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『降りていく生き方』のススメ

『降りていく生き方』という本がある。

私は統合失調症という病気を患っている。
発症したのは13年前のことだ。

統合失調症は、情報処理をするフィルターに破れが生じて、情報の取捨選択が難しくなる病気だ。
その結果、現実と非現実の区別が付かなくなり、妄想や幻聴、幻覚といった症状が出てしまう。

非現実の世界に生きてしまうから生活に支障をきたすのだが、私の場合は少し特殊だった。
被害妄想や幻聴はあるのだが、それが「ありもしないこと」だという認識はあったのだ。

駅のポスターに写っている人物から、果ては机の上に置いていたくまのプーさんの貯金箱まで、自分に「死ね」と言ってくる(と感じる)。
でもそんなことが現実にあるはずがない。
とても奇妙な精神状態だった。

まだ健康な時の私は、昨日より今日、今日より明日、少しでも向上しなくてはいけないと思っていた。
向上心を持つこと自体は素敵なことだと思うのだが、私の場合は純粋な向上心とは違った。

自分はダメな欠陥人間だから、少しでもマシな人間に、良い人間にならなくてはならないと思い込んでいたのだ。

なのに、統合失調症を発症して、社会的な活動が何もできなくなった。

当時の私は弁護士を目指していた。
立派な社会人になって親孝行をするぞ、社会に貢献するぞと入った大学院。
でも病気で授業を受けることも難しくなってしまった。

社会人になる前から、こんな病気になって人生終わったなと思った。
そんな時に、先生にすすめられて『降りていく生き方』に出会った。

この本は、「べてるの家」の取材をもとに書かれたノンフィクションだ。
べてるの家は北海道にある、精神障害者等のための地域活動拠点である。
精神障害者が自分のことを研究する「当事者研究」など、数々の興味深い試みをしている。

特に心に刺さったのは、ソーシャルワーカーである向谷地さんの言葉だった。

「私たちは……人間として本来もっている基本的に大切なもののうえに、学歴とか経済力とか便利さとかを、オプションのようにプラスアルファの価値として身につけてきたわけです。回復すると言うことは……そういう背負わされて余計なものをひとつずつとり去って……何をしないほうがよいか、何をやめるか……それが降りていくということ

『降りていく生き方』p.67

私は向上していくしか生きる道はないと思い込んでいた。
だから苦しかったのだと気がついた。

向上しない生き方があっても、どんな生き方があってもいい。

そんな風に優しく言ってもらえた気がした。
人生の視野を広げてくれた一冊だ。

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