大学生パロのようなもの。_第二話

蔵未と沢霧、その他人物たちによる大学生パロ。二話目です。
有料記事とはなっていますが、FANBOXの有料プラン向けに出している話で内容としては落書きな旨ご承知おきください。

三話目はこちら→ https://note.com/sugar_lump/n/n560fc0f48b3f

21/06/19:細部を改稿。FANBOXでは第三話が出たので無料公開にしていたのですが、こっちも揃えるのを忘れてました(無料にしました)。

-----


「蔵未くん」
 呼びかけられて顔を上げると、コロンの匂いが鼻をついた。ホワイトフローラルの香り。大方shiroか、意外とその辺のドラストに売ってるやつか。ウェーブのかかった焦げ茶の髪を耳にかけながら、女性が俺を見下ろしている。見覚えはある。どこで会ったんだっけ。
「また書いてるの? 前の公演で、書くのやめちゃったって聞いたけど」
 劇部関係。思い出した。その一つ前の公演の、打ち上げの場にいた子のはずだ。歳は一個下。名前は——名前、——記憶を探ってもめまいで歪んだ光景しか浮かんでこない。確かあのとき俺はチューハイをジョッキで五杯飲んだあと、ジンを三瓶あけたはずだ。
「やめたわけじゃないよ。あの時は何も出てこなくて」
「スランプってやつ?」
「みたいなもの」
「今やってるのには関わってないんだよね」
「休ませてもらったよ。どうして?」
「ううん。観に行ったんだけど、あんま面白くなかったから」
 この評判を聞いて愉快になるのは俺の性格が悪いからだ。「残念」
「次は書ける?」
「多分、この分だと」
「じゃあ楽しみにしてる。またね」
 手を振って去っていくその子に自分も軽く手を挙げて、それから卓上に意識を戻す。横に倒して開いたノートにまた続きを書き込もうとしたら、ペンを取ってすぐ、隣に誰か来た。視界の端に映ったもので大方正体は知れている。目を移さずに問う。
「何の用」
「冷たいなあコウイチ。さっきの女の子みたいにさ、僕にも優しく相手してよ」
「昨日は何をやったんだ? お前以外は」
「B・D抜きのEまでかな」
「豪勢なこったな」
「僕はクリーンだぜ」
「当たり前。手を出したら縁切る」
「それは取引相手として? それとも友人として?」
「両方」
 俺が顔を向けずにいると、彼のほうから覗き込んできた。「友人でいいんだ?」
 俺は仕方なく目を合わせる。「何の用だ、佑」
「何の用ってキミが頼んだんだろ? 調べてきたからご報告さ」
「なるほどね。最初から言えよ」
「言う隙なかったじゃないか。僕のプライヴェートにも関心があるの? キミにならタダで教えたげる」
「結構毛だらけ。調子に乗るなよ」
「その言い回し古臭くないかい」
「お前の口調ほどじゃない」
「あらら手痛い。それで、本題だけど」
 姿勢を戻した佑は、滑らすようにクリアファイルを置いた。遠方からの隠し撮りと思しいバストショットの写真が一枚、書類の一番上にクリップで留められている。まるで私立探偵だ、……やってることはまんま同じか。
「書類はいらない」
「あは、そうお? あわよくば追加料金をと思ったんだけどなあ」
「そもそも俺が聞いたのは、妙な関わりがないかどうかだけだ。ここまで詳細に調べろなんて言ってない」
「承知の上さ。これは僕用」相変わらずの胡散臭い笑みで彼はファイルをバッグにしまう。「僕の資産だ」
 相談相手を間違えたかもしれない。俺は別に沢霧章吾に人間的な好意などないが、もちろん悪意があるわけでもないから、このような人間に彼を知らせてしまったことに罪悪感を覚えないでもない。そう、俺は沢霧章吾の身辺調査を依頼したのだった。と言っても、こんなストーカースレスレの情報収拾など頼んでいない。チラッと見えたが何かの登記書まであったじゃないか。どういうつもりなんだ。
「悪い繋がりはないみたいよ。そりゃ知り合いの知り合いの知り合いくらいには〝僕のお仲間〟もいそうだけどさ、そんなのこの大学にいれば多かれ少なかれ持つリスクだし」
「そうかな。全く平和なところでひっそり暮らしてる人もいるだろ」
「でもなんせ人が多いでしょう。一人から伸びる糸が多すぎる」
「それもそうか」
「育ちがいいんだね。お父さんは海上自衛隊のお偉いさんで、お母さんは専業主婦」
「そこまで言わなくていいって」
「あらそう? でもキミはざっくりと彼がどういう人物か知りたいんでしょう? 家庭は重要じゃない?」
「そうは思わない」
「キミが複雑だから?」
 睨むと、佑は笑みを深くした。「僕は重要だと思う。だから、僕だって隠してる」
