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【学ぼう‼刑法】入門編/総論12/正当防衛(1)/正当防衛の効果と成立要件/対物防衛



第1 はじめに

前回は、違法性に関する最初の回として、違法性の実質と違法性阻却の原理について説明しました。

そして、違法性阻却事由には、明文の規定をもつ「法規的違法性阻却事由」と明文の規定をもたない「超法規的違法性阻却事由」があること、また、緊急事態であることを要件とする「緊急行為」と、そのような事態であることを要しない「正当行為」とがあることを説明しました。

「法規的/超法規的」を縦軸に、「正当行為/緊急行為」を横軸にとって各違法性阻却事由を位置づけると、次の図のとおりとなります。

違法性阻却事由の分類と位置づけ

今日は、この中でも最も有名で、法律や刑法をまったく学んだことがない人でも一度は聞いたことのある「正当防衛」を取り上げます。


第2 正当防衛の概要

1 刑法第36条第1項

正当防衛は、法規的違法阻却事由であり、緊急行為です。

正当防衛を規定しているのは、刑法第36条第1項です。

刑法
(正当防衛)
第36条
 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

2 正当防衛の効果

この条文では「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」が正当防衛であることが示されたうえで、この場合の行為につき「罰しない」と規定しています。この「罰しない」というのは、犯罪が成立しない(ために処罰されない)という意味であり、犯罪が成立するけれども処罰されない、という意味ではありません。後者の意味であるときには、条文では「刑を免除する」という表現が使われます。

刑法第36条は「第7章 犯罪の不成立及び刑の減免」の章に位置づけられていますが、この章での用語法としては「犯罪の不成立」の場合には「罰しない」と規定され、犯罪は成立するけれども刑を科さない(処罰しない)という場合は「刑を免除する」と規定されています。

犯罪が成立しない場合には、①構成要件該当性を欠く場合、②違法性を欠く場合、③有責性を欠く場合の3種類がありますが、正当防衛は、②違法性が欠けるために犯罪が成立しない場合、つまり、違法性阻却事由であるということについて争いがありません。

この点は、次条(刑法第37条第1項本文)の規定する緊急避難の場合に犯罪が成立しない理由が、違法阻却なのか、責任阻却なのかが争われているのとは大きく違います。

3 過剰防衛(刑法第36条第2項)

なお、刑法第36条の第2項には、過剰防衛が規定されています。これは、正当防衛の成立要件の1つである「防衛行為の相当性」の要件が欠けるために正当防衛が成立しない場合です。したがって、過剰防衛の場合は、犯罪は成立するので、過剰防衛は違法性阻却事由ではありません。

ただ、過剰防衛の場合は、犯罪の成立を前提に、裁判所が刑の量定(量刑)をするうえでの特別な効果(刑を減軽または免除することができること)が定められています。つまり、過剰防衛は刑の任意的減免事由の1つです。この場合、裁判所は、刑を免除することもできるし、刑を減軽することもできます。また、刑の減軽も免除もしないこともできます。

なお、刑の加重減軽の方法については、「第13章 加重減軽の方法」において、第68条から第72条で規定されています。

4 正当防衛の成立要件

正当防衛の成立要件については、刑法第36条第1項が「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」と規定しています。

そこで、この条文を素直に読んで、素朴に正当防衛の成立要件を導くならば、

  1. 急迫不正の侵害に対する行為であること

  2. 自己または他人の権利を防衛するためであること

  3. やむを得ずにした行為であること

という3つの要件を引き出すことが可能です。そして、実際に、司法試験の答案などでも、このような3つの要件の定立をしてあてはめをしても、それによって落ちるということはないと思われます。

ただ、その要件をめぐる学説などでの議論などをも踏まえて、正当防衛の成立要件を抽出するなら、次の4つまたは5つにするのがよいと思います。

  1. 急迫不正の侵害の存在

  2. 防衛行為(反撃行為)

  3. 防衛行為の必要性

  4. 防衛行為の相当性

  5. 防衛の意思(争いあり)

このうち1~4は客観的要件、5は主観的要件です。

本稿では、正当防衛の成立要件は、この4つまたは5つに整理できるものとして、以下、説明をすることにします。


第3 正当防衛の成立要件

1 急迫不正の侵害の存在

この要件は、条文上も「急迫不正の侵害に対して」と規定されていることから必要とされます。

1 急迫不正の侵害の存在

このうち「急迫」が、不正の侵害が差し迫っていることを意味するということについては、あまり問題はありません。

しかし「不正」「侵害」の意味については、問題があります。

伝統的には「不正」とは「違法」の意味であると解されています。そうすると「不正」の意味するところは、刑法上の「違法」についてどのような見解を採るかによって変わってくることになります。

