徒然物語46 ある一つの決定的な要因

夫婦は岐路に立っていた。
 
夫は大衆レストランに5年勤務したのちに、妻と共に独立。
 
大学前の空きテナントを改装し、定食屋を開業した。
 
夫婦と、パート従業員で切り盛りし、学生を中心に賑わいを見せていた。
 
4人掛けのテーブル3席に、カウンター8人掛け。
 
量の割に、値段はリーズナブル、品揃えも豊富ときたものだから、お腹を空かせた学生がいつも列をなしていた。
 
夫婦は二人三脚で馬車馬のように働いた。
 
10年も経過すると、当初の借金も終わり、日々の生活に余裕が持てるようになってきた。
 
そんな、ある日のこと。
 
2階のテナントが立ち退いたのだ。
 
不動産の仲介屋から、2階を活用して定食屋を拡大しないかと相談を受けたのは、お盆が開けたころだった。
 
現状、お昼時は学生が途切れたためしはなく、繁盛している。
2階が活用できれば今まで以上の集客が見込め、売上は単純に2倍以上が見込めるだろう。
 
従業員として料理人と、ホールスタッフを増員しても、手元に残るお金は今までより間違いなく増える。
 
夫婦が忙しい合間を縫って計算した結果、行きついた答えだ。
 
問題は、2階は居抜きだったため、改装費用が多額に及ぶことだ。
 
ざっと見積もって2,000万円。
 
開業時以上の借金を覚悟する必要があった。
 
夫婦は散々悩んだ末、より多くの所得を得る選択肢を選んだ。
 
銀行融資を取り付け、改装に踏み切ったのだ。
 
幸い、従業員はすぐに雇用できた。
 
リニューアルオープン後の集客も好調。
 
売上も利益も予想通りで、最高のスタートダッシュに成功したのだ。
 
増築前、夫婦の心の隅にあった心配は杞憂に終わった。
 
にわかには、そう感じられた。
 
しかし、その1年後に事件は突然起きた。
 
大学移転の話が持ち上がったのだ。
 
向こう1年をかけて県外へ移転。大学跡地の活用は当分未定。
 
決定してからはあっという間だった。
 
かつて列をなしていた学生は一人残らずいなくなり、定食屋の業績は急激に落ち込んだ。
 
それでも夫婦は従業員を養うため、必死に働き続けたが、結局売上は回復せず2階は閉鎖。
従業員も解雇せざるを得なくなり、後には借金だけが残ってしまった。
 
今では1階のみを活用し、夫婦2人が何とか生活していけるだけの日銭を稼いでいる。
 

ビジネスを行う上では、「ある一つの決定的な要因」で運命が左右されることがある。
 
そんなお話。

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