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水曜日の鍵盤

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七行の詩。七線譜と呼んでいます
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記事一覧

美しく破綻していく夜の隅で

三拍子の羊が鳴いている
甘やかだからといって
抱きしめてはならない
ひとすじの夢路のほつれで
彼らの輪郭は溶けてしまうのだ
いつまでも膝を抱えている
道を失った旅人のように

夢をほどく
かたくなに閉じている薔薇のつぼみを
少しずつ引き裂くように
美しく破綻していく夜の隅で
野良猫の悲鳴とかさね
咲くことの叶わなかった
少女の肩に弔いを埋める

囁かれる約束ばかり慈しみ
失われる少女の片足
花にな

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誰もが透きとおっている

誰もが透きとおっている
あまりにも傾いた床の上に
散らかされた花びらの匂い
約束を刻んだものを探しても
めざとい彼女がしゃくりと食べる
頬を染める色が血でなくても
悪い夢のようだった

手紙を差しこまれた胸が痛むのです
なにも見えなくているのに
香りばかりが軽やかで
ずいぶんと昔に
失った翼の跡のようでした
もたげた首筋には
誰かの歌を宿しておきたかった

夢のにおいを探していた
真夜中に飲むココ

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少女がめくる指先の季節に

耳をふさぐばかりでいる
あなたはもう詩を語らない。
月の裏側に隠したものが
消えるのを待ち続ける
そこには小さな墓があった
誰からも手向けられることのない
夜のような場所だった

果実の割れる音
合図として猫は逃げだした
落とされた首輪の鈴に
反射する光は罪状めいて
遠ざかる日の背中を
沈黙とともに突き刺す
こんなにも冷えた世界

少女がめくる指先の季節に
忘れものを尋ねに来る人
古びた記憶がずい

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透明な夢をなくしたようで

よく透けた爪先
波紋が広がるアスファルトに
冷えた音だけを残す
いつもの帰り道のように
振り向いたあとの呼吸
「このユーザーは存在しません」に
小さくさようならを告げる

思っていたよりも遠くに来ていた
噂のメニューが見つけられず
舌に馴染んだカフェオレにして
マスクの内側で嘘つきになる
白い表紙の本を開いている人
生きているんですか と尋ねれば
静かに首を振った

右耳の先を欠けさせている
散歩

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世界がまるごと滲んでいく

まぼろしを食べていた日々
空になった花瓶と
干からびた赤い果実
読めないままの手紙に
開け放した窓
吹き込む雨が染みていき
世界がまるごと滲んでいく

夜に眠り慣れていない
どうしてかと言えば
待っているから
月が割れる瞬間を望むような
縋りつく気持ち
もう二度とふれられないことを
理解する故の、それ

いつまでも歌っていた
真夜中の片隅
羊たちが跳ねる頃に
足跡だけを残していた
ちいさく夢を集め

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少年の名を思い出した

時計じかけの雨が降る
ふるえるような声を探しても
どうにもならないと
爪先で踊るのを諦めた
まぶたの裏側では
遠い日の森が揺れていて
光がやけにまぶしい

おしゃべりな指先で
ちいさく呼吸を止める
答えあわせする少女の
背に見えた翼のようなもの
あのようには飛べない、と
しゃぼん玉になっていった
約束なんて散らしながら

幼い頃なら夢は甘かった
ねむってばかりいても
たくさんのものが優しかった

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神様の寝言も聞こえる

きみとぼくの間でだけ
伝わる言葉で話をしよう
まつげは震えているし
指先はとてもやわらかい
(ねえここは)
(だめだよ)
笑うと、とろけるみたいだね

名前を知りたいのだと言って
足元の花を摘む
そうなると興味がなくなったから
食べてしまうほうがいい
すらりと伸びた角を飾りにし
いつもの森へ歩きに行こう
そろそろ雨の降る匂いがするんだ