つまり、倫理規範違反説によれば、ここにいう「不正」は、国家・社会的倫理規範に違反すること、という意味になります。そして、当然のことながら、「倫理規範」に違反することができるのは人間に限られます。「倫理」とは人の道であり、「規範」とは人の社会におけるルールだからです。

そこで、倫理規範違反説によれば、ここにいう「不正の侵害」は、(行為者に対する)他人の侵害行為に限られると解釈されました。

これに対して、法益侵害説によれば、違法とは「法益の侵害またはその危険」ですから、このような状態が行為者に差し迫っていれば、それは「人の行為」によるものには限られない、とされました。

この問題は「対物防衛」と呼ばれる処理をめぐって結論に差異を生じます。

対物防衛は、物(動物を含む)から生じた侵害の危険に対して反撃する行為が正当防衛となるか、という問題です。多くの場合、問題となるのは「動物から襲われた場合に、これに反撃した場合」の処理です。

もっとも、動物に反撃した場合のすべての場合が「対物防衛」の問題となるワケではありません。

第1に、正当防衛は違法性阻却事由であり、違法性阻却事由の有無は、構成要件該当性があることを前提として語られます。そこで、動物に対する反撃行為もそこにそもそも構成要件該当性が認められない場合には、「対物防衛」とは成りません。例えば、野生動物に襲われた場合や、買い主のいない野良犬に襲われたという場合です。この場合は、その野生動物や野良犬に反撃し、これを殺しても、犯罪の構成要件に該当しません。そこで、このような場合は、そもそも「対物防衛は正当防衛か?」を語る前提を欠きます。

そこで、対物防衛が問題となるのは、必然的に「人の所有物」である動物から襲われた場合に限られます。しかし、そのすべての場合で、倫理規範違反説と法益侵害説とで結論を異にするワケではありません。

例えば、Xが飼っていた大型犬が檻から逃げ出して、Aに襲いかかったため、Aが自己の身を守るためやむなくその犬を棒で叩き殺した、という場合を考えてみましょう。

この場合、Aの行為は、Xの所有物を壊しているので、器物損壊罪(刑法第261条)の構成要件に該当します。

刑法
(器物損壊等)
第261条
 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

なお、同条にいう「他人の物」には、家畜やペットなどの動物も含まれ、また「傷害」は、これらの動物に怪我をさせた場合だけでなく、これらの動物を死亡させた場合も含まれると解されています。なお、動物を傷害・死亡させた場合は特に「動物傷害罪」と呼ばれることもあります。

以上のとおり、上記の事例では、Aの行為は器物損壊罪(刑法第261条)に該当するので、次に、Aに違法性阻却事由がないかが問題となり、ここで、正当防衛の成否、つまり「対物防衛」が問題となります。

しかし、ここで、Xの大型犬が檻から逃げ出した原因が、Xの落ち度(つまり、過失行為)によるものである場合は、この大型犬によるAに対する攻撃は、Xの過失による「Xによる侵害行為」と評価することができます。

そこで、この場合には、法益侵害説のみならず、倫理規範違反説からも「急迫不正の侵害」を認めることができるので、他の成立要件を充たせば、Aには正当防衛が成立することとなります。

つまり、この場合には、両説で結論が異ならないので問題とはなりません。

問題となるのは、Xの大型犬が「Xの落ち度ではない原因」によって、脱走してしまい、Aを襲った、という場合です。

この「Xの落ち度ではない原因」には、大別して2種類のものがあります。

1つは、大地震などの自然現象による場合です。

もう1つは、第三者が檻の錠を外して大型犬を逃がしたというような第三者の行為による場合です。

これらの場合に、倫理規範違反説と法益侵害説とでは、正当防衛の成否に差異が生じます。

では、両説でどのような差異が生じるでしょうか?

