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第六章|「最強少女に懐かれた話」ハタガミ|第36回後期ファンタジア大賞 一次選考落選

今回は少し短めです。(8千文字程度)


第六章 最強少女が決断する話

 ロクに説明もされないまま、二人は高層階へ連れてこられた。

 金属製の扉で、指紋認証のドアが開く。

「ここは完全防音の会議室だ。何を話しても問題ないよ。てきとうに掛けてくれ」

 室内は白を基調とした清潔な空間であり、中心に長方形の白いテーブル、その周りをいくつかのオフィスチェアが囲んでいるだけのシンプルな部屋だ。

「で? 見せたいものってなんだよ?」

 幸一は肘を突きながら、単刀直入に問いただす。

「……そうだね」

 エヴァは特に前置きすることもなく、懐から取り出してあるものを置いた。

「……なんだこれ?」

「金属のチップ、でしょうか……?」

 エヴァがテーブルに転がしたのは、豆粒のように小さく薄い金属の何か。

 だが所々溶けているのか、チップというよりただの金属の塊のようだ。

「これは、発信機だ。ミリアムの体内に埋め込まれていた。これはその一部」

「一部? これ以外にもあるのか?」

「あぁ、取り除いたのはこの発信機だけだ。精密検査で分かったことだが、ミリアムには体中に金属が埋め込まれている」

 人間は体内に金属が混入すれば、瞬く間に臓器が刺激を受けて異常をきたす。

 免疫力の弱い子供ならば尚更だ。

「外科手術で取り除けたこの発信機はたまたま表皮の近くにあったから取り除けた。この発信機以外は全て筋肉よりも奥深く――神経の通う皮下脂肪層にあった」

「「!」」

「今の医療技術では、それらを取り除くことは……って、どうかしたのかい?」

 エヴァは二人の様子に首を傾げる。

「あぁ……まぁ、これは俺の推測でしかないんだが……」

 幸一は薬剤師として分析した、ミリアムの身体特性を説明する。

 皮下脂肪や、【人体発火】に使われている精神性発汗など、現状分かっていることの全てをエヴァと共有した。

「なるほどね……それなら、僕の推測も当たっているのかもしれない」

「……なんだよ?」

 言いにくそうにしているエヴァを、幸一は怪訝そうに見る。

「幸一は【人体発火】の原理を解明できていないんだよね?」

「あぁ。肝心の発火する理由は分からん。本来人体には火種なんてねぇからな」

「こうは考えられないかい? ……ミリアムの【人体発火】は人工物だって」

 言っている意味が分からない。

「つまりミリアムの【人体発火】は、誰かに作られたものってことだよ」

「……は?」

「アメリアの話によると、ミリアムは自分の意思以外でも、人体発火現象を引き起こしていたそうだ」

「……暴発は起きるだろ。響子だって昔は――

「それは制御が効かなかったときの話だろう? ミリアムは違う」

 エヴァの言わんとしていることは暴発ではなかった。

「ミリアムは、他人の意思で【人体発火】を起動していた」

「……はぁ!?」

「単純な話だ。作られたということは、操作できる可能性もある」

「あ、あり得ねぇだろ……!」

 幸一は取り乱したように、声を荒げる。

「特殊能力が簡単に作れる訳がねぇ……! 必ず膨大な実験と訓練が必要だ……! 相手はテロリストなんだろ? そんな人体実験みたいな真似、できる訳がねぇだろ……!」

 人体実験とは、簡単に行えるものではない。法律をかいくぐるのはもちろん、研究施設や研究者、そして何より被験体となる人間を集めるために、膨大な資金と時間が必要となる。テロリストは軍事的な装備に金をかけることこそあれど、そんな成果が出るかも分からないものに金と時間をかける余裕などある訳が無い。

「……そうでもない」

 だが、エヴァは深刻そうな顔で否定する。

「我々『ソリッド・シールド』がテロ組織『衛星特攻兵団』の殲滅を政府から依頼されて、アメリアに彼らのアジトと思われる場所を徹底的に潰してもらった。そこで彼らの素性を調べたところ、彼らは全て小国の出身者だった」

「……受け入れられなかった難民とかだろ? よくある話だ」

 二度の世界大戦で、荒れ果てた祖国を追われて難民となる者は少なくない。

「ただの小国じゃない。チェコスロバキア、キューバ、ブルガリア、アフガニスタン、ルーマニア……もう分かるだろう?」

「……ソ連、でしょうか……?」

 冷戦下において、ソビエト社会主義共和国連邦の植民地は数多く存在する。

 テロ組織『衛星特攻兵団』は、そんな貧しい国の出身ばかりだった。

「彼らのバックにソビエトがいるなら話は別だ」

「テロ組織がソ連の差し金ってことか?」

「そこまでかは分からない。ただソビエトの技術が関与している可能性は大きい」

「……まぁただのテロリストじゃないことは分かった。だがそれでもあり得ないぞ。仮にミリアムが人体実験で生み出されたものだとしても、操作されて、それが利用されるとは思えない」

