「当たり障りのない」は褒め言葉だと思う

「なんか、変わってるよね」と安易な表現をされることが多い私。

どうやら、その真意は「普通ではない」ということだそうです。たまに、失礼な物言いで評されることもあります。反対に「面白いね!」と褒められることもある。「人によって物の見方は変わる」と言いますが、日々よく本当にそうだなと感じる場面が多いです。

どんな人間も一言では語れない

人は一言では語れない、と私は常に思っています。ですが、コミュニケーションや仕事のきっかけとして、社会ではよく「肩書き」を求められることがありますよね。個人的には、大人になって嫌なこと第一位かも!笑

私の場合は「Webデザイナー」や「Webディレクター」と名乗ることが多いですが、印刷物のデザインもするし、資料作成もするし、事務処理もします。一言では説明できません。きっとみんなそうだと思います。それに服装などの見た目は平凡ですし、奇抜なことは特に何も無いのです。

確かに中には「デザイナーっぽい!」というような服装だったり、雰囲気を出している方もいるかもしれません。ただ、それはその人が好きでやっていることであって、職業や立場がどうであっても、どんな人も簡単にカテゴライズできるものじゃないと思うのです。

奇抜な見た目や仕事が個性なの?

「隣の芝生は青い」というように、何でも他人のものはよく見えるものかもしれません。東京に来てから出来た友人には「個性的だね」と言われ、昔からの友人には「面白いね」と言われがちなので、総合的に考えれば自信にはなっています。

ただ時々困るのが、自分を卑下するように「個性があって羨ましい」「自分と違ってかっこいい」という言い方をする方がいます。私はその時に「そんなことないよ!」と強く思うのですが、うまく伝えることができません。そして大抵そういう方は「自分は『当たり障りのない人間』だから」というのです。

「当たり障りのない」ってなんだろう

あくまで私の周りの方ですが、「当たり障りのない」と自己を称する方の多くは「人の気持ちが分かる」「とても優しい、かつ、伝え方が易しい」「難しい物言いをしない」「人間関係を大切にしている」「我慢強い」という印象を持っています。

今あげたことは生きていく上で、とても大事なことですよね。人と接する上で気を付けなければいけないことを、身につけて行動している人達。要するに「協調性がある」のです。言い方を変換するだけで、こんなに印象が変わります。そして、それは「安易な個性的」に分類されやすい、私よりも長けていることだと思います。え、それってとても素晴らしくないですか!?

普通ではないことが個性ではない

必ずしも「普通ではない」ことが個性ではないし、奇抜である必要もありません。その「優しさ」「人当たりの良さ」十分な個性です。「当たり障りのない」というのは、言い方が悪いだけで実はとっても素敵なことなんじゃないでしょうか。きっと、あなたの優しさに救われている方がたくさんいるんじゃないかなって想像しちゃいます。私もそんな方に救われたことがあるからです。

私はそんなあなたが羨ましい

もし本当に個性が無いとか、普通がいやだ!と思い悩んでいる方がいるのなら「普通なんてないよ!」と言ってあげたいです。私はその「当たり障りのない ≒ 協調性のある」ところに憧れます。とても羨ましいです。

もしかしたら「自分なんて…」と言っておきながら、実はそうとは全く思ってない最強の自信家もいるかもしれません…。笑

その時は、うまくあしらえるように会話の技術を身に付けたり、我慢強く話を流せるようになりたいと思います。その「当たり障りのない」という素敵な個性を持つ、あなたを見習って。

では、また!

読んでくださってありがとうございます!それだけで嬉しいです。 楽しくゆるく、ときに真面目に。これからもよろしくお願いします🍀