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ノベルジャム作品におけるターゲティングの問題について

【手短に言うと】小説も流通商品である以上、見込み購入者の想定は必要だけど、 ノベルジャムという特殊な舞台でどこまでターゲティングを意識すればいいのか、という話です。

NovelJam2018秋、その初日、三木一馬さんの講演で想定読者のペルソナについての話題がありました。ペルソナによるターゲティング、という話の流れで、たしか参加者の方から上がった「電子書籍購入者の傾向」についても質疑があったと思います。それに対し、三木さんが「電子書籍の黎明期の印象」という前提で彼らのペルソナについても語ったのだと記憶しています。

ノベルジャム作品におけるターゲティング問題についてはどうにも微妙な部分があって今だにモヤっているので、いちばん堂デザイナーの杉浦が、おのれの頭の整理も兼ねて少しそのことについて書きます。

【ペルソナ】商品やサービスを提供する際に、想定されるターゲット像を架空のパーソナリティに落とし込むことで提供価値を純化させるマーケティング手法のことです。実在する人物のベンチマークもしますが、デモグラフィック的な定量データに支えられた上に精度の高い定性を乗せる、かなり高度なファインディング技術が必要とされるので「だろうでしょう」で迂闊に進めるといびつなキメラ的人格が立ち上がることもありえます。ぼちぼちAI化すると思う。

「電子書籍購入者」の傾向を把握するべきか

電子書籍購入者層、という切り口で彼らの消費傾向や嗜好性を類推することは可能ですし、分からないより分かっていた方が良いに決まっています。しかしそれはアンケート調査や、また購入履歴といったオーディエンスデータの蓄積があり、それら定量データをチェックできた上での話であって、その手順を飛ばすのであれば、いきおい「肌感覚」や「イメージ」に頼らざるを得ない。それなりに数の多い母集団を感覚やイメージで捉えるのは「今回のターゲットは20〜30代の女性です」くらい大雑把な話で、ともするとターゲティング自体を妨げますし、ましてや人物像に落とし込むには無理がありすぎる(もちろん三木さんは心得ていて「昔の話」で「印象でしかない」と強く仰っていた)。

特定のメディア志向を持つ層の傾向については、大筋を「事前に」リサーチしていくのは悪くないと思いますが、ある程度まとまった定量分析ができないのであれば、参考程度にとどめた方が良さそうです。それよりも作品のターゲットクラスタの想定の方が重要と思います。
ノベルジャムに参加する書き手の多くは、異なる読者層に向けて自在に狙って書き分けられる完璧超人ではないので、電子書籍購入者層といった単位の大きい「メディア志向」の分析ではなく、より個人的な傾向すなわち「自作の作風に受容性の高いクラスタ」をペルソナ化させておくのは悪い手ではないです。しかしそれを現場でいきなりできるかというと、やはり難しい。

執筆開始時間までにペルソナ造形は厳しい

商品開発の現場では、それを使うであろう架空の人物像を造形する手法を実際に使います。自分もデザイナーとして開発に絡む際、デザインの手がかりとしてターゲットプロファイルを埋めていく手順を踏むこともよくあります。ターゲットのプロファイルを検討するのは議論を進める上で有効ですが、ノベルジャム特有のスケジュール感にはめると、お題が出てから執筆開始までのわずかな時間で「どんな読者層をターゲットにするか決定」し「それはなぜか、を整理」し「彼らのペルソナを作って検証」する時間があるとは考えにくい。

結局のところ、あの場においてペルソナを使おうと思ったら「チーム全員で届けるべき読者像のざっくりとした所を共有する」という限定的な使い方になると思います。というかそれしかない。
1本の小説がラブレターだとするならば、どんな人に向けて出すのか、代表読者である所の彼もしくは彼女のイメージを共有するためのツールとしてペルソナを使うのは有効です。ただしノベルジャムのような特殊な環境にあっては、その精度は度外視だし「なぜ彼彼女でなければならないのか」の検証も十分にできない。つまりそのターゲット像が正しいかどうか、補強するためのウラも少々あやしくならざるを得ない。
そのような前提ゆえに(中途半端な)ペルソナに合わせていくため執筆の幅を狭めるのであれば最初からやらないほうが良く、せいぜい「東西南北」レベルの精度と割り切って「とりあえずこっち向いてれば少なくとも間違いじゃないよね」の確認用と捉えるのが良いのかもしれません。

で、どうするか

想定読者のペルソナにしてもメディア傾向にしても、ターゲティングに関しては「とりあえず仮説なんだけど」レベルで構わないので想定を持って臨んだ方がベターではあります。仮説のない状態でターゲットについての議論をはじめてもほぼ無駄に終わるし、その場で仮説を立て、その妥当性を検討するプロセスを踏めるほど余裕のあるスケジュールは、ノベルジャムにはありません。ゆえにターゲット想定を行うのであれば、

●著者は自分の作風に受容性の高い読者を「あらかじめ」イメージしておく。普段の読者との交流や友人の感想、SNSフォロワーの傾向等でも良いので事前に蓄積しておく。
●編集は作品を投下するメディアとその利用者層について「あらかじめ」リサーチしておく。想定し仮説を持っておく。
●チーム分け後、ふたつの仮説をすり合せ、プロットに合わせて読者の人物像を想定する。
●制作時間が短いからこそ、想定には余白を残し縛られすぎない。想定に合わせるより執筆パフォーマンスを優先させる。
●ターゲティングのための材料や仮説がないのであれば、がんばってやらない。

という手順になると思いますが、いずれにせよ仮説の域を出ないので特にノベルジャムのような「走り出したら軌道修正がききにくい」制作現場では、チーム内におけるイメージ共有の方便と割り切って、あまり深入りしないほうが無難というか、むしろターゲット想定は小説の中身を規定するためではなく、デザインのために行ったほうが良い結果が出そうです。
早めにざっくりとしたターゲットと小説のアウトラインをデザイナーに伝え、プロットが練り上がる前、デザイナーが暇な時間に意識共有のためのコンセプトイメージをつくってもらうのも良いでしょう。
実はこのような局面でこそ、ビジュアルでコミュニケーションをはかるデザイナーの存在が力を発揮します。デザイナーを「表紙をデザインする人」ではなく、チーム内の「コミュニケーションツール開発者」として戦略的に使う。コンセプトの視覚化はその後の方針確認の上でもとても有効なので、その糸口としてターゲティングの議論はアリだと思います。  

さて上記のような手法を我々「いちばん堂」が行ったか、というと、一部はやって、一部は異なるアプローチで行いました。ペルソナとかターゲティングとか、実はぜんぜんやってません。ここまで書いたのは結果論でしかなく、あくまで次のノベルジャムに向けた課題です。
では何をやったのか、それについては次回(続きます)。

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