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職業と腰痛

腰痛に対する仕事の影響ってどんなものでしょうか?

職業別に見てみると

職業別腰痛

H23年に4日間以上の休業を要した腰痛を職業別にしてみたものです。(厚生労働省調べ)

これによると社会福祉施設に従事している方の腰痛が非常に多く、しかも災害性腰痛として業務中の腰痛が非災害性腰痛の8倍にもなります。

製造業よりも非製造業の方が業務中の腰痛は多く、道路貨物運送業と小売業など重量物を運ぶ作業の多い職業に腰痛は多発するようです。

この資料を見るまで私はデスクワークなどの事務系のお仕事の方に腰痛が多いと思い込んでいましたが、同じ姿勢をしている仕事よりも、重量物を持ったり、不自然さや不慣れさのある動作を伴う作業を要する職業の方が腰痛を引き起こしやすいことを知りました。

とはいえ、ここではその他の事業に分類されている中に事務職も含まれると思われ、その数は少ないとは言えません。

腰痛は構造的問題として扱われることが多かった症状ですが、昨今は特に、非特異的腰痛についてはBPSmodelを用いた解釈が主流になりつつあり、職業や職場環境について言及されることも少なくない状況になりました。

職業という視点で腰痛を考えてみることで、腰痛治療の違った見方ができるかもしれないと思い、職業と腰痛をテーマに書いてみようと思います。

腰痛のリスクの高い作業や潜在因子について

2012年の松平らの研究によると

「LBPの歴史」「頻繁な持ち上げ」「職場での対人ストレス」「単調なタスク」がLBP発生の重要な予測因子であった。

という報告をしています。

これは仕事の中で機械的な人体への負荷だけでなく、心理社会的要因も大きく腰痛に関与することが浮き彫りにされています。

また、別の論文にはデスクワーカーにおける身体活動の低さもLBPの助長要因として挙げられています。

LBPの歴史というのは腰痛の経験の有無であり、腰痛既往がある人は職業や作業の違いがあれど腰痛を助長しやすいと考えられています。

日本の都市部の労働者の軽度の腰痛から持続的な腰痛が発症する潜在的な危険因子では

「仕事の満足度」「うつ病」「体細胞症状」「監督者からのサポート」「LBPによる以前の病欠」「障害を持つLBPの家族歴」などが挙げられました。

構造的な因子ではなく、日々の充実度や近しい人との関りが腰痛を深刻化、慢性化させる因子として取り上げられています。

非特異的腰痛を無効化した心理社会的因子は

「報酬の暗示」「不安の解消」「日常生活の満足度」が有効であったと報告があります。

肉体労働でも、オフィスワークでも

「経済的な報酬」と「報われた実感」、「監督者からのサポート」や「会社からの社会的サポート」、「日常生活の満足度」と「ライフワークバランス」が仕事における腰痛フォローの鍵となります。

持ち上げ動作による腰痛発生の研究

Pieter Coenenらの研究によると

25kg以上の負荷を持ち上げ、25回以上/日持ち上げを繰り返すとLBPの年間発生率はそれぞれ4.32%と3.50%増加すると見積もりました。

また、累積負荷の繰り返し作業は腰背部に微細損傷や疲労の蓄積を起こし、腰痛を発現させる因子になりかねないそうです。

では、腰痛のある人は持ち上げ時に腰椎の角度が、腰痛のない人と比べて差異があるのでしょうか?

Nic Saraseniらは2020年の研究で持ち上げ動作中の腰椎屈曲と腰痛の関係を調べた。

リフティング中の腰椎の屈曲が大きいことは、LBPの発症/持続またはLBPの有無にかかわらず人々の差別化要因の危険因子ではなかった。

という結論で締めています。

重量と反復した作業は腰痛の危険因子になり得るが、腰椎の可動域や柔軟性は危険因子にはなりにくいということになります。

身体が硬いというのは腰痛の危険因子にはなりにくいというわけです。

椎間板変性と職業

長時間の坐位姿勢による腰痛は良く報告されていますが、不良姿勢の問題と腰痛の関連は薄いとされています。

前述しました反復動作による腰痛も、構造的な障害というよりは重量と反復回数に対する疲労や耐性の問題だと考えられます。

よく言われている職業的な姿勢や習慣による腰椎椎間板のヘルニアや変性というものは職業による腰痛の原因にはならないのでしょうか?

