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【創作小説】佐和商店怪異集め「鍋パーティーinお化け屋敷」

「鍋が食いてぇ」

始まりは、榊さんのその一言だった。
私・芽吹菫は、いつもの独り言扱いして聞き流した。でも、たまたま来てた店長の吉瑞さんが、なら家でみんなで鍋やろうと言い出す。
「食べ物と、もちろんお酒も買い込んで宴会しよー!!」
「店長は酒飲みたいだけだろ」
「鍋と言ったら酒じゃん」
きっぱり言い切る吉瑞さんに、榊さんは呆れた視線を送る。
「てか本当に店長ん家でやるのか?」
「吉瑞さんの家って行ったことないですね」
思わず会話に入ってしまった。榊さんは私を見て、ニヤッと笑う。
「店長ん家お化け屋敷だぞ」
「えっ?」
「菫ちゃんに変なこと言わないでよ!」
とっさに返せずにいると、吉瑞さんが声を上げる。だけど、榊さんも負けてない。
「阿呆、すみちゃんだから言っとくんだろうが。魚さんと天我だったら言わねぇよ」
「……どういうことですか?」
二人を見比べると、吉瑞さんが不満げに口を開いた。
「私の家、古めの一軒家なんだけど。何かお化けたくさんいるんだって。私全然分かんないんだけど」
「はい???」
「ここと一緒でほぼ無害だが、大勢行くからちょっかいくらいかけてくるかもしれん。それだけだ」
「菫ちゃんが怖がって、来てくれなかったら困るんだけど」
榊さんを睨みながら呟く吉瑞さんに、榊さんは気にした風もなく笑って返す。
「店長はすみちゃんをみくびり過ぎだろ……ただ怯えてるだけの娘じゃないぜ?すみちゃんは」
「え。いや、私は、」
う。どんな顔をすれば良いのか分からなくなって、私は二人から顔を背ける。そういうことは本人の前で言わないでほしい。
吉瑞さんが私に抱き着いて来る。ぐりん、と、榊さんに見せつけるように身体の向きを直されて。
「榊むかつくー」
「なんだそりゃ。子どもかよ」
言い合ってる二人が面白くなって、私は笑ってしまった。
冗談かと思ってたけど本気になったようで、結局鍋パーティーは開催が決定した。

鍋パーティー当日。
お酒は私たちが用意する、と、吉瑞さんと魚住さんがノリノリで酒担当になった。私、榊さん、天我老君でスーパーで食材担当だ。
「好きなもん入れろーあいつら酒入ったらそんな食わんし」
「鍋って基本何入ってましたっけ?」
「肉、豆腐、ネギ、白滝、白菜、えのきらへん……?春菊はすき焼きっぽいイメージですけど」
「すき焼きも鍋っちゃ鍋だけどな」
「芽吹さん詳しいんですねぇ」
「締め、うどんにするか」
こんなわいわい買い物するのも、久しぶりな気がする。
途中各々散って食材を探している時、ふと御神酒が目に付いた。少し立派な見た目の、あまり見ないパッケージ。買わないといけない気がして、すっと手に取る。
高そうだから自腹にしようと考えてたら、横からさっと持っていかれた。びっくりして見たら、カートを押して来た榊さんがいる。普通に御神酒はかごに収まっていた。
「あの、その御神酒は、」
「必要なら宴会の準備と一緒だよ。みんなで割り勘してるし、すみちゃんがそういう気を遣う必要無いんだぜ?」
そう言われると私も言うことが無い。
「……ありがとうございます」
「御神酒が必要になる宴会ってのも、なかなか恐いけどな」
「私にも何で必要か分からないんですけど……あった方が良いと思うんです」
寸の間、私と榊さんは無言で顔を見合わせる。
「ーーお化け屋敷だもんなぁ……これから行くとこ」
遠い目をする榊さんを、私は見なかったことにする。
鍋の素ありましたよ!とやって来る天我老君が、唯一の救いだった。