水槽に満たした温度が
なだらかな胸と似ている
低く唸るモータ

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誰もが忘れ物をしてしまうから

2年ほど前にもらった詩を
繰り返して読む
憶えていますか
いないかも知れないけれど
あのとき花が咲いたのです
今、つま先をなでる指先には
祈りを抱えています

ひかりを探している
もう香りを失った金木犀の樹に
引っかかっている気がした
包もうとした手のひらは
とても小さく思えて
迷子になってしまうあなたの
温度も握れないかも知れない

空気が澄んでくる季節
よく染まった果実を手に取り
くちづけるし

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ねえ、雨の匂いがするよ

ペルソナは「罪」と訳すのだと
赤いスカートを広げた少女
足元に綱などないはずなのに
世界はたやすくひっくり返る
散らかして遊ぶのが好きでしょう
三日月型の笑顔に隠して
歌われる言葉は誰へ向けるの

雨と夜にずぶ濡れている
だからワルツなど踊れないし
手紙の宛先も忘れてしまう
ほんとうは声がききたかった
罪悪感を抉りだされた後
心臓が収まっていたはずの場所には
何が咲いているんだと思う?

最初

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「今、向こうで林檎が落ちたよ」

子守唄が聞きたい
世界から仲間はずれにされたような
孤独な瞳をして呟いた
右手に握ったナイフと
左足に引きずった鎖
悪い夢のその先に眠ったら
どこにたどりつくのだろうか

透明に整った水面に
はらりと浮かべたのは
君が好んでいたはずの花
いつまでも波紋が消えなくて
やるせなく笑ってしまう
だから、ずるいの、と言ったのだ
ひとつ、約束を諦めれば、花は沈むよ

少女が失ったものに嘆く
それと同じ温度で

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冬のキッチンは清潔なのに

制服の胸元に通したスカーフが
音もなく落ちた
黄昏の街で橙に焼けた影も
早朝の公園で砕いた水溜まりも
今では黙りこんでしまった
そういえば雨の雫で淹れる紅茶の味を
教わらないままだったね

身体の芯にクラゲの骨が通る
くすぐったい、とふしゃふしゃ
笑う声は水面越しガラス越し
紺色のカーテンをすり抜けて
星を集めてきた指先の感覚に
ふれていい、と尋ねれば
みるみるそこから溶けていった

あなたが灰に

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手作りの永遠を信じていた

溜め息でふくらんでいた
しゃぼん玉がぱちんと割れる
星がこぼれたように見えたのは
きっときっと錯覚なのだけれど
少しだけ優しくなった空気が
頬を撫でたから許したくなる
深呼吸をすれば空の匂いがした

「あのね実はね」
耳元で囁かれるお話
秘密ばかり食べているのは
長い三つ編みの女の子
約束をした小指に
白詰草を結んで
手作りの永遠を信じていた

声が見える季節だから
微笑みはどうかやわらかく
頬が

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七曜日の唄

月曜日の雨やどり
君が忘れたままのビニール傘に
ちいさく爪でつけた跡
ため息の生まれる速度で
淡い水色に踊っている
もう少しだけ大人になったら
新しい時計を買いに行こう

火曜日のひとりごと
いつも通りの散歩道で
昨日は気がつかなかった花を見る
やわらかくしなやかなはなびらに
こそり、託した伝言
天気予報を聞き忘れていたから
今日もまた雨に降られる

水曜日の迷子
読み方がわからない絵本が
宝物の

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透明な「さようなら」を

君の街には雪が降ったのかい
こちらの空は硝子の色だけれど
まるで造りものみたいなんだ
スノードームに隠した秘密
もう少し、あと少しと束ねた声が
ふるふると心に降らせたもの
どうして忘れられないのだろう

透明な「さようなら」を
口元で転がした
ほろほろ こぼれたのは きっと
ほんの少しの名残惜しさ
寒い朝に蒔いた花の種が
縮こまったままでいるように
その目は遠く遠くを見ている

丸い心を三角形に切

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