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私は就職ができない11_オンライン面接で人の心が死ぬ瞬間を見た件

【前回までのあらすじ】
42歳の私は泣きながら就職活動をしていた。フリーランスから勤め人に復帰することの難しさに直面していた。

「では、まず小林さんの簡単な自己紹介からお願いします」
二十代と思われる妙齢の人事担当者の女性は小さく微笑みながら言った。

自己紹介を促された私は、しかし怒りに震えていた。今にもパソコンのモニターをたたき割りそうな勢いで、拳を握りしめていた。自己紹介をせずにこのままZoomから退出するか、本気で悩んでいた。理由が知りたい?

なぜと言って、私は小林ではなかったからだ。

私の名は大林という。小さな林と大きな林では大違いだ。むろん、両方とも仮名だ。しかし私が名前を間違えて呼ばれたのは事実だ。

面接ではあるまじきミステイクだ。人事担当たるもの求職者の名前や経歴などは完璧に把握しておき、採用面接に臨むべきだ。こちらは正直な話、相手さんがどんな会社なのか、事業内容は何か、どのようなサービスや商品を扱っているのか、存じ上げていない。適当に応募ボタンを押下しただけだ。事故のように応募し、誤配のように一次面接の連絡が届いた。君が誰だかは知らない。しかし君は私のことを知っていてくれと思った。

小林さんと呼ばれたとき、内心では、憤怒する前に吹き出しそうになった。なぜなら妙齢の人事担当者は直前に私の正確な名を口に出していたのだ。

「では小林さん……大林さんに……では、まず小林さんの簡単な自己紹介からお願いします」

あるいは手元の資料の文字面を凝視しすぎて小林と大林がゲシュタルト崩壊したのかもしれぬ。あるいは年若い女性ながらも老眼に悩んでいるのかもしれない。しかしそんなことがゆるされる場ではない。なにしろ、採用面接なのだ。オンラインとはいえ、会社と個人が裸でぶつかり合う現場だ。ことによると、斬り合いともいえるだろう。私はフリーランスでいままさに職業を手に入れようと必死に就職活動を行っている。生か死かの瀬戸際で職業を求めている、42歳のお父さんだ。子を育てる、子を養うために実に8年ぶりぐらいに就職面接にのぞんでいる。

名前を間違えられて、私は少し途方に暮れてしまったのだ。しかし私は大人だ。こういうときは誘い笑いでもって場を和ませて、相手にミスを気付かせて何事もなかったかのように繕わせる。

「へへへ、大林と申します。本日はどうぞよろしくお願いします」

へへへという3つのへを並べることで、相手にミスしたことを気付かせ、そして「失礼しました。大林様!」と相手側に訂正させる。残るのは平和な笑い声と微かな照れだけだ。そして私は鷹揚な態度で自己紹介を始める、という算段だ。

しかし、現実にはそうはならなかった。女性は無視をして、これを流した。オンライン面接の弊害である。

その瞬間、この面接は終わった。私は無気力に自己紹介した。相手に志望動機や強み・弱みなどを聞かれても、必要最小限の返答しかしなかった。前のめりになることはなく、面接特有の虚飾や脚色で自分を大きく見せることもしなかった。お互いに消化試合であることを了解したまま、時間が流れた。

最後の質問はこの会社の社風、もしくは人事担当者の奇天烈さを象徴するものだった。

「自分にキャッチコピーを付けてください」
目の前の女性が奇妙な質問を投げかけてきたときに、私は大いに狼狽し、むろん怒りに震えもした。そして、答えた。

「特にないですね」

そこで試合が終了した。もちろん、結果はわかりきっている。実際に翌日に不採用の連絡を受けた。ムダな時間を過ごしたと思う。しかし、オンライン面接のためにドブに捨てた時間は1時間弱だ。これが対面だったら、その3倍の時間を空費していたはずだ。会社のドアに鼻くその一つでもつけて帰ったことだろう。

オンライン面接は一長一短がある。面接中に、こころが折れ、死ぬこともしばしばだ。しかし死ぬのは一瞬で、また次の面接のために心を入れ替えて準備にのぞむ。

ただ、次の面接も無為なものとなるはずだ。就職までの道のりは長く、今後もまたオンライン上で何度も死ぬことになるだろう。私は本当にフリーランスから社員になりたいのだろうか。今月の収入は24万円でフィニッシュした。前年同月比では44%減だ。将来に明るい兆しはない。

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