買い物も終わり、吉瑞さんの家に着いた。
出迎えてくれた吉瑞さんが、玄関先で笑っている。
「いらっしゃいー!上がって上がって!」
入った瞬間、矢張りというか何というか、感じるものがある。視線だ。上から見下されてるような。靴を脱ぎながら、つい上を見上げる。何の姿も捉えない。
「すみちゃん。天我が困ってるぜ」
荷物ごと、榊さんに段差を引っ張り上げられる。
「すみません」
榊さんと天我老君に謝って、吉瑞さん、榊さんに付いて行く。
リビングには、もう鍋と酒の用意が出来ている。
「食材、ありがとうね」
魚住さんが、品物の仕分けを手伝ってくれる。
「お酒、何にしたんですか?」
「瓶ビールと日本酒と缶チューハイとハイボールくらいかしら。それぞれ十本くらいあるわよ。もちろん、ソフトドリンクもあるから安心してね」
何からどう突っ込めば良いのか分からなくて、そうなんですか、としかいえなかった。吉瑞さんも魚住さんもたくさん飲む、とは聞いてたけど……。ちなみに、私はお酒は量を飲めないし、天我老君は下戸らしい。榊さんは大量に飲むタイプなんだろうか?
「俺が飲む前に消えるやつだな」
台所へ持って行く食材を抱えながら、榊さんが笑って言う。魚住さんもにこにこ笑ったまま答えた。
「あら。榊くんは、なかなか杯を空けないじゃない。飲めるのにゆっくり楽しむから」
「まあな。てか魚さんたちが早過ぎなだけだろ」
すみちゃん、と呼ばれて、私も食材を抱え立ち上がる。
榊さんと台所に行くと、吉瑞さんが食器や箸を用意してくれてた。
「吉瑞いいか、食器だけ用意してればいいからな?食材は俺とすみちゃんで準備するから」
すごい念の押しよう。吉瑞さんは当たり前みたいに笑ってる。
「分かってるって!よろしくね〜」
後から来た天我老君と、食器を運んで行った。
「榊さん、吉瑞さんって、」
「料理が壊滅してる。そのくらい下手なんだよ。下手という言葉に申し訳ないレベルでいかん、あれは」
「そんなに……」
吉瑞さんの料理って一体……。
「すみちゃん料理大丈夫だろ?お菓子上手いし」
「一通りは一応出来ます」
「まあ、今回は切るだけだからな」
まな板と包丁を借りて、榊さんと横並びで材料を切る。
「ーー榊さんも料理するんですね」
「年季の入った一人暮らしだから、多少はな」
見てれば確かに手際が良いし、綺麗だ。
うーん……私も頑張ろ。
キリが良いから包装のゴミを纏めようとしてたら、一部を落とした。拾おうと屈んで手を伸ばした時、真横から、ぬっ、と手が出て来て触れる。陶磁器みたいな白い手。
「うわっ」
手を引っ込めて思わず立ち上がると、榊さんもこっちを見た。
「どうした」
「いえ……」
白い手のあった場所を見ても、今はもう、何も無い。あまり考えないようにして、ゴミを拾い、捨てた。他にも、上階でパタパタ走り回る音や、廊下から誰か笑う声が聞こえたりする。
誰か来たのかと思ったが、誰も居ない。
「榊さん」
「な?お化け屋敷だろ」
作業の手は止めず、榊さんが言う。
なるほどこういうことか。
分かれば納得してしまう。また包丁を手に無心で切っていると、カラン、と軽い音がした。顔を上げて音の方を見る。開いた戸の向こうの廊下を、何かが転がって行くのが一瞬見えた。何だろう。
「ーーすみちゃん」
包丁の音が止まっている。私は榊さんを見た。
「手、止まってるぜ?材料まだあんだけど」
暗に、行くな、と言われている気がして、私は再び包丁を動かす。
一瞬だったけど、あれは真っ黒な盃に見えた。

大人数で鍋を囲むのは、楽しかった。
直ぐに酔った吉瑞さんが、鍋さいこ〜!!と言いながら延々と豆腐を掬うマシンと化した。なので、見兼ねた榊さんが小皿にいろいろ盛って大人しくさせている。
魚住さんはにこにこしたまま、一人で瓶ビール五本を飲み干したところで天我老君が真っ青になってた。気持ちは分かる。怖い。
良い感じにぐだぐだして来て、飲み物やらつまみやらが減って来たので、取りに行こうと席を立つ。
「適当でいいぞ、いいだけ飲み食いしてるし」
榊さんの言葉に頷いて、私は台所へ向かった。リビングから台所まで、少し距離がある。キシ、と、歩く度に廊下が軋む。廊下の明かりが点いているけど、他の部屋や場所は全て暗いから、全体的に薄暗く感じる。
台所に着き、電気を点けた。明るくなった一瞬に、テーブルの上の日本酒を取る白い手が飛び込んで来る。
「えっ、」
肘から下だけの、白い手。さっきの手だ。直ぐ分かった。それは日本酒を一本掴んで、私の脇をすり抜け出て行く。
あまりのことに、私は茫然と、手が去った方向を見る。手は暗い階段前で宙に浮き、日本酒を揺らしていた。私に見せつけるように。
来い、ということなのか、ただからかわれているのか……。少し近付くと、手は階段を上がる。
……やっぱり、来い、ということなのかもしれない。でも、他人の家だし。酔ってるのかもしれないし。誰か呼んで来ようと、踵を返すと、今度は私の顔前にパッと現れた。通せんぼするみたいに。
「わっ、」
私を自由にする気は無いらしい。再び階段の方を向けば、また瞬時に階段の途中に手は現れた。
……みんな、ごめんなさい……。
心の中で謝りつつ、私は諦めて階段へ向かった。

