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ケロヨン

「これ、着るんですか?」
 その手の店であることは覚悟していた。そのつもりで応募したのだ。だから、露出の高い服は平気なはずだった。
「そう。早くしてね」
 この手の店には珍しい女性マネージャーが怜子の顔も見ないで言った。
「だって、これ」
「何? 何か文句ある?」
 文句とかそういう問題とはちょっと違うような気がした。目の前に置かれていた衣装、いや、衣装と呼んでいいものかどうか。いわゆる、「着ぐるみ」であった。しかも、緑色のカエルの着ぐるみである。
「何ですか、これ」
「なんですかって、あなた、ケロヨンも知らないの?」
 ケロヨン? 初めて怜子の方を見た女性マネージャーは意外と老けていて、ひょっとすると怜子の母親ほどの年かもしれなかった。たぶん昔はやったキャラクターか何かだろう。
「早く、着て、時間ないんだから」
 周囲の女の子たちは、みんな、すけすけの衣装に着替えている。
「なんで、あたしだけ、ケロヨンなんですか?」
「だって、あんた、人妻じゃない」
 マネージャーは、ケロヨンの頭を叩きつけるように怜子に渡した。
 仕方なく、怜子は「ケロヨン」を着た。着ぐるみなど生まれて初めてだ。意外に重く、頭にかぶるといやな臭いがした。前が見えない。どこかにのぞき穴が開いているはず。頭をもってでたらめに動かしていると、急にぽっかり視界が開けた。丸いのぞき穴を、ランジェリー姿の女の子が何人も横切って行った。
「ほら、はやく、出番だよ」
 マネージャーに引きづられて、廊下を歩き、店に入った。悩ましい音楽とまばゆい光が交錯する中に怜子は放り出された。
「何してんの、早く、踊りなさいよ」
 どこかから、声が聞こえ、突き飛ばされた。いやらしく笑う中年男性たちの顔が並んでいた。酔っているせいかどれも下卑ていやらしく見えた。例子は、しかたなく、やけくそで踊り始めた。着ぐるみのせいで、思うようにからだが動かせない。踊ると言うより、ただ、じたばたしているだけだった。ケロヨン、とだれかが叫んだ。


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