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【エッセイ】エンパス! 現実主義の母と私と幽霊と 2. 激怒


 “ 嘘つき ” と、何故母が私に言ったのか――、
 それは私が幽霊を見たと母に縋ったからである。


 あれは小学一年生の時だった。
 今もあるかは分からないが、当時は子供会というものがあり、住んでいる地区ごとに子供や親が集まっていろんな催し物が行われた。

 その日は川釣りをするイベントがあり、私はみんなと川辺を歩き、釣り場へと向かっていたのだが、その時にピンク色の上着を着た中年のおばさんとすれ違った。

  …………何か変だった。

 すれ違う前、その人は川のすぐ横の山の中から急に現れ歩いてきたのだ。
 どうしてここから? と思うほど道もない険しい所だったし、醸し出す雰囲気というのか、嫌にジト〜っと重いのだ。

 すれ違う瞬間に目が合って、背中にゾワリと悪寒が走った。振り向いた時にはもういなくて、かと思ったらまた前の方に立っている。

 釣りをしている最中も、釣った魚を焼いて食べている時もこっちをジーッと見つめてきて、夕方頃、やっと山の中へと戻って行った。

 おそらくアレは地縛霊だったのだろう。

 それまでもおかしなものが見えたりはしていたけど、あんな嫌な感じのものは初めてだった。
 怖いと思ったのも初めてだったし、危険信号というか、冷や汗もかくしドキドキして、とにかくずっと息苦しくて。

 それでも、みんなの楽しい雰囲気を壊したくなくて我慢して、家に帰ってからやっと母に打ち明けた。怖くて怖くて、助けて欲しくて言ったのに――、

 聞くなり、母は心底ガッカリしたような顔をした。その後はとても感情的に激怒される事になる。

「バカこの嘘ばりっ! 全く誰に似たんだか! そんな風に平気で嘘ついてると誰にも信用されなくなるぞ! オオカミ少年知ってるか!? もっとちゃんとしっかりしないと! 真っ当に! 嘘つきは泥棒の始まりなんだからな!」


 大体そんなような事を延々と、もっと訛った感じで言われたと思う。

 母の立場を思えば、当時は離婚したばかりで子供が三人もいたので大変だったし、私たちを立派に育て上げようと必死だったのだろう。

 けれど、その出来事はまだ小学一年生だった私にはとてもショックで、胸をえぐるほどの傷になった。

 本当なのに全く信じてもらえない、言えば烈火のごとく怒られる……。

 それ以来、私は例え幽霊を見たとしても母には話さず黙っているようになった。
 それでも隠しきれない時はあって、また嘘つき呼ばわりされたものだが……。


 そう、まさに母は現実主義の人だった。


 現実主義の人には何を言っても無駄なのだ。残念ながら当時はそれが分からなかった。


 それはそうと、私が初めて霊を見たのは、まだ幼稚園生で、母が離婚する前、父方の祖父母と一緒に暮らしていた時であった。

 家の中や外でも、たびたび黒いジャンパーを着た男の人が前を横切ったり、座ったりしているのを見ていたので、祖母に「あれは誰?」と聞いた所、祖母は数秒黙りこんでから、「あれはカモメだよ」とにっこり返した。

  …………いや、違うだろう。

 幼いながら、そう思ったのを覚えている。
 いくらなんでも私にだって人間と鳥の区別くらいはつくのである。

 その時、初めて私にしか見えてないのだと思ったし、人は答えに困ったらそうやって誤魔化すのだと知ったのだった。

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