空いた飲み物の容器を片付けながら、榊は戸の方を見る。菫が戻って来ないのだ。時間感覚はよく分からないが、遅い気がする。
(材料切ってた時も様子が変だったし、本当にちょっかい出されてんのかもな……)
榊は息を吐き出して、立ち上がる。
「すみちゃん遅いな……ちょっと見て来る。魚さん、天我、酔っ払いの相手頼むぜ」
榊の言葉に、魚住と天我老が笑って答える。
「吉瑞ちゃんは任せて」
「分かりました」
そんな二人に小さく笑い、榊はのっそりと台所に向かった。
それを見送り、魚住が話し出す。
「榊くんも随分おおらかな雰囲気になったわね」
にっこり笑いながら言う魚住に、隣に居た天我老は目を丸くした。吉瑞は既に寝落ちている。魚住は今や手酌。コップにハイボールを並々注ぐ姿を見ても、天我老は動じなくなっていた。
「そうなんですか?」
「ふふ。前はもうちょっと余裕がなかったもの。一人で夜勤やってて大変だった頃だから仕方ないけど」
「夜勤、一人で回してたんですか?榊さん」
「菫ちゃんが来るまでだから、ちょっと前までね」
魚住は天我老のコップに烏龍茶を注ぐ。
お礼を言いつつ、今度は天我老が彼女のコップを満たした。この会話の間に、中身はすっかり無くなっていたのだ。手品みたいだと、内心目を丸くしている。
「何回か一緒になりましたけど、夜勤中の榊さんて、ちょっとぴりっとしてるように感じます」
「夜勤て大変だものね」
魚住が困ったような、でも楽しそうな風に笑うのを、天我老は不思議そうに見ていた。

台所に、菫は居なかった。
戸口に立ち、榊は中を観察する。
(食い物には手が付いてない……電気だけ点けてどっか行ったのか……?)
トイレも見てみたが、矢張り居ない。玄関に靴はあるから、外に出たとも考えにくい。家探しするかと考えを巡らせたところで、榊はパッと閃く。
「御神酒……」
台所に戻ると、隅の方に御神酒が置いてあった。菫が、誰にも飲まれないように退けておいたのだろう。
(……何で他人の家で神隠しに遭ってんだよ、すみちゃん……)
溜息をつき、榊は御神酒を手に取る。持っていた方が良い気がしたからだ。
こういう時の感覚は、信じるようにしている。
ぶらりと台所から出たところで、スマホが鳴った。パッと出して見てみれば、メッセージが届いている。菫から。
「すみちゃん、スマホ持ってたのか」
てっきり、リビングに置いて出たのかと思っていた。

“御神酒”

“階段”

“上”

“何階か分からない”

届いた4つのメッセージを見、とりあえず榊は階段を昇り始める。
(この家二階建てなのにな……最後のメッセージが一番怖いわ……)
本当に菫本人からのメッセージなのかも疑わしいが。今はとりあえず信じてみることにする。知らず、榊は苦笑いを浮かべていた。

