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【恋愛青春小説】 君のいない未来に来ました 3稿 完結+あとがき


(ライトノベルふうの中編小説です)(キュンキュンする恋愛青春です)(これが3稿です)



君のいない未来に来ました
 

 
オープニング
 
イツカという名前の少女がいた。
 
イツカ、私は。と未来のことを思って育った。
 
イツカ、あの頃。と過去も大切。
 
イツカ、と呼ばれるのはとても好きで、いつか、会おう、と言われてるみたいだった。
 
イツカ、は手紙を未来の自分に書き綴る。
 
もういない君へ。
 
ひとつの恋がイツカを不思議な世界へと巻きこんでいった。
 
君のいない未来に来ました。
 
1
 
 イツカは早朝の街を走っている。夏の光や風や影が吹き飛ぶ。

 今日は少し遅れてしまった。

 あの電車に乗らなければ、あの人に会えない。だから何としてでもその時刻の電車に乗りたい。見つめるだけでいい。

 イツカにとって、アイドルとはインターネットやテレビの世界にはいない。あの車両にいる。

 急いで駅舎に駆け込むと、発車ベルが聞こえた。

 急げ、私の足!

 階段を駆け上がり、閉まるドアに体ごと飛び込んだ。

立ち上がりいつもの3両目に向かう。そこに彼はいた。

 もちろんイケメンだと思うけれど、イツカは彼が持つ柔らかなオーラが好きだ。

席が空いていても彼は座らない。いつも立って窓からの景色を見ている。

 ブレザーの制服なので、高校生なのだろう。

どうしてあんなに涼しい瞳をしているのだろう。

どうしてあんなに涼しい表情なんだろう。

 イツカは彼の前に立ち、いつものように文庫本を読み始めた。

彼は携帯電話でいつものように音楽を聴いている。

 その時だった。

「おはよう」と声が聞こえた。

 おはよう?

イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と彼を見た。彼の隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。

「ユズル君、いつもこの電車?」

「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」

「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」

「まあね。景色好きだからな」

 髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。

 ユズルっていう名前なんだ。

 イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。

「彼女じゃねーぞ」

 ん?私に話しかけた? ユズル君。

「はい」

「本好きなの? いつも本読んでるけど」

「いや、時々、です」

 胸の高鳴りを抑えきれなかった。彼が私がいつもこの場所にいることを知ってくれている。

「ユズル君っていう名前なんですね?」

「そうだよ。君は?」

「イツカ」

「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」

「そうです」

「中学生?」

「いえ、高校2年」

 髪型をショートカットにしてから、よく幼く見られる。あの透明な美少女に比べたらイツカなんか、なんの変哲もない普通の女の子だし、少し背も低い。そばかすもある。

「じゃ明日」

 そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。

 こんな奇跡のようなことがあるだろうか。

 そうやってユズル君との早朝の会話が始まった。いや、始まるはずだった。

 でも明日という時間はなかったのだった。
 明日が消える。

 明日が消えることが人には起こる。

 ユズルの明日は消えるのだった。
 
2
 
 次の日。。

 いつものより早く早朝の駅に着いて、電車が来るのを待った。

 昨日のユズルとの奇跡のような始まりがイツカを早く目覚めさせていた。

やってくる電車の3両目にあの人は乗っているはず。

しかしいつもの3両目の窓辺にユズルの姿はなかった。その空白を見つめながらため息をついていた。

「おはよう」と声がした気がして振り向く。

誰もいない。

 幻聴?

 と、昨日の髪の長い美少女が、空いている席に座っていた。さっき聞こえたはずの「おはよう」はなんだったのだろう。

イツカは思い切って美少女の側まで歩いた。

「ユズル君のお友達ですよね? ごめんなさい。急に声かけちゃって。お話ししたくって」

「うん。あなたも友達? じゃ聞いた?」

「何を?」

 次の言葉を言うのをためらうように溜め息をつくと、驚かないでね、と言った。

 驚く? ユズル君に何かあった?

「ユズル君、何かあったんですか? 電車に乗り遅れたわけじゃなくの?」

「突然死んだんだ。心臓発作。ユズルは病気を隠していたみたい。悲しい? ごめん」

「嘘」

 ・・・死んだ?

 イツカの瞳から大きな涙の滴が落ちようとした時、美少女が抱き寄せてくれた。頭を抱えてくれた。手で涙を救ってくれた。全身から力が抜けてしまって、美少女と抱き合いながら泣き続けた。美少女も声もなく泣いた。

「辛い?」

 イツカは頷いた。

「アタシも。あなたのことはユズルから聞いてちょっと知ってる。好きだったんでしょう? ユズル。あなたが。好きになる途中だったのかな。とにかく気にしてた」

「嘘」

「嘘じゃない。あなたいつもユズルの前で文庫本を読んでて、ユズルがいつもこの早朝の電車の3両目に乗ってるって言ってた。わざわざ毎朝早起きしてこの電車に乗ってた」

 イツカはその話を聞くと信じられなくて言った。

「そんな‥」

「名前は?」

「イツカ」

「変わった名前。私はアイハ。イツカ、お通夜は出る?」

「ユズル君の家も知らない。なんにも知らない。知りたい。みんな。ユズル君のことみんな教えてください。ユズル君の昨日を。病気を。知りたい。過去に旅したいよ」

「じゃ夕方、おいで」

 アイハはイツカと待ち合わせの約束をして、電車を降りる時、イツカをもう一度抱きしめた。アイハの大きな瞳も涙で少し赤くなっていた。

 私に会うためにこの電車に乗ってた? 

え、私、もっと早く声をかけるべきだった?

そんな遅すぎる奇跡ってある?

 過去に戻りたいよ、ユズル君・・・。

 次の駅で電車を降りたイツカはどこだか知らない道を泣きながら全速力で走った。光や風や影が吹き飛んだ。

 毎日、走ったよ!

私、毎朝走ったよ! ユズル君も走ってくれててたんだ。

ユズル君もこうやって走ってくれてた? 

私に会うためにこうやって走ってたの? 

(同じだった)

好きになる途中? 途中? ユズル君!

イツカはいつまでもいつまでも夏の光の中を走り続ける。 

こんな遅い奇跡ってある? 
 
奇跡よ、遅すぎる! 
 
3
 
イツカとアイハは待ち合わせのファーストフード店にほとんど同時に着いた。 

だから店の入り口でお互い気づき、店には入らずに歩くことになった。 
夕暮れの風と光が辺りを染めている。 

アイハは何も言わずにイツカの手を握り、小さく歌を歌った。ハミングなので、なんの曲かわからない。

そのままユズルの家に向かうと、お通夜の準備が整おうとしていた。 

お通夜・・・。 

 本当にユズル君は遺影になっていた。もちろん親族ではないので、家の中には入るのを遠慮したけど、読経を聞いていると涙が次から次へと流れた。

 アイハは道路に出ると突然空に向けて叫んだ。

「ユズル! アイハだよ! 来たよ! ユズル! 最期までカッコよかった!」

 その言葉が空に溶けていく。

 最期? どんな最期?

 深い夕暮れになった道をイツカとアイハは手を繋いで歩いた。

「ユズル君の最期って、アイハさん一緒にいたの?」

「秘密」

 ひみつ?

 この二人って?

「ユズルはバスケット部で、夕方練習してた。この時から倦怠感があったみたい。だりーんだ、俺、今日は、と私を呼び出して耳打ちした。病気のことは私と先生達しか知らなかった」

「なんの病気?」

「糖尿病は知ってると思うけど、それには実は2つあるの。一型と二型。私達が知ってるのは二型と呼ばれてる生活習慣病からなるもの。主に食べ過ぎとか甘いものを取りすぎたり食生活のリズムを崩してしてなるもの」

「でもユズル君痩せてた」

「ユズルは一型。ウイルスで膵臓がダメになって、インスリンと呼ばれる薬を注射してた。子供の頃からずっと」

「子供からずっと・・・」

 ほんの小さな公園の見つけた。ブランコと滑り台しかない三角形の公園。そこで二人でアイスクリームを食べた。

イツカはブランコに座り、立ったままアイハは滑り台にそっと凭れた。

「ユズルが死んだのは私のせい」

 ポツリとアイハは言った。涙を隠すために食べているアイスクリームをゴミ箱に投げると、見事に入った。

「イエイ」

 と、アイハはガッツポーズをした。

「ユズル君は運動はしてよかったの?」

「ユズルは病気を誇りに生きてた。この病気を前向きに感謝してて、普通に挑戦してた。明るかった。カッコよかった。その強さが。でもこの病気は合併症で出る危険性がいつもあった」

「合併症?」

「血管がモロくなるから、心臓には負担がかかるの。10万人に一人の病気。昨日は心臓大事にするべきだった。私が、部活休むように言うべきだった・・・」

 アイハはイツカの手を取り言った。

「ユズルのいない未来に来ちゃったね」

「・・・でも明日の早朝、あの電車の3両目に乗ってみる。普通にユズル君はいるかもしれない」

「いたら、キスしちゃいな」

「まさか」
 
そのまさかが起こったらあなたならどうする?
 
