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マリアが泣くとき

夜中、そっと部屋を出た。両親の部屋からは物音がしない。もう眠っているようだ。足音をたてないように階段を降りた。ソファの上に寝そべっていたミコが頭をあげてあたしを見た。あたしが、唇の前に人差し指をたてると、ミコはもとどおりまた丸くなった。
表に出ると、予想以上に風は冷たかった。十一月とはいえ夜は寒い。ダウンを着てきてよかった。自転車をこいで学校に向かう。
正門の前に自転車をとめ、塀をまわりこんでプールの方に行く。金網が人一人通れるくらい破れているところがあるのだ。人気がないことを確認して、忍び込み、校舎に入る。廊下を歩き職員室に向かう。あたしの頭の中は「マリアが泣くとき」のことで頭がいっぱいだった。結末はどうなるのか、マリアに見入られた翔太の運命は? あと少しでそれがわかる。
「マリアが泣くとき」の最終巻を授業中に読んでいて、教師に見つかったのだ。あとほんの数ページを残したところだった。教師は、あたしから本を没収して持って帰った。後で職員室に取りに行っても反省の色がないと返してもらえなかった。国語の山下というおばさん教師は、あたしが気にいらないのか、ことあるごとにあたしに意地悪をする。
それから毎日のように職員室に行ったのだが、何かとなんくせをつけて返してくれない。もう一度買い直そうかとも思ったが、それは違うような気がした。マリアというトラウマと闘い続けてきた翔太に対する冒とくのように思えたし、あたしは翔太のためにも、山下に屈服することなく本を取り返さねばならなかった。それが「マリアが泣くとき」とマンガを与えてくれた神に対する感謝を示すことにもなる。
侵入口はあらかじめ考えてあった。職員室の上の小窓だ。壁に伝ったパイプに足をかけ、壁を上る。天井付近まで上り、小窓に手を伸ばそうとしたとき、
「何をしてる!」
 背後から声がして、振り向くと、まぶしい光にあたしは思わず目を閉じ、手がすべってからだが宙を舞い、廊下に背中から叩きつけられた。激痛が走ったが、あたしは歓喜の絶頂にいた。ほんの数秒にもみたない間に、目の前に「マリアが泣くとき」の結末が一瞬で繰り広げられたのだ。あたしは、涙を流していた。そして、あたしの想いに応えてくれた、マリア、翔太、そして神のことを思い涙がとまらなかった。そう、マリアはあたしだったのだ。
 (了)

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