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【創作小説】扇形家奇譚「千歳の飴」

扇形薫せんがたかおるが七歳になり、七五三のお詣りに行った日。
神社には、薫たちの他にも、七五三のお詣りに来ている家族連れが何組もいる。お詣りをし、ご祈祷の順番を待つ。その間、薫は常に両親か祖父と手を繋いでいたはずなのに、気付くと境内で一人きりになっていた。
「お母さん?お父さん?おじいちゃん?」
周りを見回しても、家族はおろか、他の参拝客も誰もいない。薫が不安げな顔で立ち止まると、境内の真ん中に白い着物姿の老人が立っているのが見えた。老人はにこやかな顔で、薫に近付いて来る。
「お嬢ちゃん、七つかい?」
薫は黙ってこくりと頷く。老人は笑って一つ頷いた。
「そうかそうか。ならば、千歳ちとせを授けよう」
皺だらけの手で、薫の顎を掴む。口を無理に少し開かせると、薄い桃色の細長い飴を押し込んだ。千歳飴だと思う間に、喉の奥に飴が当たり、声が出せなくなる。老人は押し込む手を止めず、薫が飴を掴んで抵抗しても、びくともしなかった。しかも、飴がどんどん延び、端を持っていた老人が遠ざかって行く。薫は何が起きているか分からず、長くなる飴を掴んだまま、怖さと苦しさで涙が零れた。
(誰か、助けて……)
ぎゅっと強く目を瞑った瞬間、ぼきりと何か折れた音がした。薫の口から、飴が抜き取られる。泣きながら咳き込む薫の背を、暖かな手が優しく擦った。
「遅くなってすまん。神域だから見失っちまった」
ようやく目を開けた薫の視界に飛び込んで来たのは、藍色の着物と暗い黄色の帯。時折、祖父の部屋で見る人と同じ格好。
「こう……?」
「おや、私が分かるかい?あまりお前さんの前に姿は見せなかったと思うが」
後ろで一つに結った黒髪を戦がせながら、こう、と呼ばれた若い男ーー勾楼こうろうーーは、目を細めて笑う。勾楼は、薫の祖父・真幌まほろが持つ勾玉の付喪神である。普段は、あまり幼い薫の前に姿を現さない。まだ目に涙を溜めながら頷く薫を勾楼が抱きかかえたところで、先程の老人が現れた。薫は思わず、勾楼の着物を掴む。老人はにこやかな顔のまま、薫と勾楼を見やる。
「千歳は要らぬか。そのお嬢ちゃんなら、受け取れると言うに」
「この子は普通の、人の子さ。神の内より外に出る子に、千歳なぞ必要ないさね」
老人はじっと二人を見ていたが、やがて静かに頷いた。
「お嬢ちゃん、人の世で、健やかに往きよ」
薫は黙って頷く。老人は満足そうに笑うと、すっと掻き消えた。後は、賑やかな境内に戻る。
「あのおじいさん、何だったの?」
「さてね。ただのお節介なじいさんだろうさ。薫、まだ苦しいかい?」
「大丈夫」
「なら良かった。ーーご祈祷が終われば、やっと飯だねぇ。朝早くから着替えて写真撮って……よく頑張ってるよ薫は」
くたびれたように言う勾楼に、薫はくすくすと笑う。それを見、勾楼も優しい目で笑った。
「そうそう。今日はせっかく、綺麗なお着物着てるんだ。笑ってる方がもっと似合うよ、薫」
薫は驚いて目を丸くする。
「……こう。ありがとう、助けてくれて」
まっすぐに自分を見上げて告げる薫に、勾楼は照れ隠しでぷいとそっぽを向く。
「困ったお嬢さんだよ、お前さんって子は」
それを見、薫は声を出して笑った。

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