倫理規範違反説では、正当防衛は成立しないとされます。それは、この場合には、財産(大型犬)を侵害された被害者であるXによる、Aに対する「違法な侵害行為」が存在しないからです。そこで「不正の侵害」が存せず、正当防衛は成立しえないとされます。

ただ、それゆえに、常にこの場合、Aに器物損壊罪が成立してしまうか、というと、そういうワケでもありません。倫理規範違反説の立場では、この場合の犬による攻撃は(被害者Xによる)「不正の侵害」には該当しませんが、「現在の危難」(刑法第37条第1項本文)には該当します。そこで、緊急避難が成立する可能性は残されています。

(緊急避難)
第37条
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

ただ、緊急避難と正当防衛の成立要件を比較すると、緊急避難のほうが要件が厳格なところがあります。例えば、緊急避難では、補充性という要件が必要とされ、身を守るために犬を攻撃する以外の手段があるときには、緊急避難は成立しません。そこで、正当防衛の成立を認める立場(法益侵害説)と比べると、Aの保護が薄くなります。

これに対して、法益侵害説の立場からは、買い主の落ち度なく逃げ出した犬による侵害も「不正の侵害」に該当しますから、Aが犬に反撃し、場合により撲殺してしまったとしても、防衛の必要性・相当性がある限り、正当防衛が成立し、Aには犯罪が成立しないこととなります。つまり、Aの保護に厚いと言えます。

以上のように、従来は、対物防衛における正当防衛の成否について、倫理規範違反説からは否定説、法益侵害説からは肯定説という図式が成り立っていました。

ただ、最近は、この図式が崩れ、(倫理)規範違反説からも、対物防衛の場合に正当防衛の成立を認める見解が有力になってきています。

なぜそうなのか?

その理由の1つに、民法の扱いとのバランスがあります。

民法の不法行為にも、正当防衛や緊急避難という制度があり、この場合には、違法性が阻却(=否定)されるため、不法行為の法的効果である「損害賠償債権(債務)の発生」という効果が生じないとされます。

ただ、その概念は、刑法上のこれらとはズレがあります。

民法上の「緊急避難」(民法第720条第2項)は、「他人の物から生じた危難を避けるためその物を損傷した場合」で、この場合には、不法行為の効果が発生しないとされているのです。

これは、まさに対物防衛の場合です。しかし、この場合、正当防衛とは異なる「補充性」などの特別の要件は要求されていません。正当防衛と同じ要件で、違法性が阻却されるのです。

そうすると、刑法において対物防衛を認めず、しかも、「補充性」を欠くために刑法上の緊急避難も認められない場合、民法上は、違法でないのに、刑法上は違法である、という矛盾が生じてしまいます。

これは、法理論上、許容することのできない事態です。

これは、逆ならば、まだよいのです。つまり、民法上は違法であるが、刑法上は違法ではない、という場合です。

例えば、不倫などは、現在の民法では違法行為と解されており、他方配偶者に対する不法行為となります。しかし、不倫は刑法上では処罰の対象とされていません。でも、これはOKなのです。

刑法は、社会共同生活の基盤を整えるために、だれにでも絶対に守ってほしいルールを刑罰(法益の剥奪・制限)という「劇薬」を用いて人々に強制するものです。ですから、刑法は、使わずに済むなら、そのほうがよいと考えられます。これが刑法の謙抑性です。

そして、この刑法の謙抑性の結果として、刑法は世の中の違法行為をことごとく対象とするのではなく、必要最小限のものだけを対象とすればよいと考えられ、ここから刑法の断片性が導かれます。

そこで、民法その他の法律において違法とされる行為のすべてを刑法(刑罰法規)における違法(=可罰的違法)として処罰の対象とする必要はありません。

つまり、刑法上の違法の内容は、行為者に対する処罰の前提としての「違法」(=可罰的違法)なので、民法上の違法よりも厳格であっても問題ないのです。

……しかし、その逆はマズいのです。

民法ですら適法とされているのに、刑法で違法として刑罰をもって禁ずる、というのは価値体系における逆転現象であり、矛盾です。そして、これは、憲法の価値観を頂点として統一的に矛盾なく構成されるべき国内法の価値体系において忌避されるべき現象です。

そうすると、このような逆転現象を容認してしまうような法解釈は採ることができないということになります。

そこで、現在では、倫理規範違反説の立場の論者も、正当防衛における「不正の侵害」は、倫理規範違反の侵害行為と解するのではなく、「法益侵害」の状態で足りると解しています。

そして、このような解釈自体は、倫理規範違反説を採る場合でも、可能でしょう。なぜなら、この場合の「不正の侵害」は、被害者がその法益に対して行為者から侵害(反撃)を受けてもやむを得ない事情を規定しているのであって、その被害者に対して「犯罪が成立するか」を問うているワケではないので、犯罪の成立要件である違法の概念と必ずしも一致させる必要はないからです。

2 防衛行為(反撃行為)

