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ありふれた犬の話。

ほんとうの名前を知らない。
いつどこで生まれたのか、どうしてそこにいたのかも知らない。
まだ子どもなのに怯えた暗い表情で保護施設のホームページに載っている写真を見て、その犬に会いに行こうと決めた。

というと聞こえはいいが、本当のところはもっと自己中心的な理由だった。

その犬と会う

大学生の娘に「地元で就職するなら犬を飼っていいよ」と冗談交じりで言っていた。私は娘に家にいてほしかったのだ。それに夫も私もコロナ禍で仕事がままならず暇を持て余していた。

近所のペットショップで売られている仔犬はとっても可愛かったが高くて手が出なかった。犬をウン十万円で買うとかいろんな意味で無いわー。

「里親さんになって不運な保護犬を救いたい」といった社会貢献活動のつもりはなく、かといって命には値段も種類もない。私はある意味フラットに、シンプルに犬を飼う事だけを考えていた。

予約した日時に施設に行くと、その犬は怯えるあまりうんちを漏らしながらスタッフさんに引きずられてきた。

おそらく1歳くらいだろうという。3か月ほど前に外でうずくまっているのを保護したそうだ。他の仔は外のドッグランで明るく元気に面会しているのに、その犬は外に出るのが無理らしい。表情は暗く沈み、からだ全体に悲壮感が漂っている。なるほど、ペットショップのスター犬との違いは一目瞭然だ。

他の犬も見ますか?と聞かれたけれど他の犬は見なかった。

その犬を迎える

その犬には「まこ」という仮の名前がついていた。
話を聞いてその日は応募書類だけ書いて帰ってきた。抽選になるという。
当たるとイイね~。でもさ、うんち漏らして暗かったよね。。抽選って言ってたけど他に応募者いるのかな。。。

当選は確信していた。環境も家族構成も申し分ないはずだ。案の定メールが来たのでケージや首輪などを用意して、娘とそわそわお迎えに行った。

相変わらずズルズルと引きずられて来た「まこ」は車の後部座席のケージの中でも暴れたり吠えたりせず息を殺して固まっていた。静かすぎて「いる?犬いる?」と時々確認するほど存在感を消していた。

名前は施設で呼ばれていた名前そのままにした。そんなにコロコロ名前や住む場所が変わっては余計混乱すると思ったからだ。そして家に来た日を誕生日にしようと決めた。1月23日。123で覚えやすいしね。

まこちゃんは家に来てからも長い間ケージに引きこもった。いったい今まで何があったというのだ。話しかけるだけでブルブル震え、ゴハンは皆が寝静まった夜にコソコソ食べていた。想像していた犬との暮らしとかけ離れた状況に、なんと難易度の高い犬を飼ってしまったのかと困惑した。

キミはどこから来たの?お母さんは?兄弟は?


自己肯定感を上げる

引きこもりはしばらく続き耐久戦となった。
私は犬の自己肯定感を上げようと毎日毎日とにかく褒めた。ケージを出て水を飲んだだけで驚き、何かの拍子にワンと鳴いただけで喜び「まこちゃん!えらいね!すごいね!いい子だね!かわいいね!おりこうだね!」と褒めちぎった。
すると娘は「まこちゃん!大好き!たいせつ!だいじだいじ!」とそっと白い毛をなでた。

犬も子育ても同じである。褒めるより愛せよ。
いい子だからかわいいのではなく、かわいいからいい子なのだ。いい子とはお利口なことではなく、リラックスして過ごしているそのままの姿である。これまで娘にも誤解を与えてきたかもしれない、だから私の誉め言葉を打ち消すようにかぶせてきたのだろう。

褒められるのが嫌な人はいないと思いきやそうではない。
自分に自信がない人をいくら褒めても素直に受け取ってもらえないどころか逆効果なのだ。まずは好きだよ、安心してとスキンシップをとるのが先決。褒めるのはその後だ。


うちに来てくれてありがとう。生まれて来てくれてありがとう。


オンリーワン

1年後にやっと散歩に行けるようになり、その距離も日ごとに伸びた。土手や草むら、行きたいところに行き満足するまで帰らない犬主導のスタイル。全犬が憧れる自由な散歩だ。道行く人に「犬種は何ですか?」と聞かれればオンリーワンですと答える。同じ犬はいない。雑種の魅力はそこにある。
だいたい、かわいい赤ちゃんを見て「人種は何ですか?」と聞く人はいないであろう。まったく可笑しな質問である。

話のきっかけとしてお名前は?とか何歳?ならわかるが、犬種を聞く人の意図は「どこに行ったら同じのが買えるの?私も欲しい」ということだろう。しかし残念ながらどこにも売っていないので愚問なのである。

実際、まこちゃんは見た目もオンリーワンだ。白と薄茶の毛が長めで触り心地がいい中型犬。垂れた耳は肉厚で前後によく動く。最初のころ下ばかり向いていたしっぽは床につくほど長く、嬉しくてピンと上がるとふさふさと風に揺れる。胸元の毛はモフモフで首輪が隠れるほど。こんなかわいいオンリーワン犬はペットショップにはいないのだ。


ありふれた犬

家に来てから3年が経ち、もうすぐ4歳(推定)になるまこちゃんは引きこもりも解消し、人に怯えることもほぼなくなった。毎日ご飯を一緒に食べ、散歩に行き、夜になると階段を上がってベッドで一緒に寝、笑ったり怒ったり甘えたり主張したりする普通のありふれた犬になった。

オンリーワンなのに、ありふれている。

今日もまた、その行動にいちいち歓喜し感心する。

まこちゃんはすごいね~!
お散歩に行って帰って来たの!
夜寝て朝起きるの!
お水飲んだの!

どうして時間がわかるの?
言葉がわかるの?
ルールがわかるの?
すごい!天才!


ありふれた犬のいる、
ありふれた暮らしの、
ありふれた話である。




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