「なぜ?」

「ミリアムは『衛星特攻兵団』に雇われる前から、【人体発火】を使っていたんだ。それで自分の両親も殺しちまったそうだしな。作られたわけじゃねぇだろ」

「……どうかな」

「……で、お前は何が言いたいんだ?」

 妙に食い下がるエヴァに、幸一は再び芽生えた違和感を問いただす。

「……怒らないでくれよ?」

「……内容による」

 エヴァはため息をついてから、幸一の目を見てはっきりと告げた。

「彼女は危険だ……大事になる前に、僕らが引き取る」

「……は?」

「横暴は百も承知だ。……だがもしも再びミリアムが操られてしまう事態に陥ったとき、君達は火傷では済まない」

エヴァは続ける。

「それと、僕らは今度こそ『衛星特攻兵団』のために動かなくちゃならない。三日後に、ニューヨークやマサチューセッツへ飛ぶんだ。ミリアムにはそれを手伝ってもらう」

 エヴァの冷徹な言葉に、二人は沈黙する。

 最初に反応したのは、響子だった。

「……そ、そんなこと……いけません……!」

 俯いて、涙をこらえながら言葉を絞り出す。

「ミリアムは私達と過ごすべきです! 【人体発火】だって……先生の薬で……!」

「……ミリアムは『衛星特攻兵団』と内通している可能性だってある」

「っ……! そもそも、『衛星特攻兵団』とやらは、アメリアが殲滅したのではないのですか……!? 何故ミリアムがそんなことに協力しなければならないのです……!」

「確かに僕らは『衛星特攻兵団』の拠点を突きとめて壊滅へ追い込んだ。だが完全にではない。……もちろんアメリアが大打撃を与えたのは事実だ。だが彼らはまだ死んでいない。彼らのトップであるエディ・クレイには逃げられた。恐らくまだ生きているはずだ」

 エディはさらに畳みかける。

「発信機が埋め込まれていたんだ。他にも何かしらの細工をされていて、情報を取られている可能性も十分にある。……いや仮にそうでなくとも、爆弾くらいはあってもおかしくないだろう。元々、使い捨ての少女兵なんだ」

「……それは……」

「それにキョーコならば知っているだろう? ミリアムの意思に関係なく、ミリアムとは敵対する可能性がある。少女兵とは、そういうものだと」

 幸一はエヴァに感じていた違和感の正体が、焦燥だと気づく。エヴァの有無を言わさない勢いから、微かに焦りと緊張が見て取れた。本当に危険な状態だということだ。

 響子はついに返す言葉が無くなり、再び沈黙が訪れる。

「……もちろん、報酬は支払うよ」

幸一は不機嫌さを隠そうともせず、エヴァを睨みつけながら問いただす。

「……エヴァ、お前はこうなることを分かっていて、俺にミリアムを預けたのか?」

「……あぁ。僕らが『衛星特攻兵団』を仕留め損なえばこうなるかもしれないことは分かっていた。だから……できれば君を関わらせたくなかった。本当だ」

「じゃあなんで俺にミリアムを預けた?」

「……君なら、どうにかできるかなって……期待したんだ」

「……なんだよそりゃ……」

 幸一は気が抜けたように肩を落として、ため息をついた。

「……悪かったな。期待はずれで」

 そして不貞腐れた子供のように頭をかく。エヴァの真意に気付いたからだ。

 前に【人体発火】に対して対策はできる、と幸一はミリアムに告げたが、あれは嘘だ。

 実は時間をかければ、幸一は【人体発火】を完全に止めることができた。

 つまり実質的に、ミリアムを治療することも不可能ではなかった。

(確かにまぁ……昔の俺なら、速攻でミリアムを治していたんだろうよ……)

