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作り手が、初めて絵を購入した話


先日、私にとっては割と大きなことがあったのでそれを書いておこうと思う。

いつまでも忘れないために。


絵には「完成」が、2回ある。

1回目は、言うまでもなく画面の完成。
描き手が、描き終えたときだ。

2回目は、見る人がそこに物語を見出す、或いは自分との繋がりを発見する。

見る人が頭の中で物語を紡いで、絵に命が与えられる。
絵は2回目の完成を迎える。

そして作品をつくるということの本質は
この「2回目」にある。

と私は考えている。


ギャラリーで初めて絵を購入したときの話を書こうと思う。

私は大学で日本画を専攻しており、時々ギャラリーでグループ展を行い、作品を発表、販売している。

絵は自分で描けるのだから、今まで買おうとは考えたことがなかった。


幼少期から今まで、自分にとって絵は「描くもの」でしかなかったのだ。

作り手でしかなかったのだ。


それが初めて、「買うもの」になり、
「飾るもの」になった。

初めて、受け取る側になったのだ。


ギャラリーを見て回るときはいつも、勉強として作品を見ている。


参考になるものがないかを常に探しながら鑑賞することになる。

こういう絵の具の使い方があるのか。

この素材いいな。使ってみたいな。

なるほど、こういうのやってみたいな。

という風に。


それがその日は、不思議なことに
「連れて帰りたい、そばにいたい」
という気持ちになった。

初めてのことだった。

作品を購入することは素敵な衝動買いだ。


ただ「いいな」「好きだな」では
購入に至らなかったはずだ。



以前お世話になったギャラリー様での、私が楽しみにしていた作家さんの個展の最終日で、時間ギリギリ、間に合った。


始めから購入するつもりで行ったわけではなかった。
私は財布も貯金もカツカツで作品を購入する余裕はなかったので、じっくり目に焼き付けていこう、もしポストカードなどのグッズがあったら買おう、と思っていた。


それでも作品を購入したいと思ってしまった。


そこに描かれている物語に、
「自分との繋がり」を感じたからだ。

作家さんに声をかけて、勇気を出して言った。

「こちらを、お願いします」


これがいわゆる、「運命の出会い」というものかもしれない。


自分が今置かれている状況

自分が好きなこと

自分がやってること

自分が考えていること

自分の今の気持ち

それらにぴたりと合うものに出会ったとき、
見る人の中で絵が「完成」して、迎え入れたい、そばに置いておきたい、という気持ちになるのだと身をもって知った。

そしてこの絵に描かれた「物語の続き」が
なんだか、自分の中にあるような気がした。

この絵が、自分を引っ張り上げて導いてくれるような気がした。

「自分の信念」と一致している作品をそばに置いておきたい。


目標とか、好きな言葉を書いて見える場所に貼っておくみたいに。

私の道標。



その日私は、「購入する方」の気持ちを知ることができた。


これは作り手として、非常に重要な経験になったと思う。

もっと早く、この感覚を経験しておきたかった。


描くほうは、さまざまな空想を巡らせながら画面を作っていく。

見るほうも、さまざまに空想を巡らせながら鑑賞する。

その両者の空想が、一致しているとは限らない。

私が絵を見て考えているイメージが、作家さんが作りながら考えていたイメージとは全然違っている、ということもあり得る。

絵は、見る人によってさまざまな物語に変身することができる。

言葉がない絵だからこそ、それが可能なのだ。

私が今まで作って届けてきたものも、きっと受け取る人によって様々な物語に変身しているに違いない。


そのおはなしを、聞くことができたらなぁ、と
思ったりする。




ギャラリーで絵を見て何かを感じて、私の作品を迎え入れてもらったこと。
「2回目の完成」を与えてくださったこと。


今まで作品を購入してくださった方のことを想う。

改めて「ありがとう」の言葉ではとても言い表すことのできない、感謝の気持ちが溢れてくる。

私の作品に本当の完成を与えてくださり、

そばに招き入れてくださり、

物語のつづきを紡いでくださり、

本当にありがとうございます。



購入する側になって初めて分かったことが、山ほどあった。




この感覚を、いつまでも忘れることなく作品をつくっていきたい。



どんな形態であっても。

一点モノでも、そうでなくても。
形があっても、なくても。

心を込めて、ひとつひとつ。

体温のある作品をつくっていきたい。





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