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【僕は昔より変わってしまった】

そういえば僕は昔、とても大人しい子供で社交的ではなく物事は悲観的に考える子供だった。

当時の僕は、極度な人見知りがあって、そのなごりは今も残っていて、人と目を合わせる事が上手く出来ない。まあ意識していないと基本的に相手の顔に視線が向かない。

先生と話をしている時に「あの子黒板を見て喋ってる」って、同じクラスの子に、からかわれ笑われるくらい。何処を見て話してるのか分からない奴。

そんな僕にも友達がいて。僕と似たような友達。僕と同じように大人しく、人見知りで悲観的に考えるような友達がいた。

そんな友達だったからこそ、僕と同じ、気が合うから楽しかった。

中学の時は結構な頻度で一緒に居たし、よく遊びに行くような仲で、

中学を卒業した時。お互い別々の高校に進学することになった。卒業式で「また遊ぼう」って約束したけど。進学してから僕達は連絡する頻度はどんどん減っていって、いつからかやり取りは途絶えていた。

地元から離れた高校に僕は通う。

新しい環境、僕には新しい友達が出来た。中学の時に居た友達とは真反対のタイプ。とても明るくて活発的で楽観的、そんな友達が出来た。

高校生に上がれば、バイトでお金を稼いだ。初めて持ったお金。お金を対価に沢山の遊びを経験した、何処にでも行ける何でも出来る。そう思えるようになっていたし、なんでも初体験な事には進んで楽しんでいた。

人付き合いは、いつの間にか慣れていて。むしろ知らない人に話しかける事が楽しくて。高校に上がって、得た沢山の新しい経験は、僕を簡単に変えてくれた。

中学の頃。狭い地元の中で毎日同じ事を繰り返していた時。きっと僕達は大人にはならないものだと感じていた。そして日常は何も変わらないと思っていた。変わって欲しくなかった。

今から思い返せば、何も変わらない日々も日常もつまらない。日常には新しい刺激が必要だと。同じ日々には飽き飽きしてしまう。

僕の携帯には、昔よりも沢山の友達の連絡先が増えて。連絡相手を、スクロールして探す事にも苦労する。浅い関係、ただ広い、初対面の相手とでも連絡を交換しあったりし、それを友達だと呼んでいた。

連絡先を眺めている時スクロールする手が止まった。携帯画面には昔の友達。中学の頃の友達だった連絡先が残っていた。「今何してるんだろう?」懐かしくなって、あの頃の楽しさをまた味わいたくて、軽いノリで連絡を送った。

すぐに返事は返ってきた。

「めっちゃ久しぶりじゃん!」
ほんとに懐かしい。高校に上がってから、僕の頭の中での友達の記憶が止まったまま。今、その記憶の続きが動きだすと、考えたら少しワクワクする。

「今日暇だったら会わない?」
別に今日じゃ無くても良かった。まぁ、突然すぎるから何か用事があるなら普通に断られるだろうなと思っていたし。

「突然だな!構わないよ」
割とあっさり承諾された。

夕方に用事が終わった後、19時くらいに友達の家に行って二人で会う約束をしながら「何を話そうか」と考えて、僕は楽しみにしていた。

19時になる頃に、友達の家、懐かしい場所の前に僕は立っていて。昔のようにインターホンを押し、友達の名前を呼ぶ。

玄関から出てきた友達の姿は、昔見た姿と全く変わりがなく、僕の記憶の中の友達と全く同じ姿がそこに立っていた。

「久しぶり」と僕から初めに声をかけて。友達は昔と変わらない大人しい口調で「だいぶん変わったね」

でも、その一言で昔とは違う、何かを感じた。友達は昔と何一つ変わらない事は確かだ。ただ、何一つ変わらないのに違和感が芽生えていた。多分僕が変わりすぎてしまったのかもしれない。

そこから「今までの事」「現在何をしているのか」「懐かしい思い出」お互い聞きたい事を、話そうとしていた事を話した。

彼の話口調は昔と変わらない、懐かしい。昔の話をしたりして割と話をして楽しんでいたけど、

そんな話をしている時、ようやく分かったかもしれない。僕と彼は「気の合う友達」では無くなってしまっていた。

懐かしさはあっても、話の波長が上手く合わなくて。昔のようなあの楽しい時間を空間を感じる事が出来なくて。

友達は何一つ変わっていなかった。
それよりも僕は昔より変わっていた。
僕だけが道を大きくずれてしまったのかもしれない。

変わらない事が「悪い」とも思わないし。変わる事が「正しい」とも思わない。

ただ、僕達の関係を、環境が大きく変化させてしまった事には変わりがない。

たまには、その昔から仲の良かった友達に会ったりする。今は昔から仲が良かった友達、そんな感じで仲良くやっている。

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