徒然物語27 フリーアドレス

おれはこの部署の一椅子として、これまで数多くの人間たちを支えてきた。

シュレッダー、延長コード、そしておれ。この3つがここでは最古参だ。

部署の規模が大きくなるにつれて、新しい椅子が次々に運ばれてきた。

当然、故障なんかでいなくなるやつもいたが、おれは今でもなんとか踏ん張っている。

そんな会社も、今年になって新しい取り組みを始めだした。

自分の好きな席で仕事をする。

「フリーアドレス」ってやつだ。

課長とか、部長とかの奥でふんぞり返る机は取り払われ、ぱっと見ではどこが偉い奴の席なのかわからなくなり、おれたち椅子の上下関係もなくなった。

今まで部長クラス専用だったおれにも、どこの馬の骨ともわからない若造が遠慮もなく座り始めた。

はじめは屈辱的だったが、次第におれがどれだけ慢心していたかに気付かされた。

部長を支えているという優越感に酔っていた。

別におれが偉かったわけじゃないのに…

今まで周りの椅子たちからどう思われていたか、恥ずかしくなる一方、これからは心を入れ替えて一椅子として仕事に専念しよう。
そう思った、矢先だった。

「この椅子、キャスターの調子悪いな。」

「それ、代々部長格の椅子で、ずいぶん長いことこの部署にあるみたいですよ。
そろそろ廃棄して、新しいのに代えてもらいましょうよ。」

中堅どころの2人がなにやらのんきに、おれを廃棄するとか話している。

気付いた時にはすでに遅かったようだ。

どうやら、ここまでの運命らしい。

廃棄の処分に対して、おれにはどうすることもできない。覚悟を決めた。

「なに言ってるんだ。たかがキャスターが壊れただけだろう。修理すればまだ使えるよ。」

温かい声がおれを包んだ。

この人は…ヤブさん…
おれが仕えた最初の部長だ。今は定年再雇用で事務備品などの管理を行っていると聞いていた。

久しぶりに会った。年を取り、あの頃とはずいぶん雰囲気が変わった。
それでもヤブさんは、あの頃と変わらない、しっかりした声で言った。

「こいつは私が部長の頃からここにあるんだ。ずいぶん古いが、まだ使えるだろう。私みたいな老いぼれと違って。なんてな。」

ヤブさんは笑いながら続ける。

「私はずいぶん年老いたが、この椅子のほうはまだまだ現役だ。修理で使えるなら、このまま置いてやってくれよ。」

「わかりました。ヤブさんがそう言うなら、しょうがないですね~。」

中堅どころはおれを修理するための電話をかけだした。

ヤブさんが懐かしそうにおれに微笑みかける。

働き続けられるうちは、この部署を支え続けよう。

おれは決意を新たに身を引き締めた。

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