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第34話 ちょっとしたデート?

 ポンッと共に勢いよく出された手には、グーとチョキが現れている。落ち込むアリアは、自分のチョキを恨めし気に見つめている。
「エリリカ様に持たせるなんて、メイド失格ですわ」
「落ち込まないでよ。ジャンケンで公平に決めたでしょ。ほら、元気出して。あ、ああ、そうだ。城に帰ったらアリアの美味しい紅茶が飲みたいな~」
「本当ですか。お任せ下さいませ。最高級の紅茶をお淹れ致します」
 アリアが目を輝かせて浮足立っている。心なしかスキップしているようにも見える。エリリカは、アリアのこういう頑固で面倒くさいところも好きなのだ。
 のんびり歩いて病院まで行った。説明するまでもなく、病院には燃えるような赤色の外装が施されている。入口には病院の診察時間を示すカードが掛けてある。「閉院」のプレートが掛かっているのは、検死を行っているからだ。
 病院には二つの入り口がある。一つは、エリリカ達が立っている普通の扉。もう一つは、急患用の入り口で、普通の入り口の隣にある扉。病院といっても医者が三人、看護師が四人の規模。検死を優先するとなると病院を閉院しなければならない。その代わり急患用の扉は開いているので、すぐに診察して欲しい人は、この扉から入れるようになっている。
 エリリカが、急患用の扉の横にあるベルを鳴らす。中から看護師が出てきて、クレバ医師の元まで案内してくれた。看護師が院長室をノックする。中からしわがれた声が聴こえてきた。エリリカ達が部屋に入ると、クレバ医師は院長席から立ち上がった。
「まだ検死は済んでおりませんよ。どうなさいましたか」
「これも一緒に検査して欲しいのです。お茶とおにぎりは、イレーナ大臣が口に入れた形跡なしです。ですが、念のために毒が入っていないか調べて頂きたいのです。クレバ医師にわざわざ言うのも失礼ですが、入っている物全て、素手で触らない方がよろしいです。一部にだけ毒がある可能性もありますから」
 エリリカは手に持っている入れ物を差し出す。おにぎりが入っている入れ物と、お茶が入っている入れ物。クレバ医師は、物珍しそうにそっと受け取った。
「お任せ下さい。明日のお昼ごろにはお城へ伺います」
「ありがとうございます。お待ちしております」
 二人はお礼を言って、病院を出る。日が落ち始めたこともあり、建物から出ると肌寒く感じた。春先の冷たい風が、心地よく感じられる。
「少し寄りたいところがあるんだけど、良い?」
「夕食までお時間がありますので、よろしいですわ。何処へ行かれるのですか」
「着いてからのお楽しみ。ちょっとしたデートよ」
 エリリカに引っ張られるようにして、アリアは王国の端、海の近くまでやって来た。昼間はコバルトブルー色だった海が、沈む夕日に照らされて、ほんのり赤くなっている。フレイム王国はアクア王国よりも西側にあるから、沈む夕日が綺麗に見える。赤と青、海では二つの色が混ざり合っている。混ざり合って、溶けてしまいそうなほどに美しい。
「綺麗な景色でしょ」
「美しいですわ。二十五年も生きているのに、この景色を知りませんでした」
「私もつい最近見つけたのよ。同じ国なのに、全然見えてなかったのね」
 アリアは海と夕日を眺めつつ、横目でエリリカを盗み見た。エリリカの赤い髪は、沈む夕日に照らされて輝いている。フレイム王国の王族に相応しい赤。エリリカは誰よりも赤が似合う。これはアリアが常々思っていることだ。
「赤と青って、こんなにも綺麗に合わさるのよね。フレイム王国とアクア王国も、これくらい力を合わせていきたいわ」
「え、ええ、そうですわね」
「驚いた顔してるけど、私の顔を見てたのバレバレだから」
「も、申し訳ありません」
 ずっと見ていたことに気づかれて、アリアは真っ赤になった。その様子に、エリリカの笑いは止まらなくなる。
「そんな真面目に謝らなくても良いのに。私は嬉しいから。それに、その分私もアリアのこと見るし」
「そ、それは困りますわ」
「じーっ」
「タイム、タイムですわ。ほら、時計を見て下さいませ。そろそろ夕食のお時間ですわ。お城に戻りましょう」
 開いていない懐中時計を突きつけられたが、アリアの機嫌を損ねないように、エリリカは見えたフリをする。
「本当ね。もうお腹ぺこぺこ。皆の作った美味しいご飯が早く食べたいわ」
 二人は海から反対の方へ歩いていく。のんびり海を見ていたせいで、気づいたら辺りは暗くなっていた。街灯が明るいせいか、星はほぼ見えない。大空では、街の灯りを頼りに鳩の群れが飛行していた。

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