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短編小説Vol.28「苦い花火」

圭吾のさくらに対する感情は、台所に放置された果物のように少しずつ腐敗を進め、決して頂けるものではなくなっていた。
それは、さくらの感情にも感染して腐敗をもたらし始め、2人の関係は修復不可能なものになる寸前のところまで来ていたのである。さくらの感情も腐敗し始めたのは、圭吾がその感情を心の中にだけ留めておくのをやめて、全くの躊躇なくさくらに漏らしてしまった、8月の花火大会の日のことであった。


その日は待ちに待った花火大会であり、夏休みに入ったばかりの2人が久しぶりに再開する日でもあった。2人は打ち上げが始まる3時間前、花火が最も綺麗に見える港に集合し、いつもとは全く違う雰囲気が流れるその場所に非日常の空気を感じながら、無意識のうちに歩調を合わせて、何を食べようかと色鮮やかな屋台を見て回っていた。また始めるまで時間が十分にあるにも関わらず、集まっている人の数は多く、どこの屋台も行列ができていたが、イカ焼きのお店だけ人が疎で合ったので、そこに並ぶことにした。


圭吾は自分の半径50センチにいる浴衣姿のさくらに惹かれる感情が抑えることができず、白い歯を少し出してにっこと笑っていた。さくらもそれに気づき、十分に満足し、自分も同じ感情だと強く共感した。
それから2人は注文した中サイズのイカ焼きを1本受け取り、店を後にして、陣取りしていた場所へと向かった。
圭吾の心の中を深く抉る不可解な出来事が行ったのは、その道中のことであった。

横並びで歩いていた2人であったが、急にさくらが圭吾の後ろに周って歩き始め、すれ違う大学生3人組から顔を隠すように仕草をする。その3人組は圭吾より2年か3年歳上に見え、明らかに大学の装いであった。そして、圭吾に聞こえるかどうか微妙な声量で、「なんでいるの」と声を出した。

その瞬間、圭吾は上腹部にヒリヒリした痛みを覚え、一気に頭に血が昇り、その左右が痛むのがわかった。何かさくらが自分に隠し事をしていて、その内容はさくらにとって都合が悪いことであると一瞬でわかった。そして3人組の姿は、圭吾の脳裏にありありと刻み込まれたのであった。

それからのことである、圭吾の心の容量は限界を迎え、さくらに対する負の感情は、本人が簡単に認識できるほどに激しく発露し始めた。

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