 鷹見佑。彼と知り合ったのは新宿の会員制クラブでだった。もちろん俺は客ではなく、そこに勤めているわけでもない。劇部のOBの先輩から、臨時で代わりに出てくれと頼まれたのだ。なんでもそのクラブには「顔面審査」があるそうで、俺以外には頼めないと言うし、代打を頼んででも手放したくない理由がわかる時給だったから、一日だけ入るのなら構わないかと思ったのだが、今思えば失敗だった。彼はなんとそこに客として居た。正確には、客の付き添いとして。
 向こうは俺を知っていた。途中でトイレに立つふりをして、通り過ぎぎわ声をかけてきた。「劇部のクラミ君だよね? 演劇文化論とってるよ」。その講義は俺もとっていて、言われてみれば見覚えはあった。というよりいくら大勢の人に誰もが紛れるマンモス校でも、いかにも西欧人らしい見目の人物は多少は目立つ。二メートル近い長身とがっしりした体躯、きれいな金髪、色の浅いエメラルドの瞳。オーシャンズシリーズあたりに出てきそうな見た目。どうせ詐欺師の役だ。
 あのとき一緒にいた客が一体どういう人間なのか、俺はよく知らない。
「……とにかく、要らない。問題ないなら」
「ちなみに残念なお知らせだけど、彼はヘテロみたい」
「へえ」
「がっかりした?」
「あのな。相手探してるわけじゃないんだよ」
「ええ、そうなの? この前別れちゃったんでしょ?」
「そうだけど。そんなことお前に頼むわけないだろ」
「ええー僕はてっきりそうかと。だってとんでもない美形! キミが絶対好きなタイプ」
 好きなタイプ? その通り。俺は自他共に認める面食いで、沢霧章吾は美そのもののような顔をした完璧な美形だ。当然俺には邪な気持ちがあるが、それは別に恋愛関係に即座に繋がるものじゃない。少なくとも前の彼氏が、というより前のミューズが俺の彼氏だったのはたまたまだ——お察しの人もいると思うが、俺が前回の公演の台本を書かなかったのは、「この前別れちゃった」が原因である。というより、もっと正確に言うと、俺は飽きてしまったのだ。前の彼氏に。彼を書くことに。
 大学に入ってしばらくして、自分の実際の立ち位置と大学生活が掴めてきた頃、俺は入るサークルなり部活なりを決める気になった。それで当てもなく本キャンパスを彷徨っていたら、初代学長の銅像の前で声を張り上げる一団を見つけた。
 劇サークルだった。ダサかった。
 あまりのダサさに茫然として立ちすくんでいたら、脈があるとでも誤解したのかリーダーらしき着ぐるみの男が(着ぐるみといっても頭部の巨大な遊園地タイプのものではなくて、千円前後で買えそうなペラペラの寝巻き様のものだ)看板を持ったまま俺の元へと駆け寄ってきた。逃げ出そうか迷ったが、迷っている間に辿り着かれた。
「演劇部、興味ある? きみ舞台映えしそうだよ」
 今となっては彼の着ぐるみがクマだったかネコだったか、リスだったかも定かじゃないが、戸惑って何も返せなかったのは覚えている。すると彼は俺の手にチラシをねじ込んできた。新歓公演のフライヤーだった。もう一〇分後に開場と言う。
 そのサークルに興味はなかったが他に目当てがあるでもないし、まあ観てみるのもいいかと思って俺は会場に入ったのだった。席についてチラシを見ると、どうやら四つの劇団が合同で演るようだ。三○分程の小劇が四つ。同じ話に長々付き合うよりはいい。そのうち開演となった。
 最初に、さっきのサークルが出てきた。まるまる三◯分スベって帰った。
 二つめは話も覚えていない。演者が黒い服を着た二人組だった気もするが記憶が曖昧だ。とにかく印象がなかった。
 三つめに、劇部が出てきた。いま俺のいるサークルだ。そこで、舞台に目を奪われた。
 話の内容もセリフもほとんど覚えていない。大した話ではなかった。それでも、演者は目を引いた。今までと明らかに違う。演出や劇伴も好ましかった。衣装もライティングもいい。もしかすると前の二つが酷すぎて評価が甘くなっていたのかもしれないが、三◯分間、楽しかったのは事実だった。暗転した劇場内にパラパラと拍手が散った。そのうちの一つは俺だった。
 四つめが始まって一◯分ほどで退出した。入るサークルが一つ、決まった。
「蔵未孝一くん?」
 新歓ブースを訪れた俺に、先ほど壇上で演技をしていた二年生が笑いかけてきた。当時は彼に目を惹かれた。と言ってもミューズとしてではなくて、好みのタイプとしてだ。俺は、多少緊張しながら頷き、相手の名前を尋ねた。返ってきた名前を頭に刻んだ。
「蔵未くんは役者志望? 絶対そうだよね、そのルックスじゃ」
「あ、いえ……俺は裏方がいいです」
「えっなんで。舞台立つの嫌?」
「そう、ですね。あんまり、やりたいとは」
「もったいないなあ。絶対映えるのに」