お酒を奪った手を追って、随分階段を上がり、奥まで来てしまった。多分、もう吉瑞さんの家の空間?次元?じゃないんだろうな。戻れたら、また榊さんに在庫取りを三回分押し付けられてしまう。ーー否、それで済んでるからまだマシなのか。
白い手は、一つの部屋に入った。
中は和室。座布団が二枚、向き合う形で敷いてある。電気は点いてないけど、四隅に行燈が灯っていて仄かに明るい。手は日本酒を座布団と座布団の間に置き、入口側の座布団をちょんちょんと突く。
「座れ?」
聞けば、パッと座布団から離れた。そうらしい。
私が正座すると、手が宙に浮き、じわじわと手以外の姿が現れた。長髪の着物姿をした若い男性。涼しげな目元、というのだろうか。まあ二枚目な見た目だった。
私を見るなり、ニコッと笑う。
「酒と話相手をしてくれないか?」
「はい?」
訳が分からなかった。
男性は笑いながら続ける。
「我は一応、この家を護っている者でな。家の主も気に入っている。だが、いかんせん、この家の主には、我を視る力がないだろう?それが当然と言えば当然だが、今宵は面白い客人が来たようだから、我の相手もして欲しくなってな」
「……そういうことだったんですか」
「驚かせて済まなかったな」
やっぱり、人じゃない存在のやる事って理解に苦しむ。理解出来たらそれはそれでまずいんだろうけど。日本酒を見たら、思い出した。御神酒だ。何となく、御神酒の方が良いような気がして来た。
「あの……では、少し良さそうな御神酒を買ってあるんで、それにしませんか?」
「そうなのか?何処にある?」
「台所です。取りに行きますけど」
「……ふむ。確かもう一人、力が強い客人が居たな。そっちの客人に持って来てもらおう。面白いし」
「えっ」
榊さんのことだ。余計なことを言ってしまったか。
「持って来てもらうまで、お前さんはここから出られないようにしよう。もう一人の客人には、どう伝えても良いぞ。ーーこれを使うか?」
リビングに置いて来たはずのスマホを渡される。強引。でも、この家の護りと言うなら、怒らせない方が良いだろう。
私は考えて、この家を護っているというモノに会ったこと、御神酒が必要なこと、階段を上がって上の階に居ること、でも何階分も上がったから今何階に居るか分からないことを送った。
護りさんがーー面倒だから、護りさんと呼ぶことにするーー画面を覗き込んでとんと触れる。すると、“御神酒” “階段” “上” “何階か分からない” 以外の言葉が全て消えてしまった。
「こっちの方が面白い」
こんなことが……。
「……電話もして良いですか?」
「いいぞ」
“……で?これがその電話と?”
「あの……いろいろすみません……ごめんなさい」
出た榊さんは怒ってた。声から怒気が凄い。よく考えたら私は今行方不明中である。現在進行形で。御神酒とかいろいろ関係無く、一生懸命謝った。別に私が帰れなくても仕方ないけど、榊さんと最期の会話で榊さんが怒っているのは、何となく嫌だなと思う。
“無事なんだな?”
「無事です」
“どこにいるんだ?”
「分かりません」
電話越しで榊さんの長い溜息が漏れる。いよいよ切られるかな、とは思った。
「何だ。御神酒が来ないのなら仕方ないな。朝までこの酒にしようか。お前さんを出す気は無し」
横から声がして我に返る。朝までコース確定なのか。
“……居場所が分からないんじゃ、届けようが無いだろ”
「ここ、どこなんですか?」
護りさんに聞けば、こてんと首を傾げる。
「来ようと思えば来れるぞ?何だ。余計なことを考えているから道が開かなんだか」
からからと護りさんが笑う。
「余計なこと?」
護りさんが、榊さんに聞こえるように殊更声を張り上げる。
「お前さんの今一番強い気持ちは何だ?怒りか?」
からかうように笑っている調子だった。
“……直ぐ行く。待ってろ”
今度こそ電話が切れた。来れるのだろうか。
「今宵の客人は、皆面白いな」
材料を切っている時に見かけた、黒い盃を出された。そこへ、護りさんが持って来た日本酒を注がれる。
「飲め」
仕方なく、一口飲む。酒の味どころじゃなかったけど。
「もう一人の男も面白いが。やはりお前さんが一番面白いな」
「どういうことでしょう?」
「人にも妖にも珍しい、“反魂香”の香りと微かな力を魂に宿しているからな」
びくりと、身体が震える。
「お前さん自身に使われた訳でなし、その香りと力は自分ではどうにもならぬものな」
思わず後退さった。護りさんは変わらず笑っている。
「少し力があるモノは皆分かる。お前さんだとて分かっているだろうに」
「それは……」
その通りだ。私の力が強い原因の大部分。
護りさんがふわりと近付いて来る。
「その芳しい香りに惹かれるモノも多かろうな。我もその一人だが」
陶磁器のような白い手が伸びて来る。不思議な光をした美しい目が、私を捉える。逃げ出したいけど、部屋からは出られない。動けない。
手と目から顔を逸らし、ぎゅっと目を強く閉じた。
その直後。
「ーーよぉ、すみちゃん。御神酒持って来たぜ」
襖ががらりと開く音。
パッと目を開けると、護りさんは元の座布団に座り、笑って私を見ていた。
私の直ぐ横には榊さんがいる。
御神酒を護りさんの前に置くと、榊さんは私の顔を覗き込んで来た。もう怒ってはいなさそうな、いつもの調子だ。
「大丈夫か?」
息を吐き出して初めて、息を詰めていたことに気付いた。
「……はい」
もう大丈夫だ。榊さんを見て、そんなことを思う自分が、何だか可笑しい。
「うん。これが御神酒か。美味そうだな」
護りさんが何事も無かったように、盃に御神酒を注いでいる。一口飲んで、私へ盃を掲げてきた。
「美味いぞ。二人も飲め」
気付けば、榊さんの分の盃もあった。
私たちは顔を見合わせて、護りさんと向かい合う形で座り直す。
護りさんは、吉瑞さんのご両親が若い頃の話から始め、吉瑞さんとこの家のことをよく語った。話す時は優しい目をしていて、この家と住人を大切に思っているのが伝わって来る。
ひとしきり話し、飲み、御神酒も元の日本酒も空になった頃、ようやく満足したらしい。
「客人たちよ、感謝するぞ。また参られよ。ーー特に、お前さんはな」
護りさんは私を見てにこりと笑う。
次に来たら私は無事に帰れるか分からない気がしたので、顔が引きつる。
「……お手柔らかにお願いします……」
「……その時は、俺も最初から招いていただきたい」
榊さんが少し強い口調で言うのにびっくりしていると、護りさんも目を丸くしたが、直ぐに笑った。
「そのようにしよう。酒宴は多い方が楽しい」
護りさんは私たちを見比べて、愉快そうに笑った。
護りさんに、部屋を出て直ぐの階段を下りれば帰れると教わり、私たちは無事にリビングへ戻れた。
リビングでは吉瑞さんが寝落ちていて、魚住さんは変わらずにこにこ笑ってお酒を飲んでいる。天我老君も、そんな魚住さんに慣れた手付きで、お酒を追加していた。私や榊さんが出てから、時間がほとんど進んで居なかったのだ。私と榊さんは驚いたまま顔を見合わせた。