4
 
 早朝の電車がやってくる。

 もはやその電車の3両目にはユズルはいない。

でもそれが当たり前のように涼しげな瞳で窓辺にユズルは立っていた。

 イツカはその姿を見つめ、少し離れた向かいに立った。

 ん? やっぱり普通にいるじゃん。

 昨日のアイハの話や、お通夜の風景や、公園のアイスクリームはなんだったのだろう。

 これが日常。ユズルは存在しているんだ。

 その時、アイハが乗ってきた。彼はイヤフォンを片方だけ外して、視線をアイハに向けた。

「ユズル君、いつもこの電車?」

「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」

「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」

「まあね。景色好きだからな」

 アイハは空いている席に座った。
 ん?

 聞いたことのある会話。多分、もしそうだとすると、ユズルはこれから私に話しかけてくる。

「彼女じゃねーぞ」

「はい」

 なんだ、これは?

 この会話知ってるし、この展開はユズル君との最初で最後の日のものだし、イツカは文庫本を取り出した。顔を隠してユズルをチラリと見る。

「本好きなの? いつも本読んでるけど」

「いや、時々、です」

 あの日の朝の会話そのままだ。やっぱり、ユズル君と最初で最後の会話なんだ、これは。

「ユズル君っていう名前なんですね?」

「そうだよ。君は?」

「イツカ」

「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」

「そうです」

 同じ会話、同じ会話。もうすぐユズル君がこの電車を降りてしまう。アイハ、急に告白なんて無理だよ。

「中学生?」

「いえ、高校2年」

「じゃ明日」

 そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。

イツカは閉まるドアの途中で叫んだ。

「待って、ユズル君!」

 ドアが閉まった向こうでユズルは、振り向いた。イツカは大声で叫ぶ。

「明日は来ない! ユズル君!」

 電車が動き始めた。イツカはユズルの姿を最後まで見ようと車両を走った。

 遠ざかっていくユズルはイツカに気付いて、小さく手を振った。

イツカは大きく手を振りながら最後に転んで、立ち上がった。

 待てよ。今日があの日ならアイハにユズル君がバスケット部の部活に出ないように説 得してもらえばいいんた。

 携帯電話を取り出した。日付けを確認した。

 7月13日。

 しかしその車両にはアイハはもういない。ユズルと同じ高校だもの。降りてしまっている。

 イツカはいつかのように、ドアが開くと走り出す。どこの高校? あの制服は隣街の名神高校? 名神高校!

 イツカは光と風の中を走りながら、確信した。

今日があの日だとすると、今日の夕方にユズル君に何かが起こる。

 あれ? 待てよ。

 この道は14日の朝にも走った。泣きながら確か走った。ユズル君が亡くなった直後、電車から降りてアイハに聞かされた後、走った同じ道だった。

 ユズル君も走ってくれててたんだ、とわかった日。

私に会うためにこうやって走ってた、とわかった日。

二人の気持ちは同じだったとわかった日! ユズル君!

 イツカは何人かの人影を追い越していくなかで、ふと知っている誰かがいたことを思い出した。

 ん?

 もしかして?

あれは、私は私を追い抜いている? 

昨日の私?

立ち止まり、振り返ると、誰もいない。

 息が荒い。携帯電話を取り出し、日付けを確認すると、イツカは空を見上げた。

 7月14日‥。

 ユズルが死んだ時間帯を飛び越えてる。13日の午後にユズル君は死んでしまっている。  

 死を飛び越えてしまっている。追い越してしまっている。

 今はお通夜の日だ。アイハとお通夜に行った日だ。アイスクリームの味が蘇る。

 いったいどういうこと?

 空には巨大な入道雲が出ていた。
 
5
 
 どういうことだ。

 考えながらイツカは水色のパジャマ姿で自分の部屋のデスクに着いていた。

 もう夜になっていた。

 デスクの上には携帯電話のホーム画面・・・。

 7月14日・・・。

 朝は確かに7月13日だった。

 それが、時間を飛び越えた。いつのまにか14日になっている。

 ん?

 飛び越えたものは、ユズル君の死。私が彼に伝えたかった、ユズル君にバスケ部の部活に出ないように阻止すること。

それをさせないかのような時間の飛び越え方。何かの力が私をその時間に存在させないようにしているとしか思えない。

 大きな力・・・。

 神様?

 いやいや神様はもともと時間を飛び越えたり、もとに戻したりしないはずた。

 私がおかしい?

 イツカは頭を抱えた。うーむ。そうイツカが深く悩みに入っている時のことだった。

トントントンと誰かが階段を上がってくる音がする。

 母親だろう。

 ・・・扉が開く。

 え・・・そこにはイツカがパジャマ姿で立っている。

デスクのイツカを見て驚いている。

デスクのイツカも扉を入ってきたイツカを見て息を飲んだ。

 と、次の瞬間、扉のイツカは消えたのだった。

 いなくなった。

 消失。

 デスクのイツカは、恐怖を感じた。

 私‥だったよな。

 同じパジャマ姿。。。

 ダメだよ、怖いのはやだよ。

 イツカは部屋を飛び出し、トイレに向かった。

用を済ませて、トントントンと、階段を上った。

 自分の部屋の扉を開けると、さっきのデスクに着いたイツカがこちらを見て、驚いている!

 ついさっきの私だ!

 さっき見た私は今度は扉!

 どういうことだ? どういうこと、ユズル君? ん? 

この続きは? 

続きは?

 確か私が消えるのだ!

そ の途端イツカは床の底が抜けたように、落ちた!

うわ! 

気がつくと空の上にいた。イツカは夜の空を真っ逆さまに落ちていく。翼のない鳥だ。イツカは翼のない鳥となる。 

街中の夜の光が見える。飛びたいけど、飛べない翼! 急速に落ちていくイツカには勢いよく近づいてくる夜の光たちが星なのか、夜空に散らばるのが星なのかわからない。 

地上にぶつかる! 

と思ったら、海の中にいて、その底まで沈んだ。イツカは海の中で幻を見た。 
 
校庭が歪んで見えた。白い体操着が見えた。クジラが歌を歌った。誰かがピアノを弾いている。夕暮れの空は赤い。まだ誰にも見つけられていない花。冷たいみんなの視線。 
 
飛び立つ白鳥たちの群れ。廊下に響く誰かの笑い声。誰かのぬくもり。走る音。幼いイツカが母親と歌う。ウエディングドレス。空の傷から零れる光がまた動きだす。 
 
光の向こうにユズルが見える。

また明日な、と走る電車の窓の向こうで手を振っている。 

違うよ。ユズル君、明日は来ない!  
 でも、待てよ。朝、私が車両の中を君を追いかけて走った。そうしたら、ユズル君はこちらを見た。

 違う行動だ。行動が変わっている。

 7月13日は変えられる! 私にも変えられる! 変えられるかな?!

 海の底から浮上する。

すると、イツカは家の玄関の前の庭に立っていた。

 まだ完全には明けていない早朝・・・。

 携帯電話を見る。

 7月13日、早朝‥。

 イツカは足元が花壇であることに気づく。

よかった、花は踏んでいない。

しゃがんで花たちを見る。

 花には朝露がたくさんついている。

そのなかの葉についた一滴の朝露が葉を伝って、隣の花の葉へとつるりと落ちた。

 葉と葉が手を繋いでいるみたいだった。

 イツカは思う。

 葉と葉がこんなふうに手を繋ぐことがあるのなら、こんな奇跡は人にも起こるのかもしれない。

 イツカは玄関から中に入る。
 
 また同じ朝がはじまろうとしている・・・。
 
6
 
 早朝の電車の3両めの窓辺にユズルがなんでもなくいること。

 涼しい瞳で景色を見ながら携帯電話で、音楽を聴いていること。

 イツカはその向かいに立ちその当たり前を遠い目で眺めている。

 いつ頃からこうやって通学していたんだろう。

 何度目の同じ朝なんだろう。

 やはりアイハが乗ってきた。彼はイヤフォンを片方だけ外して、視線をアイハに向けた。

「ユズル君、いつもこの電車?」

「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」

「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」

「まあね。景色好きだからな」

 アイハは空いている席に座った。ユズルが予想通りのセリフを言う。

「彼女じゃねーぞ」

「わかってる。私はイツカ。最初はユズル君を見てるだけにしようと思ってた」

「俺を?」

「そうユズル君を、です」

「俺はいつも気になってたけど。目の前にいつもいるから・・・」

 会話が変わった・・・。

「明日もこの車両?」

「待って! 今日、走った? この電車に乗るために」

「走ったよ。じゃ明日。降りるわ」

 イツカは降りようとするユズルに向かって手を伸ばす。

 降りようとするユズルの小指とイツカの小指が一瞬触れ、離れる。

 ユズルは電車を降りる。イツカも追って電車を降りた。

 二人は黙ってホームに向かい合って立った。

「どうした? なんか用?」

「うん」

「何?」

「あなたの病気知ってる・・・」

 小さな声でイツカは言った。ユズルは表情も変えず答えた。

「見えないところに隠し持ってることだよ。誰にも見えないところに隠し持ってることってあるだろ?」

「うん」

「そういうこと。そんな話はしたくないよ。傷つくから、さよなら」

「心臓大切にしてね」

「だからそんな話したくねーの。特にお前とは」

 ユズルは歩いていく。

 その後ろ姿に思い切って叫ぶ。地味な自分を変えるんだ。今しかないよ。

「ユズル君! 私もこの車両に乗るために走ってた! 毎日毎日、走ってた!」

 ユズルは振り返りもせず、走って去っていった。

 どうしてこうなるの?

 ユズル君を怒らせてしまった。

 傷つけてしまった。

 さよなら?

