我が落語三傑~八代目三笑亭可楽の事~

我が落語三傑について書く。

落語を好きになって、15年以上が経つ。自分は基本的に芸において、贔屓を作らないようにしている。そこだけを見続けて、他を見なかったり腐したりするのは、なんだか損している気分になるからだ。だから、色んな噺色んな演者をまんべんなく聞いてきた。昭和の名人上手から現在進行形で活躍している演者まで。そんな日々を長らく過ごしている内に、知らず知らず無意識に、この演者の噺ばっかり聞いている現象が多発している。「贔屓を作らない」意識でいる自分がこうなるという事は、その演者に心底惚れている何よりの証拠だろう。そんな演者が自分の中に三人いる。三回に分けて、一人ずつ、自分なりに魅力を列記してみる事にする。

一人目は、八代目三笑亭可楽(1898~1964)

最初の印象は「最悪」だった。大学生も終わりに差し掛かった頃、卒論のテーマを「落語」に定めた自分は、それまで数えるほどしか聞いてこなかった落語をしこたま聞き漁っていた。その中でたまたま見たのが、八代目可楽の「今戸焼」。それも、なんと映像で。

NHKから発売されているDVD「古典落語名作選」シリーズ。その第2巻に可楽の「今戸焼」が含まれていた。その映像がどれほど貴重な物なのか後に知る事になるが、当時落語勉強中の身だった自分はそんな事はつゆとも知らず、ボケーっと映像を眺めていた。

頬のこけたお爺さん(昭和39年7月の放送とあったから、亡くなる1か月前。そりゃあれだけ満身創痍のはずだ)が、出囃子に乗ってゆっくりと座り、淡々と落語を語っているが、可楽の第一印象は「つまらない。そもそも何言ってるのか分からない」。

八代目可楽の芸は、とにかく陰気。作家の色川武大は著書『寄席放浪記』の中で、「陰気、といってもしょぼしょぼしたものでなく、もっと構築された派手な(?)陰気さに見えた。」と記している。残されている録音を聞いて、写真を見ると、「言い得て妙」という感想に尽きる。

口調は舌足らずなのか舌が長すぎるのか分からないが、呂律が回っていない上に早口なもんだから、聞き取りにくいったらありゃしない。言葉の合間に「シィー」「ハァ」という空気の吸う音吐く音が独特なリズムを生み出しているが、聞き慣れていない人からしたら、間違いなく耳障りになると思う。

ところが。色んな演者の落語を聞くだけ聞いて、「これである程度1周したのかなー」と感じた時に、改めて可楽の落語を聞いてみると、これが実に良い。あれだけ印象の悪かった可楽の落語に、中毒症状を起こしている自分が現れたのだ。ぶっきらぼうに吐き捨てるかの如くボソボソと無愛想な台詞回し、呂律の回っていないような早口の語りのリズムが、独特の旨味となって自分の感覚に染みわたっていくのをしっかりと感じた。もし可楽が陽気で、古今亭志ん朝の如き「立て板に水」のような語り口の落語家だったら、絶対にここまでハマる事はなかった。

可楽の落語からは、江戸の「夜」と「寒さ」を強烈に感じる。さらに、「酒」が絡む噺が抜群にフィットする。故に、「らくだ」「二番煎じ」「反魂香」などは他の演者に無い独自の乾いた空気が噺全体に漂っている。

自分にとって、可楽は「酒に合う落語家」。レコーダーで可楽の落語をBGMとして流しながら酒と少しの肴を楽しむ。この時間が抜群に愛おしいのだ。一度冬の寒い日に、鍋焼きうどんを夕飯に、焼酎の湯割りを飲みながら、可楽の落語を聞いた夜があった。演目は「うどん屋」。市販されている安い出来合いの鍋焼きうどんだったが、普段の味気無さがこの日は絶妙なアクセントに変換されていて、つゆの温かさと旨味が増しているような気がした。まるで自分が落語の世界にいるような感覚。この旨味を知って、すっかり自分は明けても暮れても、三笑亭可楽の贔屓になってしまった。

可楽の噺で自分が好きなのは、以下の通り。

・「らくだ」(他の演者が1時間近くかけてやるのを、可楽は30分前後でやってしまう)

・「反魂香」(怪談じみたシチュエーションと、「夜」の空気が強烈)

・「二番煎じ」(十数分なのに、江戸の冬が味わえて、人物達のわちゃわちゃ感も楽しい)

・「石返し」(噺自体は大した事ないが、特有の台詞の響きがクセになる)

・「うどん屋」(江戸の冬と夜のWパンチを味わうなら、自分はこの噺が一番好き)

・「甲府い」(中途半端な人情噺でオチもくだらないのに、あのリズムで聞くと不思議と良い)

・「三方一両損」(ギャグを不器用にぶつける感じが「らしさ」全開)

・「味噌蔵」(三代目三木助の飄々としたのと、また違う味)

・「たちきり」(上方も素晴らしいが、可楽の小ざっぱりした哀しさも印象的)

・「今戸焼」(十八番中の十八番。というか、この噺は可楽にしかできないと思う)


八代目三笑亭可楽、ここまで不器用で、己のパーソナリティに正直な芸人はいない。




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