ある研究によると慢性腰痛の患者の椎間板は何らかの変性を伴っている場合が多いという結論がが出ています。

しかし、職業による災害的腰痛が椎間板変性を引き起こしているという確証には至りません。もしかすると、椎間板変性のある人が就業により腰痛を患うリスクが高いということなのかもしれません。

ちなみに消防士のようなハードなトレーニングや労働に従事している方の椎間板変性はL4/5に最も多く見受けられる傾向が高いという報告があります。

一方、アメリカ海兵隊員のトレーニング時に負荷や姿勢によって椎間板変性が起こるかという研究においては

トレーニング中、姿勢の変化や椎間板変性は見られませんでした。荷物を運ぶ間、LSは脊柱前弯症が少なくなり、仙骨はより水平になりました。椎間板変性症の海兵隊員は、負荷に応じて仙骨の姿勢の摂動が大きかった。私たちの調査結果は、負荷に対する姿勢の反応は、海兵隊員の体調よりもタスクのニーズによって定義されることを示唆しています。

とのことだった。

果たして過度な訓練や加重労働は椎間板変性のリスク因子になるのでしょうか?

椎間板変性のリスク因子は老化や肥満が主なリスクファクターとなり、過重や姿勢は椎間板変性の理由には関係がないと結論づけられています。

坐位による椎間板への負担

長時間の坐位となるデスクワーカーの腰痛。

患者の訴えは確かに

「長時間座っていられない」

ということなので、坐位が腰に負担をかけていると考えたくなるのは無理もないのですが、

Andrew Clausらの2007年の研究では

現在の研究によると、座っているIDPが非変性椎間板に脅威を与える可能性は低く、座っていることは椎間板変性または腰痛の発生率を表すことよりも悪いことではありません。座っていることが立っているよりも腰痛の発症に対する大きな脅威である場合、メカニズムがIDPを上げる可能性は低いです。

立位と坐位どちらが腰痛に影響するか?という問いの答えはどちらも差異はなく、姿勢による影響とは考えにくいということです。

2002年のJan Hartvigsenの研究は調査数が少ないものですが

職場で座っていると腰痛は起こるのか?という研究があります。

これによると

質に関係なく、1つを除くすべての研究で、作業中に座っていることとLBPとの間に正の関連性を見つけることができませんでした。質の高い研究では、立ったり、運転したり、持ち上げたり、曲げたりするなど、さまざまな職場での曝露と比較して、またさまざまな職業と比較して、座っていることとわずかに負の関連があることが示されました。質の悪い研究の1つは、姿勢の悪い座位とLBPに関連しています。

一般的に仕事中に座っていることが椎間板に負担を与え、変性を促進させ、腰痛を助長しているという考えも否定的だと言えます。

職業による腰痛にアプローチするには?

これらのことから徒手療法家が腰痛の患者に対し、職業を臨床的に考慮すべきなのは

・作業姿勢などは積み荷の上げ下ろしや介護職、看護職、保育士など腰痛発生リスクの高い職種であるかどうか?

・これ以外の職種で腰痛が発生した場合、労働環境や人間関係をどのように捉えているか?

・元々、椎間板ヘルニアや椎間板変性の既往歴があるかどうか?

・プライベートの充実度

・腰痛の歴史や家族歴

このあたりを問診やコミュニケーションでリサーチする必要がありそうです。

長時間の坐位で痛みが強くなる患者に対しては

・どのくらいの時間なら座れるのか?

・椅子や座る場所によって痛みは変化するのか?

・座ってする作業中に心情や不安はないか?

という問いをかけてみることも大事です。

姿勢性の腰痛を訴える患者に対しては、

・破局的思考

・運動恐怖感

・自己効力感

について理解し、手助けとなる体験を処方していく必要があります。

職業と腰痛について考えてみると

かなり思い込みで患者さんに接していたことを反省します。

施術方法や効果のある手技、テクニックを探すよりもこのような疫学的な理解を深めてみることで、説明モデルが変わります。

患者さんに無駄な期待を持たせることは失望という代償を払うことになりますし、効果のない構造的なアプローチをしても多少の緩解は見られても改善には繋がらないので経済的、時間的なコストが余計にかかり、それが患者さんの症状に影響を与えることにもなりかねないということを知っておいてほしいと思います。


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