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雨と帰路とバスとハザード

日が長くなったと言っても、18時30分になればあたりは真っ暗だ。
それに加えて雨雲が余計に周囲を暗くさせていた。
目の前を走るバスの車内が、暗がりのなか無機質な光を放っている。
無機質な光を放つ空間は、そこだけまるで別世界のように見えた。外の空気よりも青くて、冷たい。
バスは青く冷たい空気を運んでいく。
バスが揺れると、密封された空気も同じように揺れた。

天気予報が予測できなかった雨は午前10時から降り続いていた。
車のライトの光が雨粒で滲んでいる。
信号待ちの手持ち無沙汰。
雨の冷たさも固さも分からない車内のなかで、ぼんやりと滲んだ光景を眺めた。
ワイパーがフロントガラスを往復し、私の視野を鮮明にしていく。
それに負けじと雨は降り続ける。
今日は夜通し雨が止むことはなさそうだ。


バスに後続すると、スピードを落として車を運転することへの免罪符を与えられたような気になる。
私の後ろの車はウインカーを出して車線を変更し、私たちを次々と追い抜いていく。
雨が濡らしていった街並みを眺めるのが好きだった。
雨で濡れた帰路の時間を延ばしたくて、バスが乗降のため停車しても私もブレーキを踏んでバスが進むのを待っていた。

私がバスに後続しているあいだ、バスは2回停車した。
その2回とも、発進するときにバスは私にハザードをたいた。
バスにハザードをたかれたのははじめてだった。
ゆっくりとしたスピードで進んでいたかったから、バスの停車を待っていただけなのに。
「待たせてごめんなさい」という意図だろうか。
こちらのほうが申し訳なくなる。

顔も見えないバスの運転手。
勝手に身なりを想像してみた。

自宅はもうすぐだった。
ここを左折すればもう、カーテンが閉じられた明かりの灯っていない部屋の窓が見えてくる。
知らない運転手が運転する、無機質なバス。

私はウインカーを左へ出しながらバスに別れを告げた。

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