 最強だろうと少女兵だろうと関係ない。誰であろうと【特別】に苦しむ子供を、昔の幸一は放っておかなかった。だが幸一はその選択を取らなかった。

 それは間違いなく幸一が変わってしまったからだ。

「……いや……僕こそ、ごめん」

 本当に申し訳なく思っていることが分かる幸一の言葉に、エヴァは寂しそうに謝罪した。

「……夢ばかり掲げて、現実を見れていなかったから、コーイチがしわ寄せを受けたんだ。だから君は、君が積み上げてきたものを否定し……研究を辞めた」

「アホか……俺が迷わずミリアムを治していたとしても、研究を再開することはない」

 幸一はそんなエヴァの謝罪をばっさりと切り捨てる。

「そう、かな……」

 幸一はため息をついてから、呆れたように呟いた。

「はぁ……別に特殊能力だけが俺とお前を結び付けているわけじゃねぇだろ。たとえ俺が研究を辞めたとしても、俺がお前から距離をとる訳でも、お前を嫌いになる訳でもない」

 不器用ながらもぶっきらぼうに呟いたその言葉に、エヴァは心から安堵する。

「……そっか」

「つーか、それが分かっていればわざわざミリアムを引き取らずに済んだのかよ?」

 悪ぶって見せる幸一に、エヴァはいつもの調子を取り戻す。

「いや、それは別の話さ。ミリアムの精神は不安定で危険だったし、僕らに一から彼女を教育する余裕は無かったからね」

「俺は便利屋じゃねぇぞ……ったく」

 幸一は席を立って、呟いた。

「……さっきの話は、断る」

「え……?」

「治すっつったんだよ……ミリアムを完全に治す。それならいいだろ?」

 エヴァは呆気に取られるが、すぐに心から嬉しそうに笑みをこぼした。

「……一週間だ。一週間以内に治してくれ。それがリミットだ」

「……いいのか? 社長。未来の優秀な兵士の特殊能力を治しちまっても」

 幸一が【人体発火】の治療を躊躇った理由はそれだ。ミリアムを引き取る契約は、あくまでミリアムを【人体発火】を扱う優秀な兵士として雇うための準備だ。

 幸一が【人体発火】を治してしまえば、その目論見は崩れ去る。

「……いいさ。君が彼女を救ってくれるのなら……」

 しかしエヴァにとっては些細なことだった。

「ふん、嬉しそうな顔しやがって……」

「嬉しいさ……君が研究の力を使ってくれるんだからね」

 満足そうなエヴァの顔を見て、ようやく合点がいったように幸一は肩をすくめる。

「……なるほどな。俺の研究が人の役に立つことを知って欲しくて、ミリアムを治療させようってか? ……回りくどくないか、それ?」

 ぼったくりをしているせいで、今でこそ幸一は心から感謝されることは少ないが、昔はその研究で【特別】な人を治す度に、心から感謝されていた……気がする。

「……そうかもね」

 互いに不器用な幼馴染に、二人は小さく笑い合う。

「んじゃ、そろそろ帰るわ。響子…………響子?」

 長話を終えて、伸びをしながら幸一が響子を見ると。

「……」

 響子は爽やかな顔をしながら、鼻血を垂れ流していた。

「お、おい……!? 大丈夫かお前……!?」

「え……あ……お構いなく」

 かならの量が出ているので、幸一が心配するが、響子は元気そうだ。

「……そっちの趣味は相変わらずなんだね、キョーコ」

 どうやら幸一とエヴァのやり取りに、強烈な何かを感じてしまったらしい。

 エヴァが苦笑しながらハンカチを手渡す。

「す、すいません……」

 珍しい響子の醜態に、幸一は呆れながらも部屋を出ようとする。

「……まぁ、なんでもいいけどよ。話は聞いていたのか?」

「は、はい……頭に焼き付けました」

「焼き付けるなよ。……行くぞ」

「は、はい……」

 響子はハンカチで鼻を抑えながら、慌てて幸一について行く。

「……ふふっ……頑張れよ、コーイチ」

 