「俺、小説を書くことがあって。……脚本(ホン)書いたりは、できますか」
 それまで劇部の台本を書いていたのは四年生で、タイミングも良かったらしい。入部してすぐの公演で俺は話を書かせてもらった。彼を主人公に想定して書いた。公演は好評で、脚本をずいぶん褒めてもらった。おかげで俺が本を書くことはすっかり既定路線になって、誰に言われるでもなく次の台本も書いた。彼と付き合い始めたのは二作目の公演が終わった辺りで、正直俺はそんなことは全く期待していなかったから驚いた。悪意のあるドッキリだとか、そういうものを本気で疑った。
 だって彼は、どう考えても、ヘテロだったから。俺がヘテロも惚れるような魔性の美少年だってならわかるが(実際そういう知り合いがいる。可哀想なことに、彼はヘテロなのだが)、俺は身長も高いし、体格だってそれなりにがっしりしている、ごく普通の成人男性だ。女の子が好きだってヤツが惚れてくれるようなタイプじゃない。だから俺は告白された時、もし何か俺をからかうつもりで嘘をついているのなら、今ここで種明かしをしないとあなたを刺して俺も死ぬとまで言ったが、彼は撤回しなかった。俺の目と、手にある包丁を見れば本気なことは分かったはずで、ようやく俺は彼を信じた。
「本気なんですね」
「自分でも、びっくりしてるけど。……君を傷つける気はない。勿論、嫌だったらフッてくれていい、けど、……」
「——『お前、俺が好きだろ』?」
 直近の公演の台本から引くと、彼が笑った。そのセリフは彼の役のもので、もっと軽い場面での一言だ。
「お見通しか、そりゃそうだ。孝一は人をよく見てるから」
「でも節穴だったじゃないですか。貴方が僕を好きだなんて、気づかなかった」
「憎からず思ってくれてるような気がして、君のことが気になった。そうやって目で追うようになったら、気づいたら、好きになってたんだ。男を好きになったことなんてないから、……自分でも今まで、どうしたらいいかわかんなくて」
 最初は嬉しかった。彼は好みの顔だったし、優しくて気遣い上手で、少なくとも話が通じる。部での人望が厚いのも頷ける話で、性格がいいで通っていた。実際、意識は高いというか、世の中のいろいろな偏見なり不平等について、ちゃんと考えるべきだということを察するくらいの能はあった。が、結局、その程度らしい。
 高望みしすぎなのかもしれない。けど、付き合ううちにだんだん、俺は鬱陶しくなってきた。彼はいつも優しいが、それは「自分のほうが成熟してるから、相手に優しくしてやるべきだ」という意識に基づいていると思える。意見が対立することがあっても大抵はあっちが折れるが、どうも「孝一は難しい子だから、こちらが配慮してやるべきだ」と思っていてそうしている気がする。つまり、俺の、不満や怒りを真正面から理解しようとはしていない。まともに取り合う気がないんだ。それって、軽んじてるってことだ。腑に落ちて、急にうんざりした。
 だから唐突に振った。同時に、彼に魅力を覚えなくなった結果として話が浮かばなくなった。捻り出そうと思えばできただろうけど、一公演休ませてもらって、じっくり次のミューズを探そうと思っていたのだ。そしてできれば、関係を持たず、偶像のまま愛でることにしよう。人間としての個性など話の邪魔になるだけだ。あくまで画題なんだから、中身なんて知る必要はない。
 それで現れたのが沢霧だ。暴力的なまでの美しさ。
 話はみるみる湧いてきた。文字にするのが追いつかない。いったいどれから書き始めようか悩んでしまう。あんな人間が、本当にこの世に生きているなんて——不思議なことに沢霧章吾と言葉を交わして性格を知っても、彼の偶像性は些かも崩れることがなかった。いや、不思議じゃない、理由は知れている。外面の美が強烈すぎる。彼本人の人格なんて、消しとばしてしまうほどの輝き。
 現にこうして佑からの報告を聞いたところで、自分の脳内の物語が色褪せることはない。褒められたことじゃないとは知っているが、どうせ演じるのは他の人間で、俺が沢霧をモデルにしているとは他の誰にも分かりゃしないのだ。レポートの手伝いと引き換えに、ちょっと脳内で使わせてもらうだけのこと。対価としちゃ上等だろう。
 そんなことを思いながらペンをくるりと回したとき、スマートフォンが震えた。振動とともに画面が灯る。通話アプリでの着信だ。
「……え?」
 思わず口に出していた。意外な名前が、そこにあった。

何円からでもお気軽にお使いくださいませ。ご支援に心から感謝いたします、ありがとうございます。 サポートの際、クレジットカード決済を選択頂けると大変助かります(携帯キャリア決済は15%引かれてしまいますがクレジットカードだと5%で済みます)。