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短編小説Vol.20「悪魔の音色」

蝉が悲鳴を奏で始めた頃、その音に圭吾の心は酷く共鳴した。
地獄の日々が始まって、どのくらい経っただろうか。
始まってから今まで思考の停止が茶飯となり、その地獄の正体について深く考える余地などありはしなかった。
そして思考の停止を心地良く感じさせるほど、感情は傷つけられていたのだ。

だが、蝉が綺麗な悲鳴をあげ始めた時、恐らく6月くらいだろうか、圭吾の心は全てが崩壊し、そして強烈に再生し始めた。
これまで抑えていた感情が、本能的な感情と共に、行動に現れ始めたことを、圭吾は喜ばしく感じた。

地獄の正体は、君だったのだ。
知り合ったばかりの時は、エンジェルだと錯覚していた。
だからなかなか気づけなかった。

君は本当に悪魔だ。
そう圭吾が気づいたとき、圭吾は君にとって悪魔に変化した。
いや変化したというより、悪魔が正体を現したという方が正しいだろう。

圭吾は、君を快楽のための楽器として奏でるようになった。
そして、悪魔の本性をさらに発露させ、狂ったように打ち込んで遊んだ。
弦が切れることを切望して、ただ演奏し続けた。
そして、知る限りの曲を掻き鳴らして音階の狂ってしまった楽器に君はなってしまった。
圭吾はこのことを君の泣き声から感じて、ただ大声で笑った。

そして、君は毎月のように開催されるコンクールのために所有している練習器になった。
コンクールは毎回大盛況で、圭吾によっては大変満足のいくものだった。

だが、圭吾はその満足感の中に退屈を感じていた。
結局自分のためにどんなに全力で演奏したところで、本当に奏でたい音は出ない。
いや出せるわけがなかった。

だが、これより先に自分とあった楽器が現れるとは到底思えなかった。
まだ若い圭吾であったが、そのことが絶対的の真理として感じられた。

そして、蝉が演奏を辞め始めた10月頃、圭吾も演奏をやめた。
いや正しくは、一生演奏ができない体に自殺してしまったのである。

悪魔には一生ならないという彼なりの覚悟であった。



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