主である。セミやバッタ、カエル、疲れた者たちが羽を休めるのは見逃していたが、梶井さんを食べるとはふてぇ野郎だ。調べると、アゲハの幼虫の食樹は柑橘類・ミカン科の木とのことだった。葉っぱごとカップの中へポイ。造作もないことよ。

7月10日→7月11日

ところが一夜明けてカップを除くと、奴はメタモルフォーゼしていた。いやトランスフォームか。鳥のフンのごとき白黒の虫が、キミドリの青虫へ。え、なんか見たことある感じのやつになってる。なんか捨てづらい。もっと言うと、ちょっとかわいい。
ミイラ取りがミイラに、私は園芸家 兼 アゲハ蝶サポーターになった。

私の観察ノート

年をとったせいか、ヨガを始めたせいか、その両方か、なかなか虫を殺せなくなった。
ヨガの経典にある「アヒムサ(非暴力)」の実践には程遠いのだが。
アゲハの幼虫は4回の脱皮を繰り返して、あの「はらぺこあおむし」の姿になる。日がなレモンの葉を食べ、フンをして、梶井さんのなかを動き回ったり、じっとしたりしている。人生のあいだにも、大人になってからでも、ただ食べて排せつして眠るだけの期間があってもいいのではないか、と考えさせられる。何より毎朝成長を眺めるのが楽しかった。

最初に見つけた幼虫が青虫になってから5日目、仕事に関わる1本の電話が入った。当時の私にとってはショッキングな内容で、どこにでも他人の足を引っ張ることで自分の存在を確かめようとする人がいることを残念に思ったし、深く傷ついた。
動揺をおさめるために10分間瞑想をして、ちょっと泣いた。瞑想の利点についてはいつか詳しく触れたいが、そのとき良かったのは、自分のなかにある怒りや悔しさ、見返したいという復讐心、そういった濁りや淀みを「在るもの」として受け入れられたことだった。
 
そしてアゲ子に声をかけた。
(ネーミングセンスについては言及を控える。)
「いまは私も君も地を這う青虫だけれど、いまを堪えてみせよう。
いつか蝶になって、羽を広げる日のために。」
けれどアゲ子は、蝶になれずに死んでしまった。さなぎになろうとする蛹化の過程で、黒ずんで動かなくなった。
私はアゲ子をアパートの植え込みに埋めた。梶井さんの葉っぱと一緒に。

それからも10匹以上のアゲハ蝶の幼虫を見守ったが、名付けることはもうなかった。彼らは2週間ひとしきり葉っぱを食べ終えると、さなぎになる場所を探すため、ベランダから旅立っていった。蝶になるところを見たい気もしたが、望みすぎないようにしていた。
 
はじまりの日から約1年、初めて我がベランダから蝶の生まれる瞬間を目撃した。
くしゃくしゃの羽を小さく動かし、ヨロヨロと歩いて不格好だ。久しぶりに名前を付けようか。羽が白っぽくて、お尻が割れていたので、オスだとわかった。
アゲぽよ、どうかこの世界を味わいつくしてほしい。
晴れの日も、雨の日も。つらいときも。喜びのあるときも。
(ネーミングセンスについては言及を控える。)
飛ぶのに疲れたら、また梶井さんの葉のもとへ休みに来るといい。

2023年6月6日 ベランダにて

【作品情報】
『はらぺこあおむし』(1969年)エリック・カール著

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