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砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだ…。

好きな本を一冊選んで、好きな箇所を暗記して皆さんの前で発表してください。
時間は1分〜2分くらいで。


ちょっとユニークな、冬休みの宿題。
さかのぼること10年ほど前、高校生の時のことである。



授業が終わると、さて何の本にしようか、と
教室中がわいわいがやがや。

好きな映画の原作本にする!とはりきる子。
好きな作家の本からどれにしようかと悩む子。
普段本なんて読まないからわからん!と騒ぐ子。


私の頭の中も、いろんな本が行ったり来たりする。



その中で、ぽんっ、と
トースターからパンが跳ね上がるみたいに、
脳内に飛び出してきた本があった。





星の王子さま。


なぜこのとき星の王子さまを思い出したのかは、いまだによくわからない。

初めて読んだのは小学生くらいの時で、もちろん印象には残っていたけれど、
かといってその後何度も読み返す、というものでもなかったから。

でも、そんな本がいきなり浮かんできたことに、なんだか縁を感じたのも事実で。


早速、英語版の本を買い求めた。


最初はあの有名な
「たいせつなことは目には見えない」の部分を抜粋しようかと思ったけれど
せっかく時間もあるのだ、一からじっくり読み直してから決めることにした。



きっと、小学生のときの私は、
王子さまに近い眼差しを持っていて。

王子さまが、大人たちに対して
変なの、と思ったり、怒ったり、泣いたりするとき、
きっと私も、何も不思議に思わずに、
変なの、と思ったり、怒ったり、泣いたりしていたんだろう。


でも高校生になると、だんだんその眼差しが、
飛行士や、あるいは惑星で出会うフシギな大人たちに
ひたひたと近付いていっていることに気づく。

それは成長した、ということでもあり、
一方で、何かを失った、ということでもあるような気がして、

なんとも複雑な気持ちになる。




そうして一通り読み直してみたとき、

もちろん、大切なことは目に見えない、という
かの有名な言葉も、変わらず響いたけれど、
それ以上に、心に留まった言葉があった。

砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだ…。

この言葉がどうしてその時の私に刺さったのか。
自分でも正直わからない。


私の中では、砂漠という言葉にはもっと寂しげな雰囲気が漂っていて
美しい、という形容詞とうまく結びつかなかったのかもしれない。





ただ、この王子さまの言葉に無性に惹かれる自分がいて。

結局、この言葉を含むシーンを切り出すことにした。


緊張すると早口になりがちなので、
考えなくても出てくるように何度も、何度も練習する。

自分の部屋で。
時に、お散歩しながら。
あとは、お風呂に浸かりながら。

王子さまだったら、こんなふうに喋るかなあ、と想像してみたり。
この言葉を聞いて、「ぼく」はどう思ったんだろう、と考えてみたり。


そんなふうに練習するほど、この言葉に愛着が湧いた。


そうして迎えた冬休み明け、当日。


あがり症らしくきっちり緊張したけれど、

最初の数単語を口にしたら、
冬休みの間にすっかり体に染み付いていた言葉は
思いがけずスラスラと出てきて。

砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだ…。

この言葉を口にするたび、
私の中に少しだけ、王子さまの眼差しが帰ってくる感じがした。


特段英語が得意なわけでも、発音が綺麗なわけでもなかった私だが
あるクラスメイトがくれた講評がとても嬉しかったことを、今でも覚えている。

本当に王子さまがしゃべっているみたいに、
とても感情が込められていてよかったです。




さて、10年も前の出来事を、こうしてふと思い出したのは理由がある。

ミュージカル「リトル・プリンス」を観に行ったのだ。

「星の王子さま」に着想を得た
音楽座さんのオリジナルミュージカル。

今回、王子様役のキャストの中に
この作品の初演を務められた土居裕子さんがいらっしゃり、
幸運なことに拝見することができた。

初日のご挨拶で、最後に王子様役を演じたのが23年前だと仰り、どよめく客席。
いま自分の目で土居さんの王子様を見られたことは、演劇だからこそ叶った奇跡であろう。


ちなみに、このミュージカルでは
例の台詞は「井戸」ではなく「泉」と訳されて、
「砂漠は美しい」という歌のワンフレーズとして登場する。

どこかに泉を隠している…これまた、しっくりくる表現だ。



観劇後、久しぶりに、
当時一生懸命覚えた英語版の本を取り出した。

表紙はすっかりボロボロになってしまったし、
あの時すっかり体に染みついたと思っていた単語の羅列も
今や残念なくらい全然出てこなかったけれど

ちゃんと折りぐせがついたままのページを開いたら、
当時のことがブワーっと蘇ってきた。


土居さんの美しいソプラノを頭の中で響かせながら、
何年か越しに再会した懐かしい台詞に、そっと指を添わせてみる。

砂漠はきれい
それはどこかに泉を隠しているから
星はきれい
それはどこかに花を隠しているから
音楽座ミュージカル「リトル・プリンス」の「砂漠は美しい」より


どうやら、この物語とはこの先の人生もご縁がありそうだ。





▼土居裕子さんの歌う劇中曲「シャイニングスター」、1週間だけこちらのラジオで聴けます。
かなり貴重な機会なのでぜひ…!!!

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