正当防衛の成立要件の第2は、防衛行為です。

それは、自己または第三者の権利や法益を防衛するという客観的意味をもっているとともに、急迫不正の侵害に対する「反撃」である必要があります。

この要件は、条文の文言上は「自己又は第三者の権利を防衛するため」という部分と、急迫不正の侵害に「対して」という部分から導かれます。

正当防衛の防衛行為が、あくまで急迫不正の侵害に対する「反撃行為」でなければならない、という点は、正当防衛と緊急避難との明確な違いとなっています。つまり、正当防衛が「反撃行為」であるのに対し、緊急避難は、自己に降りかかった法益侵害の危険を第三者に転嫁する「転嫁行為」です。

この点から、正当防衛は、不正な侵害者と行為者との関係(不正対正の関係)であるのに対し、緊急避難は、行為者と無関係な第三者との関係(正対正の関係)であると対照的に説明されます。

そして、このことが、正当防衛と緊急避難における他の成立要件の厳格さに影響しています(後述)。

なお、些細なことですが、正当防衛は「不正対正の関係」です。よく、「正対不正の関係」と間違って憶えている人がいるので、注意してください。

なお、防衛行為は、客観的に防衛のための反撃と認められればよく、その行為に法益を保全する効果(防衛効果)があることは必要ないと考えるべきでしょう。

なぜなら、仮に、正当防衛と認められるには防衛効果が必要であると解した場合には、例えば、次の場合のB女には正当防衛が認められないこととなってしまい不当です。

【事例】 B女は、大学からの帰り道、突然、Y男から草むらに引き込まれ、強引にレイプされそうになった。B女は、レイプされまいと必死に抵抗し、Y男の顔に引っ掻き傷を負わせたものの、屈強なY男はそんなことはモノともせず、B女に対するレイプを完遂した。B女には傷害罪が成立するか?

もちろん、B女に傷害罪の成立を認めるのは不当でしょう。しかし、防衛行為と認められるためには、防衛効果が必要であると解した場合には、B女には正当防衛は成立せず、Yに対する傷害罪が成立することとなってしまいます。この結果はさすがに受け入れられません。

なお、防衛行為であるためには防衛の意思は必要かという問題提起がありますが、ここではこれは「防衛の意思」という別の成立要件の要否の問題として整理しています。

3 防衛行為の必要性

正当防衛の成立要件の第3は「防衛行為の必要性」です。

この要件は、条文上は「やむを得ずにした」という文言から導き出されます。

ただ、ここにいう「必要性」は、かなり緩やかに解釈されています。この点が、緊急避難における同様の要件である「補充性」とは異なるところです。

正当防衛における防衛行為の「必要性」が緩やかに解されている背景には、「正は、不正に屈する必要はない」という考え方があります。

そのため、自己や第三者の権利等を守るための方法として「逃げる」「退却する」という方法が存在していたとしても、行為者には「退却の義務はない」ので、防衛行為(反撃)の必要性はある、とされます。

このような「必要性」についての解釈は、正当防衛が「不正対正」の関係であることから導かれることなので、緊急避難における補充性の解釈とは対照的です。

4 防衛行為の相当性

正当防衛の成立要件の第4は「防衛行為の相当性」です。

この要件も、「必要性」と同様、刑法第36条第1項の定める「やむを得ずにした」との文言の解釈から引き出されます。

つまり、この文言は、防衛行為の必要性だけでなく、それがその態様・程度において必要な範囲を超えないこと、つまり「相当」であったことを要求している、と解釈されるのが一般的です。

また、このことは、刑法第36条第2項の「過剰防衛」が「防衛行為の程度を超えた行為」とされている点からも、導かれます。つまり「防衛行為の程度を超えた行為」が過剰防衛として正当防衛にならないとされていることからすると、「防衛行為の程度を超えていないこと」が正当防衛の要件であると反対に解釈されるからです。

なお、緊急避難には、この「相当性」に相応する要件として「法益権衡の原則」があります。これは、条文上は「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」と表現されています。

つまり、守った法益とそれによって犠牲になった法益とのバランスが問題とされています。「結果の相当性」と言ってもよいでしょう。

これに対して、正当防衛の場合は、このような結果の相当性は要求されていません。防衛行為(反撃行為)が必要かつ相当なものであれば、万一、それによって惹起された結果が不相当なもの(防衛した利益を上回る法益侵害)であったとしても、正当防衛の成立は否定されません。その意味で、正当防衛において要求される「相当性」は、あくまで「行為の相当性」であると言うことができます。

この点に関する有名な裁判例として、西船橋事件があります。

5 防衛の意思(争いあり)

