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第21話 分からない動機

 呼ばれた時点で何が起きたのか察したのだろう。クレバ医師は珍しく不安そうに眉を寄せていた。
「今度は一体何があったのですか」
「クレバ医師のことをお待ちしておりました。うつ伏せになっていますが、ライ大臣で間違いないと思います」
 エリリカは部屋の中央で倒れている人物に目を向ける。同じ部屋、同じ空間なのに、そこだけ異様な空気が漂っているように感じられた。
「ふうむ。酷い有様ですな。周りには破片が散らばっておりますし、辺りは濡れておりますし。これが何かは判明しておりますか」
「いいえ、分かっておりません。先にライ大臣の検死をお願いしたいのです。私に医学の知識はありませんから。ライ大臣を病院まで運ぶのは、この城の警備兵に任せます。ですが、この場で簡単に見て頂きたいのです」
「お安い御用です」
 クレバ医師がライ大臣の死体を見ている間、アリアが警備兵を四人連れてくる。もちろん、階段を担当する警備兵とは別の警備兵だ。歩きながら事情を話し、病院まで運ぶよう伝える。五人で歩いているだけあって、足音は大きく階段に響いていた。
 アリアが部屋に着いた時、クレバ医師は立ち上がるところだった。うつ伏せだったライ大臣の死体は、仰向けに変わっている。生気のない顔色と開いた口から滴る涎が生々しい。アリアは目を逸らさないようにしっかりと見据える。エリリカが頑張っている今、自分だけ逃げるわけにはいかない。
 アリアはあることに気がついた。ライ大臣の前側、つまり、カーペットに面していた顔側があまり濡れていない。後ろ側、つまり、天井を向いていた背中側はかなり濡れている。顔側と背中側で濡れている割合が大きく違う。
「ここで傷痕をお見せすることは控えます。簡単な検死結果だけを言わせてもらいますよ。ライ大臣は撲殺です。頭部を二発殴られております。申し訳ないですが、今の段階ではこれが限界です。後は病院にて細かい検死が必要です」
「もちろんです。ライ大臣の検死をお願いします」
 クレバ医師は力強く頷いて部屋を出ていった。警備兵達は、ライ大臣の死体を担架に乗せて運んでいく。
 ライ大臣の死体があった場所。警備兵に運ばれたことで、そこには何もなくなってしまった。アリアはその場所を見つめている内に、別のことにも気がついた。ライ大臣がうつ伏せになっていたカーペット部分は、ほぼ濡れていないのだ。
「セルタ王子、イレーナ大臣、お付き合い下さりありがとうございます」
「当然のことですから。いえ、あの、何もできなくてすみません。お役に立ててないです、よね。すみません」
「私はご葬儀にも参列できないでごめんなさいね。帰りにお墓の前で手を合わせても良いかしら」
「そうして下さると父達も喜びます」
 四人で裏庭の墓地に戻る。そこにはアクア夫妻しかいなかった。国民には帰るように、使用人には持ち場で仕事をするように、ダビィが指揮してくれた。エリリカとアリアは全員に感謝を述べ、二人で関所まで送ることにした。城から関所までは一時間。ゆっくり話を聞きたいというのが、エリリカの本音だった。
「あの、失礼を承知でお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ああ」
 ダビィが代表して返事をする。エリリカは一瞬アリアと目を合わせた。彼女の中で、何か覚悟を決めたようだ。目を合わせることが、いつの間にか二人の間で合図となっている。
「私の父や母、それにライ大臣が殺された理由に、心当たりはありませんか。動機という面で、私にはさっぱり見当がつきません」
 エリリカが話している間、アリアはできるだけ全員の表情を見る。ダビィ王は相変わらず表情が変わらない。セルタ王子は難しそうな顔をして考え込んでいる。ミネルヴァ女王は一瞬表情を曇らせたが、いつもの涼しい表情に戻った。しかし、ピンクの瞳が不安そうに揺れている。アリアには、イレーナ大臣が一番動揺しているように見えた。いつもの優しい笑顔が途端に崩れる。
 ダビィは他の三人の表情を見て、眉を吊り上げた。
「わしには想像がつかんな。申し訳ないが、フレイム城の使用人による謀反の可能性が高いだろう」
「あなた、エリリカ姫は辛い時なのよ。言い方を考えなさいな。でも、申し訳ないわね。私にも・・・・・・想像がつかないわ。亡くなられた三人は、フレイム王国の住人ですし」
 ダビィがミネルヴァに視線を向ける。ミネルヴァはその視線を受けて、口をつぐんでしまった。
「ぼ、僕も全然分かりませんね。コジー様とエリー様は素敵な方です。あの、ライ大臣も研究熱心ですよね。恨まれる理由が全くない、と思います。王族を羨んだ者の犯行、とかでしょうか。いえ、あの、国民を悪く言うの、良くないですよね。すみません」
 セルタは申し訳なさそうに下を向いている。彼はダビィの「余計なことを言うな」という視線に、全く気づいていない。小心者なのか大物なのかよく分からないな、とアリアは思った。
「そうね、私もセルタ王子に賛成かしら。どちらの時も、大勢の人が出入りしていますからね。国民の可能性も充分にあるでしょう。いえ、高いと思いますよ」
 イレーナ大臣はいつものゆっくりとした口調を崩して、早口に自分の意見を述べる。アリアは、セルタ以外の三人が不自然な態度なのを感じ取った。
「そうですか。皆様ありがとうございます。国のトップに立つ人間として、国民や使用人に気を配れるよう気をつけます」
「そうすると良い」
「エリリカ姫は素敵な方ですから、きっと大丈夫よ。応援しているわ」
 ダビィとミネルヴァの言葉。これは本心から出ているように思える。二人の表情には励ましの色が浮かんでいる。
 アクア夫婦にセルタ王子、イレーナ大臣とは関所で別れた。関所を越えて、壁の向こうへ消える人影をじっと見つめる。
 アリアは未だに胸騒ぎが治まらない。もちろん、送り出した時に感じた嫌な予感もまた、後日見事に的中してしまうのだった。

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