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エネルギー転換に関する地政学シナリオ 【シナリオプランニング事例集 002】

シナリオプランニングはいろいろなテーマでつくられていますが、よく目にするテーマはエネルギーです。

これは、シナリオプランニングの起源がロイヤル・ダッチ・シェルで始まった「長期研究」プロジェクトであることと関係はあるでしょう。

それに加えて、今回紹介するように、エネルギーの未来を考えるには、直接関連する技術だけではなく、地政学的な影響など、さまざまな外部環境要因を考慮しなくてはいけません。そのため、複数の外部環境要因が影響し合う未来を考えやすいシナリオプランニングが合っているのだと思います。

最近ではTCFD(The Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)とシナリオプランニングの組み合わせに関するご相談もいただいたりしていて、シナリオプランニングを活用する場面の広がりを実感しています(TCFDについては、いつかnoteでも書いてみたいと思っています)。

そんな中、natureで紹介されていた低炭素社会への転換をシナリオプランニングを活用して地政学的な観点から分析していた記事が興味深かったので概要を紹介します。

このシナリオがつくられた背景

そもそもエネルギーは、さまざまな政治上のいざこざの根源となっているという指摘から、この記事が始まります。

そういう中で、この記事では、2030年までに起こり得る地政学的な変化の可能性についての4つのシナリオを紹介し、それぞれのシナリオで低炭素社会(脱炭素化)への転換がどう変わってくるのかを示しています。

脱炭素化に向けて、対立や不公平さを最小化するために、次の10年間でどのような政策を採るのかは非常に重要だと述べています。その時に研究者や意思決定者が広い視野で考えられるようになるために、脱炭素化に向けた複数の可能性を示しているのが今回紹介されているシナリオです。

これは2018年にベルリンで開催されたGeopolitics of Energy Transformation 2030プロジェクトの中で扱われたもので、2回のワークショップを経て、作成されています。

4つのシナリオの概要

この記事で紹介されているのは、次の4つのシナリオです。(出所は同記事のPDF版

見てわかるように、4つのシナリオにおける化石燃料によるエネルギー(赤い線)と再生可能エネルギー(緑の線)の推移をグラフで表しています。左上のBig green deal(大規模グリーンディール)シナリオを元として、残りの3つはそのシナリオとの違いも示しています。

それぞれのシナリオを丁寧に解説すると長くなりすぎてしまうので、要点のみを。

Big green deal(大規模グリーンディール)
気候変動への対応について、グローバルでのコンセンサスが取られていて、国際的な協調が行われている。金融市場では、化石燃料関連の投資撤退(ダイベストメント)が進み、低炭素関連の企業にお金が移っている。SDGsで謳われたグリーンなグローバリゼーションが進んでいる。石油国家がサステナブルな経済にスムーズに移行できるような保障もされ、国際的な摩擦な最小限に抑えられている。

Technology breakthrough(技術ブレイクスルー)
例えばエネルギー貯蔵技術などの進化により再生可能エネルギーが扱いやすく、かつ安価になったように、技術進化が後押ししている世界。この技術進化が米国と中国によるクリーン技術冷戦を引き起こしている。再生可能エネルギー競争により気候変動は緩和され、化石燃料は急速に衰退するものの、それに着いていけない国も出てくる。産油国は需要縮小に迅速に対応しなければならないが、対応できない国もあり、それが政治的な緊張を引き起こしている。

Dirty nationalism(不実のナショナリズム)
ポピュリストが政権を握り、ナショナリズムが台頭している。自国優先主義に伴い国内資源を優先することになり、再生可能エネルギーだけではなく、化石燃料の開発も進む。産油国は価格が下がっているものの(最後の機会を活かすため)増産を急いでいる。覇権争いが進むことで国連のような多国間の取り組みは存在感が薄れている。気候変動は緩和されていないため、食糧や水などにも影響を与えている。

Muddling on(息も絶え絶え)※「なんとかやっていく」が直訳
再生可能エネルギーの価格は下がっているのでエネルギーミックスに占める割合は増えているが、化石燃料が依然として主流。エネルギー転換のスピードは遅いため気候変動を緩和させることはできないが、化石燃料にかかわる事業者が適応していくには速すぎるスピードで変化している。国営の石油関連企業は倒産していたり、買収されているところもある。気候変動だけではなく、エネルギー安全保障の観点から、各国はさまざまなエネルギー政策を模索している。

このシナリオからの4つの教訓(Lessons Learnt)

4つの教訓が紹介されています。これもざっくりと紹介。

1つめは、低炭素社会を実現するためには、技術に関するコストの低減だけを見ていてはいけないということ。政策も成否を分ける重要な要素である。

2つめは、炭素排出なし(ゼロ炭素)社会になったからといって、ゼロサムゲームがなくなるわけではないということ。現在は石油・石炭・ガスなどを確保することの争いだが、低炭素社会ではインフラや技術、その技術を実現するために必要な原料を確保することの争いになる。

3つめは、変化のスピードが大切だということ。仮に技術進化のスピードが速いと、例えばベネズエラやアルジェリアなどの国はついていけず、それらの国内での混乱が周辺諸国にも飛び火するかもしれない。

4つめは、すべての国にとって好都合なエネルギー転換への道のりはないということ。技術進化を促進するのは、市場に任せる方が良いのか、国が統制するのが良いのかは国によって異なる。すべての場合に当てはまる(one size fits all)ような方法はない。

地政学的観点から考えるための3つのステップ

この記事のまとめとして、エネルギー転換についての議論において、地政学的な観点を話題の中心に置くために次の3つのステップが紹介されています。

最初に、エネルギー転換のゴールではなく、その過程に目を向けること。石油やガスと同じように、低炭素技術を安全保障政策と結びつけて考えること。

次に、政策立案者は過去の事例や似たような事例(デジタライゼーション)から教訓を得るようにすること。

最後に、低炭素を進めることは負け組を生み出す(というのを認識すること)。今は再生可能エネルギーに注力しているが、今後、政策の重点を化石燃料の需要を減らすことに伴う対立や、関連する経済的なリスク、安全保障にかかわるリスクに移していく必要があるとしています。

まとめ

長くなりましたが、記事の要点はだいたい紹介できていると思います。

4つのシナリオもとてもよくできていて、Big green deal(大規模グリーンディール)を実現するのはなかなか難しいかもしれませんが、最近の米国の中国に対する関税引き上げやHUAWEIに対する動きを見ていると、Technology breakthrough(技術ブレイクスルー)Dirty nationalism(不実のナショナリズム)はあり得そうな世界ですし、良くも悪くも大きな変化がなければMuddling on(息も絶え絶え)まっしぐらという感じでしょう。

国として政策を検討するときはもちろん、これらのシナリオの違いが自社にとって大きな影響を与えるような企業にとっては、そのまま使える非常にすぐれたシナリオだと思います。

■最後まで読んでいただき、ありがとうございました■シナリオプランニングを学びたい・試してみたいという方は株式会社スタイリッシュ・アイデアのウェブサイトをぜひご覧ください。

Photo by Christine Royon Unsplash

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