 本当にさよならかもしれないのだ。

 イツカは空を見て、涙を溜める。

 本当はわかっているんだ。

 私がしていることは、まわりまわって人を深く傷つけているんだ。

同じ朝を繰り返すということに、切ない気持ちで、手を振って、また君に会えることを信じていた。

 でも死んでしまう人の時間を変えること。救うこと。本当にそれはしてもいいこと?

 イツカはそう考えながらどこかの道を歩いた。

 開いていく商店街。幼い子供を自転車に乗せて保育園に向かうお母さん達。朝早くから開いているスーパー。寂れたパチンコ店。携帯電話ショップ。働く八百屋さん。背広姿の若いサラリーマン。道を掃除する老人。

・・・切ないよ。

 イツカは携帯電話のホーム画面をまた見る。

・・・まだ7月13日。
 
 歩いて学校まで行くと遅刻だった。

 いつも通り誰とも話さず、体育の授業も休み、ひとりの教室でノートを広げた。気持ちを詩にしてみる。

 白い体操着が窓の外見える。誰かの声・・・。
 
 あなたが誰にも見えないところに隠し持っている花束たち。背中に隠し持っている愛を。歌を。美しさを。棘を。やさしさを。見えないところに隠し持った花束。
 
 私の背中に薔薇が咲いた。見ることはできないが、私は私の背中に薔薇が咲いたことを感じる。知っているとでも言えばいいのか。背中にもう一つの心臓ができて、それは私の背中を押す。前へ行け、と。私の背中に薔薇が咲いた。
 
 枯れた花と一緒にお風呂に入った。私が水をあげなかったために花を枯らしてしまった。浮かぶ枯れた花を見て、疲れた自分と再生と終わり。枯れた花にキスを送ろう。その時、旅は終わった。
 
 この気持ちに終わりが来ないか、そっと胸を探るイツカだった。

 昼になり、早退して、あのいつかの三角公園のブランコに揺られたかった。

 そこでアイスクリームを食べながら、今日の夕方にユズルの名神高校へ向かって死を阻止するか、行かないか、ずっとイツカは考えていた。

 そこへアイハが現れた。アイスクリームを持っている。

「いた! 見つけた! イツカ、約束は?」

「アイハ、どうしたの?」

「一緒にお通夜にいく約束だったでしょ? お通夜始まってるよ」

 アイハは滑り台にもたれるとゴミ箱にアイスクリームを投げると入った。

「イエイ」

 いつのまにか辺りは深い夕暮れだった。イツカは胸が痛んだ。

「ユズル君は運動はしてよかったの?」

「ユズルは病気を誇りに生きてた。この病気を前向きに感謝してて、普通に挑戦してた。明るかった。カッコよかった。その強さが。でもこの病気は合併症で出る危険性がいつもあった」

「知ってるよ」

「血管がモロくなるから、心臓には負担がかかるの。10万人に一人の病気。昨日は心臓大事にするべきだった。私が、部活休むように言うべきだった」

 アイハはイツカの手を取り言った。

「ユズルのいない未来に来ちゃったね」

 イツカは携帯電話を見る。

 7月14日・・・!

 また、ユズルの死を飛び越えてしまった・・・。

「でも明日の早朝、あの電車の3両目に乗ってみる。普通にユズル君はいるかもしれない」

「いたら、キスしちゃいな」

「まさか」

 おそらくきっとユズル君はあの早朝の電車の3両目にいるだろう。

 こんなことばかり、続けてる日々じゃぜんぜんだめだってちゃんとわかってる。

このままじゃいつか大切な人もまわりまわり巡って深く傷つけるんだろう。
 
 まだちゃんと胸が痛むよ。
 
7
 
 アイハと別れたあと、イツカは学校の制服のまま自分の部屋のデスクに座ってまた頭を抱えていた。

 デスクの上には携帯電話のホーム画面。

 7月14日‥。

 夜になったばかりで部屋の電気も点ける元気もなかった。

 時を飛び越えたり、また戻って7月13日はやってくる。

 そしてユズル君の死の秘密の時間帯をいつも私には存在できない。

 あれ?

 時間を飛び越えているのは、私だけなんだろうか? 

 飛び越えた時間、世界はどうなってる?

 たとえばパリは? ニューヨークは? アフリカは? 

 いやいやいや。

 でも誰かが何かを隠してる。それは私自身もしれないし、他の誰かかもしれない。

 トントントンと階段を上がってくる足音がまた聞こえる。

 ん?

・・・前にもこんなことがあったぞ。

 きたーーー!

 心の中でイツカは囁き、デスクを立ち上がり、そっと扉の前に立った。

 私は私を捕まえる!

 捕まえれば何かが起こるかもしれない!

 ドアが開かれる。

 と、そこにはイツカではなく母親がなんでもなく立っていた。

「ママ‥」

「どうしたの、イツカ。青ざめた顔して。部屋の電気くらい点けなさい。外食いくわよ」

「何分後?」

「すぐ」

 確かに母親は外着を着て、もうハンドバッグを肩からかけている。

 イツカの母親は看護師だ。夜勤の時もあるので、家にいるのは疎らだった。だからよく外食にイツカを誘う。いつものことだった。

 いつものイタリアンバーに向かい合ってパスタを食べた。ここの日替わりパスタはいつも変わって面白い。

今日はトマトソースのリングイネだった。

イツカは小さな声できいた。

「ママ? 好きな人に自分が死ぬところを見せるのは嫌?」

「うーん。猫とか犬とかは、飼い主の前で死ぬのを見せたくないっていうけど。ママはよく患者さんの死と立ち会うけどね」

「・・・犬とかの猫の話じゃないもん」

「誰のこと?」

「・・・だから、好きな人」

「好きな人? 好きな人に死んじゃう時に側にいて欲しくないって言うの? その彼。片思い?」

「両思いだと‥思う」

 その言葉を聞いた母親はテーブルに頬杖をついて微笑んだ。

「恋する娘よ。悩んでるの? 付き合ってんの? その彼と」

「いや‥それが‥」

 もちろん、母親には、同じ日を繰り返してるとは言えない。

「じゃ付き合って、って言えば?」

「・・・それがうまくいかない。ママは死んだパパに言えた?」

「うん。自分の気持ちは伝えなきゃ未来はどう変わるかわからないじゃない。パパ、死んじゃったからねー」

 母親は遠い目をする。

「あなたがまだお腹のなかにいた頃、パパはもう命が少なかったのよ」

「・・・パパの記憶ない」

「あなたが生まれてすぐに亡くなったもん。だから、あなたの名前には、秘密が隠されているのよ」

「秘密?」

 秘密って?

「そう。もうあなたも気がついてるでしょ? イツカって名前は、いつかまた会おう、って意味。パパの願いが込められてる・・・。それから、あの頃、いつか。と、過去へも行ける。未来にも過去にも行ける。パパの最後の願い・・・」

 それを聞くとイツカは、もしかして、と思うのだった。

 パパ?

 この時間の体験を仕掛けたのはパパ?

 この名前?

 名前‥。

 イツカ‥。

 イツカはパスタを物凄い勢いで食べた。食べながら、訊いた。

「ママはどうやってパパと付き合うことになったの?」

「告ったわよ、ママが。手紙だったけどね」

 手紙?!

イツカの頭がぐるぐる回転して、思わず立った。

「手紙!」

 イツカは母親に、急用思い出した、と言って、鞄を手に取り、店を飛び出した。

 商店街を全速力で走った。

 そうか! 手紙! 

手紙を渡せばいいんだ!

途中、自転車とぶつかりそうになったが、なんとかイツカは走り続ける。自転車の倒れた音が聞こえた。そして文句。また誰かを傷つけてしまった。 

「ごめんなさい!」

それでもイツカは走る。 

手紙、手紙、手紙・・・。 

 家に着くと、慌てて二階の自分の部屋に駆け込み、鞄からノートを取り出して広げる。

 そこには7月13日の昼に自分で書いた詩が書かれていた。

 その二つ目の詩を読む。
 
 私の背中に薔薇が咲いた。見ることはできないが、私は私の背中に薔薇が咲いたことを感じる。知っているとでも言えばいいのか。背中にもう一つの心臓ができて、それは私の背中を押す。前へ行け、と。私の背中に薔薇が咲いた。
 
 前へ行け、イツカ。

 震えながら独り言を言って、さあ、ユズルへの手紙を書こうとした時のことだった。

 まず風が吹いた。

 風?

 部屋なのに風?

 イツカは部屋の窓を確かめる。閉まっている。ふと、ノートの詩たちに目を落とす。

・・・ノートに書かれている詩が一文字ずつ、消えていく。

 文末から文字が消えていく!

 一文字一文字、なかったかのように‥。

 消失。

 待って、私の気持ち!

 文字ははらはらと一文字一文字さらさらと消えてしまう。

 あの時の私の気持ち!

それを捕まえたかったけれど、詩はすっかり消え、白紙だけが残った。

 イツカは呆然と天井を見る。行ってしまった気持ちに嘘はなかったと手を振った。

この気持ちに終わりが来ないかと、手を振って、また君に会える日を夢見る。

 イツカは携帯電話を取り出し、日付けを確認する。

 7月13日!

 時が戻っている。

 今は、何時?

 早朝‥。

 イツカはカーテンを開けて、窓を開けると外が明るいことに気がつく。風がイツカをまた吹きつける。

イツカは、ノートを鞄にしまうと、また走り始める。

 手紙を書く時間がないよ!

