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ヒトの味覚を掘り下げて科学した(前編)

ヒトの舌は5つの味を感じとることができます。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5味ですね。これらは味蕾(みらい)にあるそれぞれの受容体(センサー)が特定の味物質に反応する仕組みになっています。
人間が5つの味をそれぞれ感知するのは、本来的には生物としての重要な目的があるのです。今回は味覚のメカニズムと意味を詳しく見てみましょう。


甘味はエネルギーのもと

 まず甘味は「糖類」に対する反応ですが、その物質にはブドウ糖(グルコース)、果糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖など多種類あります。
 甘味を感じる糖類はいずれも単糖から三糖程度と分子量が小さいのが特徴です。甘味を感知する本来の目的は、エネルギーの元である糖類を認識するためですね。

 分子の小さな糖類とは別に、でんぷんに代表される多糖類などもあり、これらを総称して炭水化物といいます。
 でんぷんといった多糖類は、植物が光合成で作った糖類を貯蔵するために、単糖類をつなげたものです。でんぷんもエネルギーの元なわけですが、分子が大きすぎるために、舌で甘味を感じることができません。
  その代わり唾液にはアミラーゼなどの消化酵素があり、でんぷんをブドウ糖などに分解しています。このため、ごはんを長くかんでいるとほのかな甘味が出てくるのですね。
 ちなみにネコ科の動物では、甘味受容体が機能していないそうです。彼らは肉食なので、甘さを感じる必要性がほとんどないのです。
 甘味の受容体は1種類しかなく、比較的単純な仕組みといえます。 

生命に必要不可欠な塩

 次に塩味ですが、塩(塩化ナトリウム)は生命にとって欠かせないものですね。塩分は浸透圧の調整や神経伝達など、多岐にわたって必要とされています。
 塩分は体内ではナトリウムイオンと塩化物イオンの状態で存在します。しょっぱいと感じるのは、直接的にはナトリウムイオンによるのですが、そこに塩化物イオンも関与していることが近年わかったそうです。(塩味受容体のメカニズムは 2020年にやっと解明されたとのことで、人体はまだまだ分からないことだらけなのですね。)

 面白いことに適正な塩分(0.8%~1%程度)では食べ物を「おいしい」と感じ、食欲を増進させます。さらに微弱な塩分濃度では甘さを感じることも知られていました。これは塩化物イオンに対して、甘味やうま味の受容体が反応しているということが分かったそうです。
 一方、高濃度の塩分では「しょっぱい」という、強い嫌悪感を感じます。これらも近年の研究によって、濃度が濃い場合には苦味と酸味の受容体が反応することが分かりました。

 このようにして、生命に必要な適正塩分は積極的に摂取するように、健康を害する過剰塩分には拒否反応を示すようにできているのですから、驚くばかりです。

酸味は腐敗のサイン

 酸味とは本来的には、食べ物の腐敗を検知するための味覚です。食べ物や飲み物に微生物が繁殖すると、多くの場合すっぱくなります。そしてそこに有害物質ができている場合が「腐敗」であり、人間にとって有益な物質が作られている場合には「発酵」と表現されます。ちなみに梅干しを食べると唾液が出るのは、腐敗の毒を薄めようとするためなのですね。

 酸味の受容体は水素イオンを検知していますので、基本的に水素イオン濃度が高い「酸性」であれば酸っぱさを感じるのですが、酸味はpHだけでなく、同時に存在する陰イオンの種類で、強度や質に違いがでるのだそうです。例えば酢(酢酸)は、水素イオン(プラス)と酢酸イオン(マイナス)の組み合わせとして、強い酸味を感じます。酸味の受容体は2019年に構造が解明されました。
 
 身近な食品の酸味としては酢酸(酢など)、クエン酸(レモンや梅干しなど)、乳酸(ヨーグルト、漬物など)があげられます。これらの物質は体内のエネルギー生成において重要な物質にもなっているため、無意識に酸っぱいものは体によい、などと感じているのです。

苦味は本来「毒」の味

 では苦味とは何かというと、これも本来的には毒を検知するための味です。主に植物やきのこなどが持つ毒ですね。そして場合によっては命を落とす危険もあるので、苦味に対しては甘味の千倍もの感度があるといいます。
 
 人間が感じる苦味物質は数百種類にも及ぶとされ、それに対応するために苦味の受容体は25種類と5味の中では突出して多くなっています(ほかの4味では1~2種類)。これは哺乳類中でもトップレベルの数であり、人類の祖先の食行動は植物などの毒を摂取するリスクが高かったことを伺わせます。
 
 こうしてみると本来酸味や苦味は、摂取してはいけない物質を検知することが目的なので、子供が嫌って食べないのは本能的に正しいのですね。それがコーヒーやビールなどが安全なことを分かってからは、むしろうまいと感じたりするのですから不思議なものです。
 ちなみに最強の苦味物質といわれるデナトニウムは、幼児の誤飲防止用として玩具や洗剤などに使われています。
 
 次回は味覚の続きである、うま味と辛味、渋味についてお話しします。

(#012  2023.12)
 
 


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