見出し画像

今日見た夢の話

投稿としても残しておきたいと思ったので、未熟な文章ですがnoteを書きます。


珍しく眠りが浅かったのか、朝方に不思議な短い夢を見た。

他界した母の夢。
夢の中では、時間が巻き戻っていた。

舞台は、病院内の多目的ホールのような場所。もうじき旅立つ母のため、沢山の人が訪れ、人で溢れかえっていた。


実際は、もっと小さな病室に、老若男女問わず愛されていた社交的で明るい母の元には、毎回違う見舞客が出入りしていた。

常に人に囲まれていた母と2人きりで話せる機会は少なかった。
母は、花とか、パジャマとかお見舞い品をよく嬉しそうに見せてくれた。

それからしばらくして悪化し、一旦自宅療養になった時、チューブに繋がれ、苦しそうに息をしている母に、弟も私も、たまらず抱きついたのを覚えている。
母の心臓がヒューヒューという音を立て、もう一緒にいられる時間は残り少ないのだと悟った。

後日、体調がすぐれず母はまた病室に戻った。
あと1ヶ月くらいと宣告されていたから、覚悟はしていたけど、それから3日ももたなかった気がする。

朝、私の携帯に突然着信が鳴った。
急変したとの連絡で、家族で病院に駆けつけた。
後に母の親友達も駆けつけて、皆で輪になるように、母を取り囲んでいたけれど、途中で別人のように虚ろ虚ろになった母は、急にふと意識が抜けたように倒れて動かなくなった。

耳だけは最後まで聞こえるからと、順番に声をかけたけど、何を話したのかも覚えていないし、聞こえていたのかも分からない。
ただ、ただ、時間が止まった。


私は、どうしてか母の前では素直になれず、今まで、ここでは書けないようなひどい事も母にはしてきたし、沢山傷つけてしまった。
少なくともチャンスはあったのに、母が会話できるうちは、他愛のない話をしていて、本当に伝えたいことは何一つ伝えられてなかった気がする。


実は、病院からの急変の電話の時、主治医が今いないので、重要な決断は家族の方にお任せしますと、治療方法(緩和)の二択を迫られていた。

私の決断が間違っていたのではないか、もう一方を選択していたら、まだ自分の気持ちを話せる時間があったのではないのか。
そう考えると、悔しくて、後悔して涙が出た。


唯一思いついたのが、手紙を書くこと。
これがもう本当に最後のチャンスだと、手紙に思いを託し棺に入れた。2015年の秋のことだ。
あれから8年が過ぎた。

再び夢の話に戻る。

階段を降り、こそっと1人抜け出した母をすかさず私は追いかけた。
(実際の母は、1人で動ける状態ではなかった)
見失ってしまって、探していたら背後に母が居た。
トイレを済ませたらしき母は、ついてきたの?と言わんばかりにキョトンとした表情をしていた。

「今まで、本当に本当によく頑張ったよ。
ケンカしたり、色々あったけどお母さんに出会えて良かったよ!」

手紙の内容をギュッと凝縮したような、でも確かに伝えたかった言葉を、
夢の中だけど、やっと8年越しに言うことができたのだ。

太陽とか、向日葵とか、そんな言葉が似合う。
笑顔がとっても可愛い人。
本当は弱くて、お風呂の中シャワーでかき消すようにして、声を上げて泣いていたのも知ってる。

それでも、人に笑顔や元気を与え続けていた生き方は本当にすごいと思うし、だからあんなに人に愛されていたのだと思う。


そこで目が覚めて、気づけば涙が頬を伝って、
耳の先まで垂れていた。

今まで少しだけ出てくるようなことはあっても、こんなリアルな酷似した夢を見ることなんてなかった。

あの日の光景が、ずっと頭に残っていて、
年月と共に薄れることはあっても、心のどこか片隅には必ず母がいる。

私の願望が蓄積されて、たまたま夢になっただけなのかもしれない。
だけど、やっぱりあの手紙はきっと母に届いたんだ。そう思った。

忘れないように、朝起きてすぐ、夢のことを残そうとペンを取った。

なぜ、今母の夢を見たのかは分からない。
そういえば、最近お墓参りに行けていなかった。

今度お墓参りに行った時には、今日見た夢の話をしよう。


追記 :
自分のための投稿なのですが、何度か自分の気持ちに沿うように書き直しました。文章力が及ばす、なかなか的確に表現出来ないのがもどかしいです。


Thank you for another great day
Have a nice and happy day tomorrow🍀

読んで下さり嬉しいです。 ありがとうございます💚