 ごめん、私の気持ち!

 イツカは玄関を飛び出すと、またあの早朝の電車の3両目に向けて走った。

 私の名前はイツカ。

 イツカだよ!

 君のいない未来から来ました。
 イツカは走り続ける。

 なぜか涙が出てきて、止まらないよ。

 夏の光と風と影が吹き飛んだ。
 
8
 
 いつもの早朝‥。

7 月13日の早朝の電車の3両目‥。

 窓辺で涼しい顔をしてユズルは景色を眺めている。

 その前で静かにイツカはノートにペンを走らせる。

 途中でアイハが乗ってきたけど、それも気がつかないくらいの静けさの中でイツカは手紙を書き綴った。
 
【ユズル君へ・・・。
 あなたの前でこの手紙を今書いています。いつもあなたの前に立っている地味な女の子、それが私です。
 私の名前はイツカです。
 いつからかあなたのことを見つけて、気になって気になって、毎朝、この電車に乗るために走ってきました。
 ユズル君ももしかして、この電車に乗るために走っている?
 もしそうなら嬉しい。
 私はただのちっぽけな女の子だけど、あなたに会うことが大好きです。
 トンマなあなたは私のことなど無視して、まだ音楽を聴きながら窓の外を見ています。
 私の大好きなユズル君は、泥にまみれて、からっぽの頭で、何やら必死に戦ってるの。
 それを私は知っています。
 あなたの相手はまわりの空気らしく、そこらにめがけてパンチを放つ。
 どれだけ経ってもやめないし、私の大好きなユズル君って人は。
 あなたのいない未来なんて、丸めてゴミ箱へポイしたい。
 よく覚えていてください。
 あなたは今日、死ぬのです。
 だからバスケの部活は出ないで!
 走らないで!
 私の隣にいてください。
 付き合ってください。
 この7月13日の3両目で、いつも待っています。
 あなたがこの手紙を夕方の放課後までに読んでくれることを。
 命はまだ等価値で存在しています。
 信じて。
 私と生きてください。
 イツカ‥LINE @itsukaamemiya】
 
 ユズルが電車を降りると、イツカも一緒にその駅で降りた。

「どうして? なんか用?」

 イツカは深く頷くと、ノートの一枚を差し出した。

「読んでね。放課後までに」

 そう言うと、ユズルは首を傾げた。手紙を受け取った。

「いくわ」

「うん。いつもなんの音楽聴いてるの?」

「ドビュッシーのアラベスク」

「アラベスク」

「知ってる?」

「うん。私の一番好きな曲。子供の頃から」

「じゃな。明日も」

 イツカは頷いて手を振った。

 ユズルが走って、改札口を出て行くのを見送り終わると次の電車に乗り、普通に自分の高校に向かった。

・・・まだ普通の7月13日。

 授業を受けながら、お願い、読んで、と繰り返した。

体育の授業にも出て、お願い、読んで、と繰り返した。

読んでくれたら、奇跡は起こるとイツカは信じる。

 昼休みになった。

 イツカはいつかのようにノートに詩を書いた。窓辺の席で、入ってくる風に短い前髪が揺れた。
 
 窓まで遠い。窓はどこまでいっても遠い。窓はどこまで手を伸ばしても届かない。わずかな光が見えるけど、窓まで遠い。窓を目指して私は立ち上がるのだけれど、窓はどこまで歩いても近づかない。窓まで、旅をする。汽車に乗り、光に乗り、月を飛ぶ。そして私は君の窓を開ける。
 
 息をしているだけでも、たいしたものだ。立って歩くだけでも、たいしたものだ。くすりと、笑ってみたら、奇跡みたいなもんだ。
 
 蝶を手渡す。あなたに蝶を集めてブーケのかたちにして手渡すことができるだろうか。蝶は様々な色をしてそれぞれどこかへ飛び立とうとしている。うまく手渡せるかな。あなたにやはり手渡すことはできず蝶たちが思い思いに飛び立つの? 花が爆発したように飛び立つの? 蝶を手渡す。
 
 そっとささえてくれるもの。そっとささえられているもの。何かはわからない。誰かは気づかない。でも誰かにとって、そっとささえてくれるものは意外なものかもしれないね。意外な人かも。そんな誰かと誰かが見てる同じ月。
 
イツカが空を見上げると、月が出ている。三日月。昼でも三日月は見えるんだ、とイツカは眺め続ける。

 と、クラスメイトが話しかけてきた。ポニーテールのとても細いスタイルをしたナギサだった。机の端に座った。

「アメいる?」

「明日、頂戴」

「明日? なんだそれ。あんた今日、おかしいよ。おかしいのは毎日か。いつも避けてるもんね」

「何を?」

「みんなを。この時間を」

「うーん」

「何書いてるの? さっきから」

「詩・・・」

「詩かー。あんたが書いているのはdeathの方よ」

 ナギサはイツカから離れ、友達の輪に戻った。何やら誰かの笑い声。みんなの視線。

 学校ではなぜか素直に自分を出せない。私は弱のかな。強いのかな。強いと思ってた。一人でいることは強いと思っていた。

いや、それは違うね。ユズル君?

そのまま学校が終わり、靴を履いて昇降口から外に出ようとしている時だった。

 何かが震える。

 イツカの携帯が震えている。

 心も震えた。

 見るとLINE電話だった。

 受信する。

「もしもし」

「このLINEであってる? お前、いつも電車の3両目の子? あってる? イツカって名前の子?」

「あってる」

「手紙、読んだ」

 手紙、読んだ。

 その言葉でまだ7月13日だと確信した。

読んでくれた!

その言葉に胸が痛む。

痛み?

読んでくれたら、何が起こるの?

「俺、死ぬの?」

「うん。死ぬよ」

「なんで?」

「ユズル君、今日、体、だるいでしょう? それで、バスケの部活出ようか迷ってるでしょ?」

「まあな。だりーんだ。今日」

 振り絞るように思い切って言った。心が震えて怖い。

「休みにしな」

「お前って、何者?」

「看護師の娘よ。走らないで。約束してくれる?」

「そういうこと? OKだよ」

 ん?

 時間が変わった。

 変わっていく今・・・。

 奇跡が起きたの?

 奇跡の言葉を聞いた?

 イツカの心は弾んでいるのか、痛んでいるのか、浮かんでしまうのか。イツカは小さな声で言った。

「会いたい・・・」

「いつ?」

「今から。今からユズル君の高校へ行きたい・・・」

「わりー。今日はアイハと話さなきゃ。新しい病気のことで相談するから。また今度な。でもOKだよ」

 新しい病気?

 OKって?

「何がOK?」

「付き合うってやつだよ。お前が手紙に書いてあったこと」

「私と?」

「何度も言わせんな。切るぞ。今、命は等価値なんだろ?」

 イツカが返事する前にLINE電話は切れた。まだ話したいことがイツカにはあった。でもLINE電話は切れてしまった。

 そうよ。ユズル君。命は等価値で存在してる。死んじゃう人も、生きている人も、今、という時間のなかでは、等価値、だと思うんだ。

 もしかしたら私が先に死んじゃうかもしれない。交通事故とか通り魔事件とかで。それは誰にもわからない。

 今を抱きしめたいよ。

 ユズル君‥。

 ん?

 ユズル君、私と付き合うって言った?

 あれ? 言ったよね? イツカの瞳から涙が零れて、顔を覆った。

 泣いてもいいよね? ユズル君!

 今を抱きしめたいよ。

 イツカは携帯電話のホーム画面を見た。

 7月13日・・・。

 そのままだ。

 未来よ、待ってて!

そしてイツカは涙をさっと拭い、その足で未来への第一歩を踏み出した。 
 
未来へ! 
 
9
 
本当にユズル君はバスケの部活に出ないのだろうか。 

新しい病気って? 

アイハに相談する、と言った。アイハもユズル君に放課後会ったと言った。

私がそこに存在してもいいのだろうか? 

未来よ、許して。 

そう考えながら名神高校までの道のりを歩いた。 

だんだんと早足になる。 

いつの間にか走っている。 

携帯電話を取り出し、もう一度確認する。 

 7月13日!

 7月13日は終わっていない!

 私は存在しているし、ユズル君も、アイハも、存在している、と確信する。

 正門からなかに入ると、体育館に向かう。

 バスケ部は?

 そっと体育館に侵入して、バスケ部のコートのなかにユズルを探す。

・・・いない。

 アイハと多分いる。

 それともユズル君は遅刻して参加する?