その後ほどなくして解散し、吉瑞さんの家に泊まる魚住さん以外は帰途に付く。
天我老君とも途中で別れ、私と榊さんだけになる。
護りさんとの酒宴が終わってからはちゃんと話してないけど、正直まだ怒ってそうだ。
私が百悪いから仕方ないけど。内心溜息をつくと、榊さんが口を開いた。
「すみちゃん」
「な、何でしょう……」
びっくりして身構えると、一瞬小さく笑われた。
「ーーさっきは悪かったよ」
「……へ?」
何を言われているのか、本気で分からなかった。
「電話さ。ちょっと八つ当たりしちまった」
「八つ当たり?……よく分からないですけど、私の方こそ、すみませんでした。皆さんのところに戻れなかったとはいえ、勝手に居なくなって」
他人の家にまで来てこの体たらく。
自分の体質にがっかりする。
「すみちゃんのせいじゃないだろ。俺もすみちゃんには怒ってねぇし」
「え?」
榊さんを見ると、彼は声を出して笑い出した。
「言っただろう?八つ当たりだって」
「……何で、八つ当たりを?」
「ん?そりゃ、すみちゃんはいねぇし、階段長ぇし、部屋は見つからねぇし、イライラするだろ?」
榊さんはいつもの調子で笑う。だけど、何か隠してるような、歯切れが悪いような、妙な感じだ。上手く言えないけど。でも、言ってることはその通りだから、頷いた。
「腹立ちますね、それは」
「だろ?ーーまぁ、すみちゃんが無事で何よりだな。長い夜だったぜ」
「……ありがとうございました。鍋しに来たのにこんなことになってすみません」
榊さんは苦笑いを浮かべる。私の体質に呆れているのだろう。
「すみちゃん」
「なんですか?」
「鍋、楽しかったか?」
予想もしない問いに、思わず足が止まる。数歩進んだ榊さんも足を止め、私を見た。
それは、もちろんーー
「楽しかったです」
「なら、良いじゃねぇか。ーーお化け屋敷だったことは違いねぇけどな」
そういうものか。吉瑞が逆に凄いよな、と笑う榊さんを見て、私も笑った。
でも。やっぱり榊さんには話しておいた方がいいんだろうか。私の体質の理由を。いつか、何かが起きてからじゃ遅い。今夜だって、これで済んだから良かったようなものの。
悩みは尽きない。けれど、みんなで鍋を囲んだ夜は、私にとって暖かい思い出になった。

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