正当防衛の成立要件の第5として、「防衛の意思」という主観的要件が必要か否かについては、争いがあります。

正当防衛について定めた刑法第36条第1項は「自己又は他人の権利を防衛するため」と規定しており、ここにいう「ため」という文言は、「防衛の目的」と解釈することが可能です。そこで、必要説は、この点を大きな根拠とします。

ただ、単に文言の解釈というだけであれば、この「ため」は、主観的な意図ではなく、その行為が客観的に「自己又は他人の権利の防衛」と認められることという解釈が不可能なワケではありません。

それにこのような文言の文理解釈は、あくまで形式的な理由にすぎません。

刑法には、罪刑法定主義という大原則がありますから、刑法において文言は確かに重要です。しかし、これはあくまで、行為者(被告人)の利益を守る方向でのことです。

例えば、類推解釈の禁止は、罪刑法定主義の派生原則の1つですが、類推解釈が罪刑法定主義違反になるのは、それが行為者(被告人)に不利益な方向で用いられる場合に限られ、行為者(被告人)に有利な方向での類推解釈は禁止されません。

正当防衛について「防衛の意思」という第5の要件を必要とするか、という論点では、これを必要と主張する必要説のほうが行為者(被告人)に不利で、これを不要とする不要説は、防衛の意思がない場合でも正当防衛の成立し、その成立範囲が広がるため、行為者(被告人)に有利な立場です。

ですから、文言の文理解釈などと言った形式的な理由で、不要説に対して致命傷を与えることはできません。

とすると、この問題は、いったい何によって決せられるべき問題でしょうか?

それは、理論です。

刑法理論に基づいて「防衛の意思」という要件を認めることが妥当なのか不当なのかということが判断される必要があります。

この場合であれば、正当防衛は何故に違法性が阻却される(=実質的に違法でない)とされているのか、さらに言えば、刑法上の違法性の実質をどのように考えるべきか、ということから判断される必要があります。

つまり、この「防衛の意思」の要否という問題は、正当防衛についての理解、刑法上の違法性の実質についての考え方という深い部分に関わる問題です。

そこで、本稿では、いったんこの問題から離れ、最後に、正当防衛が正当化される理由について検討し、今回は終わりたいと思います。


第4 正当防衛が正当化される理由

正当防衛は、なぜ正当かされるのか?

正当防衛は歴史が古いために、これまでの長い歴史の中で、いろいろな人が、いろいろと考え、いろいろな言葉で、正当防衛が正当化される理由について語ってきました。

もちろん、これらの考え方は、間違いではないかもしれません。ただ、正当防衛によって行為が正当化される理由、正当防衛が実質的に違法ではないと評価される理由について、断片的に答えるものにすぎません。

では、正当防衛が正当化される理由は、どのような視点から、どのように考えられるべきなのでしょうか?

正当防衛は、違法性阻却事由であり、実質的に違法ではない行為なのですから、その違法でない理由については、違法性阻却の原理、さらに言えば、違法性の実質に対する考え方から説明することを試みるというのが、正攻法であり、現在における一般的な考え方です。

前回、違法阻却の原理については見ましたが、大きく分けると、社会的相当性説と法益衡量説に分かれていました。

そして、社会的相当性説からは、社会的相当行為か否かで違法か否かを判断するので、その際には行為者の主観的態様も重要でした。そこで、防衛の意思についても、これは必要であるという結論に結びつきやすいと言えます。

これに対して、法益衡量説からは、違法性の阻却は「法益の欠如」か「法益衡量」によってしか生じないので、そこには行為者の主観的な態様が入り込む余地はありません。そこで、防衛の意思という要件は、正当防衛には不要であるという結論が導かれるのが一般的です。

そして、前回お話したとおり、これら社会的相当性説、法益衡量説の背後には、違法性の実質に関する(倫理)規範違反説と法益侵害説とが存在しています。

つまり、(倫理)規範違反説(行為反価値論)と採る場合には、防衛の意思必要説が導かれやすく、法益侵害説(結果反価値論)を採る場合には、防衛の意思不要説が帰結されやすいということです。


第5 おわりに

今回は「正当防衛」の1回目です。

そこで、今回は、正当防衛という制度を概観し、特に、正当防衛の成立要件を1つひとつ取り上げ、最後に「防衛の意思」について触れました。

「防衛の意思の要否」は、正当防衛の成立要件の中でも、最大の争点です。

そして、その試金石とも言うべき事案として「偶然防衛」があります。

そこで、次回は、この「防衛の意思の要否」と「偶然防衛」について取り上げることとします。お楽しみに。


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