とにかく辺りを探すと、先生から呼び止められ、部外者は存在してはいけないということで、学校から追い出される形になった。

 正門前で立って、空の色が変わっていくのを見つめ続けた。

 携帯電話を見る。

 7月13日・・・。

 すっかり夕暮れの空色。

体育館で何かが起こっている様子もない。イツカは未来よ、許して、と心の中で繰り返し、すっかり辺りが紫になると、学校の側に流れる川辺に向かった。

 川の流れと、光と、僅か紫色に残る西の空と、飛ぶ鳥。

 と、土手に座り込むイツカの隣に、誰かがいるような気配がしたので、顔を上げると、ユズルが座っていた。

「やっぱお前か。後ろ姿でもわかるもんだな。なんだよ、幽霊みるような顔してさ」

「部活は? アイハは?」

「ブッチした」

「心臓、痛くない?」

「ちょっといてー」

 ユズルがいる。ユズルがいる。

「アイハと何話したの? 何か新しい病気のこと?」

「アイハとは会ってない。保健室で寝てた」

「会ってない? アイハと約束してたのに?」

「お前、不安なの? 彼女なのに? お前、彼女ってことになるんだけど・・・」

「うん・・・」

 ユズルがいること。アイハがいないこと。私がいること。

 アイハの時間を私が奪ってしまった。残酷な自分が扉をノックした。

 ハロー、残酷な自分。

 紫色に世界が染まり、夜になっていく僅かな時間がそっと過ぎていった。

「ねえ、ユズル君にとって、生きるって何?」

 そう訊くと、ユズルは大声を出して笑った。

「うわっはは。お前、このタイミングでそれ言う? イツカだっけ? 不安だったら、そんなの見ないで、俺見とけ」

 イツカはユズルの横顔を見る。ユズルは小石を拾って川面に投げていく。

「俺はこの病気に誇りを持ってる。この病気は大抵、子供時代に発症するから、他の人もそうなる。一生治らない病気って、いろんなことに挑戦できて、感謝するようになんの。前にしか進めなくなんの。病気ってそういうとこあるじゃん」

「うん」

「新しい病気は一型糖尿病の合併症で、バセドウ病っての。首の下にある甲状腺の炎症・・・」

「どうなるの?」

「じっとしてるだろ、俺。でも俺は今、百メートル走を全力で走ってんの。心臓はそれくらいに早く動く。体の機能がが止まってくれない。だるくなるし、疲れる。でもこれは薬でコントロールできる。薬が効かなかったら手術で治る。一型もインスリンの注射でコントロールできる。不安?」

 イツカは小さく首を振った。

「部活しないでよかった・・・」

「まあ、今日はね。でもレギュラーになるから、コントロールしながらできる。挑戦ってやつ。お前、夢ってあんの?」

 イツカは少し考え、言う。

「峰不二子になりたい」

「ルパンの? うわっははは。お前、このタイミングでそれ言う? なんで、峰不二子なのさ。うわっははは」

「子供の頃から大きくなったら、あんな体になると思ってた。女って自動的に」

「胸か?」

「全部よ。カッコいいじゃん。でもそうはならないってことがわかってびっくりした。背もちょっと小さいし」

「うわっははは」

 よかった。ユズル君が私のジョークに笑ってくれて。

「ユズル君の夢は?」

 ユズルは小石を拾うのをやめて、川面の流れを見る。川は流れている。光る。

「必要とされること、かな」

 そのマジな答えにイツカは嬉しくなった。ユズルが続ける。

「心を動かす。心を通わせる。必要とされる。必要になる。消えない。消えない人になる。そういう順番・・・」

 イツカはまたユズルの顔を見る。ユズルもイツカの顔を見る。小さな声でやっと言う。

「・・・消えないで。ユズルが必要」

「消えないよ、だからあの早朝、の電車に乗ってる。いつも同じ行動をする。誰かに必要とされたくて、その人に気づかれたくて」

「うん。ユズルを見てる。ユズルを見てた。気がついた。心が動くこと。私は追いかける。ユズルをずっと追いかけてきたんだよね。これ、マジだよね?」

「うわ。ストーカー現る?」

 そう言うとユズルが大声でまた笑った。

「うわっははは。じゃまた明日。俺、アイハの家行って謝ってくるわ」

 ユズルが立ち上がると、イツカも立ち上がる。

「アイハとはどんな関係?」

「秘密。彼女じゃねーよ。いづれちゃんと言う。アイハのプライベートなことも関係あっから」

「わかった」

「じゃ、明日、いつもの電車で待ってる!」

ユズルが駆けていく背中に、イツカは叫ぶ。

「明日! いつもの電車で!」

 ユズルが去り、イツカも土手を上がる。

と・・・その道をさらりと自転車が通った。

イツカの前を過ぎる時、気づいた。

 自転車に乗っているのはアイハだった!

 その時、風が吹いた!

 残酷な自分に気がついた。

 アイハがイツカに気がつき、大声を出した!

「あ!」

 突風が吹く!

 アイハは振り返り、イツカを指差す。

 私はアイハの時間を奪っているんだ! 私がいることで、未来は変わった!

 ああああああああああ!

突風に体ことイツカは後ろに弾け飛び、時空の中へ飛んだ。

 待って! ユズル君!
 イツカは透明な風となり、去っていくユズルの体をすり抜けた。

消えていくイツカはユズルを一瞬、抱きしめた!

 イツカは大声で叫んだ。

「憶えてて! ユズル! なかったことにしないで! ユズルが必要! 消えないで!」

 と、気がつくと、イツカは自分の家の前の花壇に立っていた・・・。

 よかった、花は踏んでいない。
 
 また7月13日の早朝がやってきた。
 
10
 
「おはよう」と声が聞こえた。

 おはよう?

 イツカは自分に声がかけられたわけじゃ ないよな、と彼を見た。

 ユズルの隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。

「ユズル君、いつもこの電車?」

「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」

「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」

「まあね。景色好きだからな」

 髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。

 ユズル君?

 イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。

「彼女じゃねーぞ」

 ん?

 それは聞いた。

「はい」

「本好きなの? いつも本読んでるけど」

「いや、時々、です」

 胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 あれ?

 もしかして忘れてる? 私だよ。イツカだよ。

「ユズル君?」

「そうだよ。君は?」

「イツカ」

「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」

「そうです」

「中学生?」

「いえ、高校2年」

 イツカは携帯電話を取り出した。
 LINEのアプリを開くと、ユズルのアカウントが残っている。なぜ? なぜ時が戻っているのにLINEが残っているの?

 LINEする。

【イツカです。ユズル君、記憶ない?】

 ユズルが携帯電話の振動に気づいた。

 LINEを打ち出した。

【誰?】

【今、目の前にいます】

 ユズルが目の前のイツカをゆっくりと見る。

【俺に何か用?】

 やっぱ記憶がないんだ。

 私の手紙や、私との会話や、私の存在や、命の等価値の話や、誰かに必要とされたい夢、不安な時は俺を見とけって言ってくれたこと、私がユズルが必要と言ったこと、ユズルが病気に感謝してるって言ったこと、心が動いたこと、お前、俺の彼女ってことになるんだけど、って言ってくれたこと。

 なかったことにしないで!

 消えない人になるって言ったじゃん!

 消えないでって私も言ったじゃん!

 みんな、なかったことになってるじゃん!

「じゃ明日。お前喋れよ。明日は」

 そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。

 ドアが閉まり、ユズルが遠ざかる。

 その姿に小さく手を振って、自分の気持ちに嘘をついたんだ。

 ループする。

 こんなことばっかり続けてる日々を私はバカだから愛しちゃってるんだぜ。

 それに気がついて身震いがするほど、残酷な自分が扉をまたノックした。

 最高な気分とちょっぴり切ない気分で窓にキスをして、この気持ちが終わりが来ないかと深く胸を探るよ。

 本当のことはわかってるんだ。

 でも一生、このままがいい?

 なるべく多くのループで時間と彼とアイハで踊り続ける?

 それもいいね。

 もし午後にユズル君が死んでしまうのを避けられないんだったら・・・。

 いいね。

 いいね?

 切ないよ。

 まだちゃんと胸が痛むよ・・・。
 
 イツカは座席に座り込む。そして携帯電話を見た。

 7月13日。

 その時、携帯電話が震えた。

【バーカ。憶えてるよ】

 そのLINEにイツカは返す。

【どういうこと???? わかんない。マジで】

【だって、このループ仕掛けてるの俺だもん】

 え??????????? ユズル君がこのループを作った? パパじゃなくて?

【どういうこと?】

【俺にもわかんねー。ただあまりにも同じ朝が続くから、そう願った】

【わかんない】

【この電車にずっと乗っていたいと思ってた。それが始まり】

【私もずっとこの電車に乗っていたいと思ってた】

返事はもうなかった。

 駅に着いた。

私は降りるのか? もうその力はないよ、ユズル君?

 扉が閉まると、また電車が走り出した。
 
電車はそのまま走り続けた。イツカはずっとその電車に乗っていた。

 夏なのに寒くなり、辺りの乗客は消え、まだ線路は続き、太陽がぐるぐる回り、携帯電話のホーム画面が消え、辺りが夕暮れになると、イツカはハッとした。

 ユズルが死んでしまう時間が来ようとしているのか。

 すると何かが聞こえた。どこかから音楽が聞こえ始めた。

車内放送から、ドビュッシーが流れている。アラベスクだった。ユズルがずっとイツカの前で聴いていた曲だ。


「ユズル君! あなたどこー?!」

 イツカは誰もいない車両を走った。3両目を全部探し、ユズルがいないとわかると、次の車両、次の車両へと走る。

 いない。

夕暮れになり、夜になると、ユズルが死んでしまう。

 そんなに好きな人に自分が死ぬところを見せたくないってのね!

 私が必要じゃないってのね!

 夜になり、線路はまだまだ続き、氷の海を渡り、宇宙の片隅で呼吸し、やがて太陽が逆回転し、息を吹き返した。

 歩いて3両目に帰る。

 と、ユズルがいつものように、いつもの場所で立って、携帯電話で音楽を聴きながら、窓の外の景色を見ている。

 イツカはその前に立って文庫本を読み始めた。

 二人とも話さず、静かに早朝の電車が走る。駅に止まる。

「おはよう」と声が聞こえた。

 おはよう?

 イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と彼を見た。

 彼の隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。

「ユズル君、いつもこの電車?」

「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」

「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」

「まあね。景色好きだからな」

 髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。

 ユズル君?

 イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。

「彼女じゃねーぞ」

「知ってるよ。何度目の朝だろうね?」

「あ、やっと話せた。喋ってくれた」

「ほんとだね。ユズル君っていう名前なんだ」

「お前は?」

「イツカ」

「イツカ。変わった名前だな。明日もこの車両?」

「うん」

「中学生?」

「髪切りすぎちゃった。幼いかな?」

「いいんじゃねーの。高校生?」

「高校2年」

「じゃまた明日な」

 そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りようとした。

その時、イツカはいつかのようにユズルの腕に手を伸ばし、今度はしっかりと掴んだ。

 ユズルが驚いて振り向いた。イツカは言った。

「つーかまえたっ!」

「え?」

 ドアが閉まり電車が走り出した。すっかり乗客はいつものようにいる。いつもと同じ早朝だ。7月13日の早朝だ。

「私、グズでごめん。ずっと話しかけられなかった。もっと前に話しかけたらよかった。気持ちを伝えたらよかったね」

「なんだそれ?」

「無理かもだけど、大好き。やっぱ無理かな。一日だけの彼女なんて・・・」

「一日だけ?」

「そう。一日だけ」

 ユズルは優しく微笑んだ。

「学校、ブッチする?」

「うん! 行こう!」

 駅に着くと、扉が開き、二人は夏の光の中へ笑顔で走り出した。

 早朝のホームを二人で走ったこと。改札を出ても走ったこと。あの時、あなたが笑っていたこと。あなたに走っては駄目、と商店街を歩いたこと。普通にこうやって時が流れること。

 今なんだ。

 大切なのは今なんだ。

 こんなループする時間の中だとしても。

 そんな何もかもが必要なこと。必要とされること。心を動かすこと。心を動かされること。私にユズル君が教えてくれたこと。

 あなたに会えてよかった。

 地味でちっぽけで、無口で、詩ばかり書いて、自分の世界にいて、そんな私をちゃんと見て、等価値で扱って、外へ出ようと、連れ出してくれようとしてるユズル君。
 
 あなたに恋しました。
 
11
 
 開いていく商店街。幼い子供を自転車に乗せて保育園に向かうお母さん達。朝早くから開いているスーパー。寂れたパチンコ店。携帯電話ショップ。働く八百屋さん。背広姿の若いサラリーマン。道を掃除する老人。

 そんな景色を見ても今日は寂しくならない。

 それはきっとユズルが隣にいるからだ。

 ユズルの視線は明るい。視線が乗り移ってイツカの視線まで輝くのだった。

 手を繋ごうか、思い切って。

いやいやいや、それはできないよな。

私はそんなキャラじゃないよ。

離れている手と手。

「なあ、お前静かだな、いつも」

「うん」

「俺たちロックバンド組もうか」

「はあ? 何それ?」

「ロックバンド組もうよ。静けさのロックバンド」

「静けさのロックバンド?」

「世界一静かなロックバンド。世界一静かなギターリフ。世界一静かなベースライン。世界一静かなボーカル。世界一静かなリズムセクション。世界一静かなコンサート。観客たちはいないし、チケットも売らない」

「それでもロックバンド?」

「そう、ゆっくりでいいってこと」

「何が?」

「付き合うってやつ」

「うん」

「静かにゆっくり行こう」

「うん」

 私達は静けさのロックバンド。

「ほら、漫才師もそうだろ? あれは片方が太陽で、片方が月。そういうもんだよ。コンビってのは。お前、月になれ」

「ユズル君が太陽?」

「じゃねーか? じゃねーとうまくいかねーよ。そういうもんだ。俺がギターで、お前がベース。そんな感じだろ?」

「なんか負けた気がする。その言い方」

「うわっははは。負けとけよ、イツカ」

 月と太陽‥。

 月と太陽なら時々しか出会えないじゃん。日食とか月食とかに出会えて別れる。

「じゃなんか食い行く? お前、朝メシ食ったか?」

「食べてない」

「じゃ行こうか。どこがいい?」

「ファーストフード」

「うわ。俺は悪いけどファーストフード、ダメなんだ。あれってカロリー読めないので。ハンバーガーっやつ」

「カロリーが読めない? インスリン打ったら、なんでも食べられるんじゃないの?」

「なんでも食べられるよ。注射したら。でもハンバーガーはカロリーが読めない。ムズイんだ。フィレオフィッシュはカロリーが高い。なーんでだ? クイズ」

 イツカは眉間に皺をよせて首をひねった。

「えーと、魚?」

「ちげーよ。油だよ。揚げてるから、カロリーは高い。まあ、教えてやるよ」

 結局、イツカとユズルは24時間営業のカラオケボックスに入った。

個室で二人きりは恥ずかしい。私、歌、下手だし、だいたい来ないよ。カラオケボックスに。しかも朝食で。

 ユズルは個室に入るなり、内線電話で注文した。

「すいませーん。俺、ステーキ。お前は?」

「じゃナポリタン」

「ナポリタンとステーキで、飲み物は烏龍茶2つ」

 ってかステーキ?

「ステーキこそカロリー大丈夫?」

「それがお肉は実はカロリーが低い。高いとみんな思ってるじゃん。カロリー高いのはソースの方。お肉は実はカロリー低くて、俺はいくら食べてもいいのでーす」

「へえ」

 知らなかった。イツカは自分の知識を疑った。イツカの知っていることは、小説から学んだことがほとんどで、一型糖尿病の人の食事は全くわからない。

「じゃまたクイズな。意外なもので、カロリー0のものがある。なーんだ?」

「わかりません、先生」

 イツカは小さく右手をあげる。降参だ。

「正解はお刺身だよ」

「お刺身ってカロリーないの?」

「イカやタコあるよ。でもほとんどのお刺身はカロリーがない」

「うそーん」

 しばらくして食事と飲み物が運ばれてくると、ユズルが血糖測定器を出して、血糖を確認し、注射器でお腹にインスリンを打った。

「インスリンないと俺、死ぬからな。覚えとけよ。膵臓は、消化と、エネルギーを調整する役目を持つ臓器で、糖をエネルギーに変えるためにインスリンを作ってんの」

「うん」

「膵臓がインスリンをまったく作れなくなるのが一型。二型は膵臓の働きがまだ少しあるから、薬で調整できる人が多い」

「子供の頃からインスリンを打ってるの? 小学一年生とかでできるの?」

「できなきゃ死ぬからな。看護師に教えてもらうってわけ」

 イツカは母親が看護師であることをふと、思う。父親も医師だったと聞いている。

「ま、食べようぜ」

 食べながら、ふとイツカは思った。女の子としては気にかかるんだよな。

「じゃバレンタインは? チョコは?」

「そこはお肉で!」

「クリスマスケーキは?」

「そこはお刺身で!」

 イツカは微笑む。かわいいな、それ。

「さ、早く食って歌うぞ?」

「何歌うの?」

「X JAPAN、ラスティネール」

「マジ? まだ朝だよ。そんな高音でんの!? 静けさのロックバンドは?」

 ユズルは見事に高音を出して、X JAPANを歌う。明るいなあ、ユズルは・・・。イツカは声を出して笑う。拍手する。

「で、お前は?」

「下手だよ。ロンリーチャップリン」

「デュエットじゃん」

「わざと」

「仕組んだな。峰不二子」

「謎の女だから」

 照れながら二人でデュエットし、歌い終わると、ユズルはマイクを離さず続け様に十何曲も歌った。楽しかったけど、こんな時間の過ごし方でいいのかな。

 イツカには夕暮れの死の時間帯がまだ気にかかった。

 イツカはユズルが歌っている間に、思いつき、言葉が逃げないうちにノートを出して、詩を書き始めた。
 
 愛が静かに育っていく音を鳴らす。音楽家は愛が静かに育っていく音を鳴らす。黙って、この世界で、夕暮れの中で、感情を読み取るんだ。生まれる音たち。育つ音たち。私たちは、静けさのロックバンド。愛が静かに育っていく音を見つけた。ほら、そこで、すこし、光る。
 
 それから水族館へ行き、沢山の魚を見て、ユズルが、うまそーだな、とか言うので、イツカは可哀想、まだ生きてるのに、と怒り、結局仲直りして、海へ向かった。

 昼の海は輝いていた。

太陽が光の道を作ってキラキラ光っていた。

小さな波が幾重にも連なり、繰り返す。

誰も人はいなかった。

 ユズルが靴と靴下を脱いで波へ入って笑った。波をすくって、イツカにかける。イツカはその飛沫を受けながら、丸くなって、恥ずかしくなる。でも笑う。

 それから並んで浜に座った。

ユズルが砂を手に取って、さらさらと落とした。それを繰り返した。しばらく黙って海を見ている。イツカは小さな声で言う。

「人と人って偶然出会うのかな?」

「偶然じゃねーよ」

「じゃどうして出会うの?」

 ユズルはじっと前を見て言った。

「何かに挑戦するじゃん? イツカも挑戦するじゃん? 挑戦と挑戦が人を出会わせるんじゃない? 運命とかじゃなく。挑戦なんじゃない? だからイツカと俺は出会ったんだよ。きっとな」

 そう言って微笑むんだね、ユズル君。私はもっと卑屈だ、イツカは思う。

 ハロー、残酷な私。

「私は挑戦したことない・・・」

「それって気づいてないだけだよ。息をしてるだけでも、挑戦だ。走ることも、挑戦だ。お前、走ってたんだろ? あの早朝の電車にいつも乗るためにな」

「うん」

 ユズルを初めて見つけた朝のことをイツカは思い出した。夏の朝が気持ちよくて、早朝の電車に乗ってみたくて、走ったんだ。まだ涼しい風と光と影の中を。そうしたら、ユズルと3両目で出会った。

 私は未来を呼び寄せたのかな。挑戦してたのかな。呼吸に。心臓に。足に。時間に。未来に。きっとそうだ。ユズルが存在する意味がわかりかけた。

 人はそうやって存在しているのかな。

「だから時間をループさせた」

 ん?

