徒然物語37 木偶の言葉にご用心

南の魔女の軍勢が、王都を占拠して久しい。

南の魔女「ゲユバ」の魔力はすさまじく、王都防衛のゴーレムたちではまるで歯が立たなかった。

王都に住まう人間、魔法使いの多くは住処を追われ、北の妖精の都に落ち延びることとなった。

ゲユバは常に三角帽子とスカーフで素顔を隠していた。
帽子の奥に覗く両眼だけが怪しい光を放っていた。

「ゲユバ様、本日は世にも珍しい品物を持って参りました。」

部下の召使いゴブリンが恭しく一礼し、木箱を掲げる。
ちょうど呪物のドクロがすっぽり入るくらいの大きさだ。

「なんだい、その珍しい代物とやらは。さっさと開けて見せてみな。ただし、つまらないものだったらタダじゃおかないよ?」

ゲユバはかつて国王が座っていた玉座に深々と腰かけ、ゴブリンを見下ろす。
右手のにあるのは、ゲユバ自慢の水晶だ。持て余した魔力でふわふわと浮かばせている。

「はっ!こちらにございます。」

ゴブリンは木箱を開けて見せる。
中には木でできた人形が入っている。
木を粗く削って、ボタンを目玉代わりにくっつけただけの、人形。

部下の兵隊ゴブリンたちには、ただのガラクタにしか見えなかった。

しかし、ゲユバにはそれが何なのかすぐに分かった。

「ほほう。珍しい。そいつは“木魂木偶(こだまでく)”だね。どこでどうやって手に入れたかは聞かないでおこう。そいつには面白い力が宿っている。聞かれた質問に、正しい答えを返してくれるのさ。どんな質問にも、だ。」

「その通りでございます。」

召使いゴブリンは頭を下げたまま言う。

「試してやろう。」

ゲユバはそう言って、階段を降り、召使いのもとへ歩み寄る。
そして、しわがれた声で人形に向かってこう質問した。

「…この世で、最も美しい人は誰だい?」

(??)
王室にひざまずく兵隊ゴブリンたちは、質問の意図が汲み取れず困惑した。

そんなことはお構いなしに、ゲユバは続ける。
「…私かい?」
と若干もじもじしながら言った。

…えっまじ!?

今度は兵隊ゴブリンたち全員が同じ感想を抱いた。
なぜなら、ゲユバは素顔こそ隠しているが、どう考えても容姿は老婆そのものだ。

兵隊ゴブリンたちが言いようのない緊張に包まれる中、木魂木偶はカチカチ揺れながら口を動かし始めた。

「世界一の美女ねぇ…うーん、好みにもよるけど、ボクの見立てでは北の都に逃げ延びた、白朝姫かなあ…うーん、西の山脈の蒼藤姫も捨て難いなあ…」

などと、やたら饒舌に話し始めた。
ゲユバをはじめ、その場にいた全員がポカンとして、状況が整理できない。

「ああ、間違っても500年生きている、目の前のおばあちゃんじゃないから。あと、質問は100年に1回だけだから、おしまいね。じゃあ、100年後までごきげんよう!」

言うが早いか木魂木偶はカクっとうなだれて、二度と話すことはなかった。

言葉を失ったゲユバのスカーフがはらりと舞い落ちる。
そこにはしわくちゃの顔に、爛々と輝く大きな目、極めつけの鉤鼻があった。

「私じゃ…ないのか…い?」

ゲユバは相当ショックを受けたらしく、その場にへたり込んだ。

「もう一回…もう一回…答えて…」

すがるように人形をつかむ。
しかし、人形は一向に返事を返す気配はない。
ゲユバは嘆き、うなだれた。
その容姿はおとぎ話に出てくる醜い魔女そのものだった。


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