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短編小説Vol.29「校長挨拶」

死に物狂いでぶつかった受験戦争も終わりを告げ、その頃とは打って変わって全く何にもやる気が起きなくなかった圭介の姿が、大学の講堂入り口にあった。周りを見渡しても知る人は全く居らず、一抹の不安を抱きつつながら、中へと進んでいった。
適当な席を見つけて、着席し暫くすると校長先生からの言葉で式は始まった。これまでの経験からして退屈であることがほとんどであった校長挨拶であるが、今回のそれは全く異なるものであった。

「青年が1人の社会人と生きるには全く別個の現実がある。それは現在青年の役割を駆除し、青年を青年としてあらしめることのない社会だ。前者を青年にとっての人間的現実と、後者を社会的現実と呼ぶことにしよう。この二つの現実は互いに激しくぶつかり合い、譲ることを知らない。多くの青年はここで敗れ、誇りを失い、純潔を貶され、やがては社会的現実の中で括弧付きの好ましき青年になっていく。しかし断じて好青年であろうとしてはならない。青年は青年のみに与えられた特権を忘れてはならない。青年にのみ与えられた特権、それは戦いである。純粋であろうとする人間的現実と不条理でしかあり得ない社会的な現実、その二つの現実のぶつかり合いの渦中に身を置くことである。その戦いのうちに諸君自身の手で自分の人間形成を行なければならないであろう。その行く手は遠く苦しいものである。
諸君が社会的な現実に挑むとき、諸君は必ず焦燥と憤りを覚えるだろう。そして逃避を考えるであろう。そこで私は声を大にして言いたい。戦え、挑め、決して逃げるな。それでもし傷つくことがあれば、それこそ諸君が真の青年である証である。破れることは恥ではない。闘争こそが青年の持ちうる誇りと純潔である。律儀な好青年であるよりは、自分に誠実な放埒こそ、青年の本当の姿である。」

圭介はその言葉を聞き、受験期のような熱量で何かにぶつかってやろう。自分の価値観を世の中に刻み込んでやろう。と心の中が熱くなるのが感じられた。

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