 イツカは急にユズルの話がわからなくなった。

「ユズルが時間をループさせてるの?」

「そうだよ」

「未来人か何かなの?」

 ユズルはイツカの頭を小さく叩いた。

「ちげーよ。お前、小説の読みすぎな。もっと普通に時間はループできるじゃん」

 イツカは首を左右に何度も振った。

「ないないない。これ、普通じゃないよ!」

「偶然見たアニメに俺の考えてることを言ってくれたセリフがあんの。浦島太郎の話ってあるじゃん?」

「う、うん」

 何、急に浦島太郎が出てきたぞ。

「浦島太郎は海の底の竜宮城へ行くだろ? それがもし、浦島太郎が俺で、お前も一緒に行ったとしたら、どうなるよ?」

「わかんない」

 わかんないよ、ユズル?

「浦島太郎は海の底から戻ってきたら100年時間が経ってる。でも、もしイツカと俺が二人で行って、竜宮城から戻ってきても、100年時間は経ったことになんのかな? もしあの電車そのものが竜宮城に行ったとしたら、その乗客はみんな行ったとしても100年時間は経ったことになんのかな? それがもし地球の人みんなだったら? それでも時間は100年経つのかな? もし誰も気づかなかったら」

 イツカは膝を抱えて丸くなる。

「ループの正体ってそういうもんだよ。時間ってそういうもんだよ。誰しもが同じ電車に乗ったんだよ。7月13日の早朝に」

 イツカには話がわからなかった。でもユズルが例え話をしてくれているのがわかる。ユズルは何かを隠そうとそんな話をしている、と怪しんだ。

「ユズル? そんなに自分が死ぬところを見られたくなかった?」

 ユズルが頷いた。

「好きな人でも? 彼女でも?」

 そしてユズルがそっと大切な宝物のように告白を始めた。

「うん」

「どうして?」

「・・・好きな人を救うためだよ」

「え‥私を?」

「うん」

 イツカは考えた。頭がぐるぐる回る。答えがわからない。でも何かが隠されている。秘密の扉に手を掛けた。開けてみる。開けるんだ。

「私に、本当は・・・何かあったの? 7月13日の夕暮れに‥」

「夕暮れじゃなかったけどな。じゃなきゃこんなこと起こるわけないだろ?」

 ん?

 私は‥私達は‥。

「・・・大切だった。好きになる途中だった・・・。イツカのこと・・・。昼休み、偶然、学校のテレビのでそれを見たんだ。撮られていた防犯カメラの映像がテレビで流されてた。こうするしかなかった。こうなるしかなかったんだ」

 イツカはしっかりとユズルの横顔を見た。

「お前はそれを俺に見せたい? 俺は見ちゃったんだよな」

 イツカは大きく首を振った。

 ・・・それからユズルがゆっくりと本当の7月13日を話し始めたんだ。

 イツカは7月13日、路上に倒れているところを発見された。

 イツカは路上で血を流して倒れていた。

 目撃した人は誰もいなかったが、すぐに防犯カメラの映像でそれは証明された。

 よくある交通事故だった。

 頭を強く打ち即死だった。

 ひき逃げした犯人はすぐに捕まった。


 
 そうユズルは告げると、空中を殴った。何もない空中を。

「だから、俺はバスケの部活に出たんだ。お前の死に挑戦するために。俺はお前を思いながら必死に部活したんだ。心臓のことも忘れてた」

 聞き終わるとイツカは思った。

 時間ってものに甘えていた。時間は、確かに等価値だ。

 残酷な時間に手を振って、また君に会えるのを夢見ていた。ずっと。ずっと。

 てっきりユズルにはもう時間がないと信じていた。それを信じてイツカは未来に挑戦して走っていた。いつも。いつも。

 ああああああああああああああ。

 イツカは叫びながら空を見上げた。見上げ続けた。涙が浮かび、ゆっくりと流れた。

 イツカは携帯電話を見た。

 7月13日。

 太陽は明るい。

 イツカはそのまま黙って、夕方まで泣いて、なんでもないようにユズルに話しかけた。

「で、ボーカルは? ロックバンドの話。静けさのロックバンド組もうよ」

「ボーカルはアイハだろ?」

「可愛いし。私より。私、地味だよ、どーせ」

 ユズルは、ちげーよ、と言って笑った。いつものユズル君。

 イツカは訊いた。

「ねぇ、7月13日はまた来るの? あの早朝の電車はまた来る?」

「来るぜ、きっとな。不安な時は俺を見とけ」

「うん」

「なんとかしてやっから」

 イツカはユズルの肩に自分の頭を乗せた。

しばらくそうしていたかった。時間よ、許してください。私達を。残酷な私達のことを‥。

 そしてユズルがイツカを顎を持ち上げると、そっと二人はキスをしてた。そのあとハグをした。

 最高な気分とちょっぴり切ない気分でキスをして、この気持ちに終わりが来ないかとそっと胸を探るよ。

 世界はいつのまにか夕暮れだ。

 イツカはハグされながら言った。

「ありがとう。一日だけの彼氏さん。私はあなたに会うために生まれてきたんだ。ユズルが教えてくれたことが私には価値があるってことだ。生きてるってことだ」

 ずっと挑戦を続けてあなたに会いに走って来ました。きっとこんな言葉じゃ私達の気持ちに追いつけないよね。

私達にはね‥。

 そしてユズルが微笑んで言った。思いを言葉にしてくれたんだ。
 
「だから君のいない未来は来るんだ」
 
12
 
 いつもの早朝‥。

 7月13日の早朝の電車の3両目‥。

 いつもは窓辺で涼しい顔をして景色を眺めているユズルがいない。

 その空白の前で静かにイツカは佇んでいる。

 どうして今日はユズルがいないのだろう?

 遅刻したのかな?

 それとも‥。

 その時だった。

「おはよう」と声が聞こえた。

 おはよう?

 イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と空白を見た。

 とてもスラリとした美少女が目の端に見えて、イツカは隣を向いた。

 そこにはアイハがいた。

「あれ? ユズル君、いつもこの電車に乗ってるのにいないね?」

 髪の長い瞳の大きなアイハがイツカに話しかけた。イツカは答えた。

「うん。どうしてだかいないの」

「ふむふむ。どうやらいないようだ。私、テスト勉強あるから空いてる席に座るね? 単語覚えなきゃ、だし」

 それをイツカは引き留めた。

「待って待って。ちょっと心配なの」

「ユズルが?」

「そうか。あなた、でしょ? ユズルが言ってた早朝の電車の3両目の子って。いいこと教えてあげる。あなたのこと気になるってさ。ユズル。脈あり、なんじゃない? 抱きついちゃえよ」

 脈あり?

「でもアイハこそ、ユズルのこと想ってるんでしょ? バレバレ」

 イツカは微笑み、アイハは照れ臭そうに頷いた。

「うん。ユズルは凄いよ。私が一型になった時からずっと側にいてくれたんだあ」

「え? アイハも一型糖尿病?!」

「ってか、なんであなたは私の名前知ってるの? さては‥ユズルにもう話しかけた? 地味な感じなのになあ。でもあなた、強い目をしてるね? ユズルと何かあった? 聞いてない! マジ、聞いてないー!」

 イツカは頷く。

「え? ってことは、もうすませた?」

 イツカはびっくりして、両手で否定する。

「ないないないない! アイハこそ怪しい!」

 アイハはユズルの空白へと移動して佇んだ。涼しい瞳で景色を見る。

「私とユズルは挑戦する仲間ってとこ。もちろん、私は子供の頃に出会ってからずっと好きだよ。神様はユズルだったよ。一途に想っていた。女の子だもんね」

 イツカは思う。幼い二人が病院で出会い、血糖測定器を教え合い、注射の打ち方を教え合い、友情を育くんでいくのを‥。

 宝石のようだな。

 眩しいな。

 イツカはアイハをじっと見つめ、挑戦する仲間だな、と思って嬉しくなった。そしてイツカは手を差し出すのだった。

「私はイツカ。友達になろう」

「お、おう。イメージと違うじゃん。結構、カッコイイじゃん。私はアイハ」

 二人は握手して、手を振った。

 駅なのだ。

 イツカは見えなくなるまでアイハに大きく手を振った。アイハも大きく手を振った。

大丈夫、未来がくる。

 ユズルにも?

 それがイツカには心配でならなかった。

 イツカは普通に学校へ登校した。授業中、窓から吹き込んだ夏の風がイツカの前髪を揺らし去っていった。

 休み時間、窓辺の席でいつものように詩を書いた。
 
 私の大好きなあの人は、泥にまみれて、頭をからっぽにして、何やら必死に戦ってる。相手はまわりの空気らしく、そこらにめがけてパンチを放つ。どれだけ経ってもやめないし、私の大好きなあの人は。
 
 パジャマのまま、新聞を取りに玄関先へ出た。とても雨上がりの道が綺麗で、ふらりとそのまま数歩歩いた。歩くことで道は反射してキラキラ光りまた私は歩く。そのまま走り出し、彼氏の家まで来て、新聞を盗み、さらに駅まで来て、電車に乗って、海の波を飛び越えた。

 海の波を飛び越えたいよ!

 そこへクラスメイトで髪をポニーテールにしたナギサがやってきて、イツカの机の端に座る。

「アメいる?」

「うん。貰うよ。貰ってあげる」

「貰ってあげるだとー? なんだそれ。挑戦状?」

「いやいやいや。ありがとうってこと」

「うわ。やばいやばい。イツカがやばくなってる」

 ナギサはみんなの輪の中に帰り、談笑し始めた。みんなの冷たい視線。笑い声が廊下にも響いた。

 ユズルが教えてくれたこと。自分の価値や生き方を対等に扱ってくれる大切な存在。自分一人じゃ知ることはできなかったこと。心を通わすということ。それが生きたり、挑戦すること。生きているってそういうことだ。

 イツカはひとり頷いた。

 本当にユズルはどこだ?

 今、何をしていますか?

 バスケの部活に出るんだろうか?

 心配だよ、あの人は。

 イツカは未来よ、許してと願うが、心配の方が勝つ。

未来に挑戦しよう。

そう決心してイツカは立ち上がり、教室を駆け出すのだった。

 私が止めてみせるんだ。時を止めてみせるんだ。変えてみせるんだ。

 正門から夏の中へ駆け出すと、風と光と影が吹き飛んだ。

 隣町の名神高校!

 怖くないよ。ユズル。

自分が死ぬところを恋人に見せることを避けるより、恋人に生きてるところを見せようよ。

 どうか、時よ、許して!

 どうか、時よ、変われ!

 どうか、時よ、止まれ!

 そう考えながら隣町まで走った。何も考えず走った。

止まれ、止まれ、止まれ! 止まれー!

 イツカは近道をしようとしていつもとは違う路地を走りぬけ、大きな道路を突っ切ろうとした。

 そこへ車が全速力でやって来る。

 「止まれー!」

 突然。イツカは急に腕を掴まれて、立ち止まった。

 その瞬間、イツカの鼻先をかすめて、車は猛スピードで行き過ぎた。

 振り返ると、そこにはイツカの腕をしっかりと掴んだユズルがいた。

ん? なんだ? これはなんだ?

「つっかまーえたっ!」

「え?」

 ユズルがいる。ユズルがいた。どうして?

「いっつも走ってんな。お前。あぶねーんだよ」

 ひょっとしてユズルが救けてくれた?

「救けてくれた?」

 ユズルが微笑むので、イツカは抱きついた。

ユズルが照れて、逃げ出して、自分の高校へと走っていく。

その輝く背中にイツカは大声で訊く。

真っ直ぐの並木道の途中でユズルが振り向いた。

「ねえ、バスケの部活には出るの?」

「いや、でねーよ。だりーんだ、今日」

「走っちゃダメだよー」

「わかったー」

 と、言ってもまだ走っていく。

「また、7月13日は繰り返すの?! あの電車に乗るの?」

 ユズルがまた立ち止まり、また振り返る。大声で叫んだ。

「もう7月13日は来ない! もうループは止まったもん! お前を救けたもん! 本当は今、お前は車に轢かれたんだぜ! なんか奢れー!」

「ありがとうー!」

「俺も部活でない! もうループする必要はなくなったんだ! じゃな!」

「じゃあね!」

「未来は変わるぜ!」

 そう手を振って去っていくユズルを忘れない。今でもイツカの心の中に残っている。

 イツカはどこまでも広い夏の空を見上げるのだった。
 
 止まった‥。
 
 空には巨大な入道雲がででいた。
 
エンディング
 
 10年後‥。

 イツカが27歳の結婚記念日に久しぶりに実家に戻ったのは、ウェディングドレスをもう一度、見るためだった。

 母親と一緒にウェディングドレスを出して、父親の仏壇の横に飾った。

 綺麗ねー、と母親が言うので、イツカは大きく頷いた。

 純白のウェディングドレスが窓から入ってくる夏の光に映えた。

 それからイツカはトントントンと、いつかのように自分の部屋への階段を上った。

 そっと扉を開く。

・・・誰もいないよね?

 そこには学生時代のデスクがそのままに残されていた。

 その椅子に座り、しばらく頬杖をついた。

引き出しから思い出のノートを出して、沢山の自分の詩を読んで時間を過ごした。

 夕暮れになり、やっぱり書こうとイツカはノートの最後のページにペンを走らせた。
 
【拝啓、ユズル君。
 元気かい?
 私があなたと付き合い始めて10年が経ちました。
 思い出の7月13日を忘れちゃいないよ。
 あの時の早朝の電車を忘れちゃいないよ。
 あの時の君を忘れてはいないよ。
 静けさのロックバンドの話、楽しかったね。
 もしかしてあれは君なりのプロポーズだったの?
 今となってはもう確かめることも出来ないのが悔しいけれど。
 多分、今も恥ずかしくて訊けないけれどね。
 多分、あれはプロポーズ。
 私達がそうなることをわかってたんだよね?
 きっと、そうだよ。
 ギターが君で、ベースが私で、ボーカルがアイハ‥。
 アイハとは、今でも友達だよ。
 彼女も来年、結婚するとお知らせが来ました。
 二人でアイハを祝いたかったよね?
 君はさぞ悔しいんじゃないかな?
 君にとってアイハは魂で繋がった友達だもんね?
 私がどれだけ嫉妬したかわかる?
 多分、アイハは君の心の中心にいて、私を君は外の世界へと背中を押し出したかったんじゃないかな?

 違う?

 これからも不安になったら君を見るよ。
 そうしたら、前へ進めたよ。
 今はアイハの他にもいろんな人に囲まれて過ごしています。
 普通に笑っています。
 ありがとう、君。
 君は自分が死んでいくところを見せるのを嫌がってたよね?
 でも私は見ちゃった。
 ずっと看病したよ。
 6年前、亡くなる時、ずっと側にいたよ。
 強く、亡くなる姿を見たよ。
 君の死因は1型ではなかった。1型の人は死期がみんな短いわけじゃないよね。
 平等に時は流れたってだけだ。
 でも見せてくれたね?
 君は凄かったよ。
 最期の最期まで戦って亡くなったよね?
 私のママが病院でずっと君を見守ってくれたのも感謝だね?
 ママが教えてくれたこと。
 実は私はひとつだけ嘘をついてました。
 秘密にしてました。
 幼い君とアイハに注射器や血糖測定器の使い方を教えたのは実は若い時のママとパパだったんだよ?
 ママからずっと秘密って言われてたけど、こういう形で伝えるのは、よかったのかな?
 だから死んだパパは君の膵臓の中で生きてた。
 ずっと、君の膵臓の中で。
 幼い頃の宝物は君とアイハだけの世界だよね。
 これからも、アイハは君を愛していくでしょう。
 ねえ、アイハの気持ちに気付いてた?
 君を一途に想ってた。
 女の子だもんね。
 私には幼い二人が見えて、幻の中で二人が向かい合って、お互いに注射したり、微笑みあうので泣いてしまいます。
 泣き虫でごめんなさい。
 いつも泣いてたよね、私って人は。

 そして君は大切な宝物を遺してくれたんだ。
 ありがとうございます】

 その時だった。イツカはふとトントントンと階段を上がってくる足音に気付いた。

 扉がゆっくりと開いた。

 イツカがその姿を見て微笑むので、娘も微笑んだ。

 風のように入ってきて、イツカの膝の上に楽しそうに座った。

 イツカは大切に抱きしめる。

 そして続きを書き始めるのだった。

【君の残してくれた宝物は4歳になりました。
 そして君はもうひとつ素敵なものを残してくれてたんだね。
 娘の名前‥。
 ミライ。
 気付いたよ。

 イツカ、ミライで、会おう。

 そういう意味だよね?

 じゃ未来で。
 私はとても幸せだったよ。
 そして、今‥。
 私は‥。
 
 君のいない未来に来ました】
 
 おわり

 
【あとがき】

ずっと高校生の頃からタイムリープに興味があって、17歳の頃、僕はひとつ時間がループする物語を書いたことがありました。

今ではその原稿はなくしてしまったけど、ずっと頭の中にその物語があって、この小説の元になっています。

だから17歳の僕がこの物語の中には染み込んで生きています。

最初はできるだけわかりやすい青春小説(ライトノベル風の)のつもりでしたが、結局はいつもの僕の小説になっていきました。

不思議なものです。
僕はいつも一筆書きなので展開やラストなど決めないで、ただ小説がどうなりたいのか、それに従う奴隷です。

だから自分で、こうなるんだ、と驚きます。

この小説を助けてくれたいくつかの作品を参考文献として。

ふくろうず「ループする」、リリィシュシュ「飛べない翼」、小説「君の膵臓をたべたい」、アニメ「うる星やつら ビューティフルドリーマー」などなど。

これは3稿です。

ありがとうございました。
 
(荒木すみし)

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