 三人がミリアムについて話す中、当の本人は医務室でノアの治療を受けていた。

「……これでよし」

 丁寧に手当てを施し、張り手を受けた顔には氷を当てる。

「……ん。ありがとうございます」

「どういたしまして。横になるかい?」

「……はい」

 ノアは医務室にあるベッドに、ミリアムを寝かせた。

「アメリア、君もおいで」

 ノアは水道の冷水に手をつけていたアメリアに目を向ける。

「私はいらん」

「いいから、おいで……ね?」

 ノアは両手を広げて、微笑んだ。ノアの癒しは、三大欲求にも勝る誘惑でもある。

「……ちっ」

 流石のアメリアもその誘惑には勝てないようで、ノアの治療を受ける。

「……はい、できた」

 包帯を巻いて氷を当てただけだが、それだけでアメリアは回復する。

 元々桁外れの自然治癒力を誇るアメリアだが、ノアの揺らぎの声を聞けば、その回復力はさらに跳ね上がり、既に火傷していた掌には薄く皮膜が再生していた。

「……ありがとな」

 自分が絶対強者であるからこそ、他人の力を頼ることを嫌うアメリアだが、ノアはそんなアメリアすらも容易く包み込む。

「いいなぁ……」

 そんな二人を見ていたミリアムが、ぽつりと呟いた。

「いいなぁ……って、何がだ?」

「もしかして、まだ痛むかな?」

 ノアが心配そうにミリアムを覗き込むので、ミリアムは慌てて首を振る。

「い、いえ……そうじゃなくて……」

 ミリアムは遠慮がちに口にする。

「えっと、その……なんか……仲間って感じがして、いいなぁって……」

 その言葉に二人は目を丸くする。

「仲間? まぁそりゃそうだが……」

「ミリアムちゃんは、コーイチやキョーコの仲間になりたいの?」

「……はい」

 ミリアムは少し恥ずかしそうに答えた。

「いつか、二人を守れるように、なりたいです……」

「……プッ、ハハハッ……そりゃ仲間っつーより、戦士だな」

 アメリアはおかしそうに噴き出した。

「戦士?」

「……薄々感じていたが、やっぱりそうだ……」

 アメリアは確信を得て、笑みを浮かべる。

「おめぇはアタシと同じ人種だ。……戦いを求める化け物さ」

「え……?」

 化け物、という物騒な言葉にミリアムが呆気に取られる。

「私は……化け物なんかじゃ……!」

 幸一と響子が否定してくれたその言葉に、ミリアムは少し声を荒げる。

「じゃあなんでキョーコと組手なんかしていたんだ?」

「……それは、強くなるために……」

「おめぇ少女兵だったんだろ? 戦うのは嫌いじゃねぇのか?」

「……それは……」

「楽しかったんだろ?」

「っ!?」

 核心を突くアメリアの言葉に、ミリアムは言葉を失った。

 それは精神面における、ミリアムの危険性。

「なんのことはねぇ。楽しいから戦う。楽しいから強くなる。アタシやおめぇみたいな人種はそうやって生きている。だから無限に強くなるし、無限に戦いを求め続ける。……だからアタシらのような人種は戦場において、最強と謳われる」

 そしてアメリアは、何一つ偽ることなく率直に告げる。

「まぁ……だから、止めときな」

「へ?」

「あの二人を守りたいと思うのならなおのこと、関わるのは止めときな。アタシたちは好き好んで戦場を生きる。……そうでなくとも、生きているだけで闘争を呼び寄せる」

「……どういう、意味ですか?」

 ミリアムには、アメリアの言っている意味が分からない。

「アメリア」

「いいんだよ」

 その先の言葉を止めようとするノアを、アメリアは無視して続ける。

「こっからは機密情報だが……アタシたちは『衛星特攻兵団』の殲滅に失敗した」

「……え?」

 ミリアムはあの惨状を知っている。

 アジトに『ソリッド・シールド』が攻め込んできた。成すすべなくアメリアに蹂躙され、もはや再起不能なレベルで『衛星特攻兵団』は潰された。戦力差を理解したミリアムは、単独行動でなんとか逃げ延びようとしていたところを、アメリアと交戦し、倒された。

 だからこそ、にわかにはアメリアの言葉が信じられなかった。

「少なくともエディ・クレイは死んでいない」

「!」

 それはミリアムを雇った、元上司の名前。

「大した奴だ。このアタシが仕留め損なったんだからな。……奴がおめぇに接触すれば、あの二人はどうなる? 現役ならまだしも、二人はもう引退しちまった。……もし二人が戦うことになったとしても、無事で済むかは分からねぇぞ」

 ミリアムは冷や汗と悪寒が止まらない。

「おめぇには選択肢がある。アタシたちと共に連中と戦うか、あの二人と一緒にいるか」

「ちょっと、アメリア……!」

 年端もいかない子供に、重たい選択肢を突きつけるアメリアに、ノアが止めに入る。

「相手は子供だよ? いきなり決めるなんて無理だよ」

「……そうだったな。わりぃ」

 アメリアは少し罰が悪そうにそっぽを向いた。

「ごめんね。ミリアムちゃん」

「いえ……」

 ノアは優しくミリアムの頭を撫でる。

「けどね、アメリアが言ったことは、確かに事実だよ。それはきっと、ミリアムちゃんが一番理解しているんじゃないかな?」

「……はい」

「でもね。選択肢はまだ残っていると、僕は思う」

「……え?」

「信じる……っていうのも、選択肢の一つなんだ」

「僕もアメリアも、エヴァも響子も……今まで色んな人が、幸一に救われてきた。だから僕らは、彼を信じられる。信じて君を託せたんだ」

 ミリアムにはノアの言っている意味が全く分からない。

「……まだ分からないか……でも、覚えておいて。幸一を信じて、わがままを言うのも選択肢の一つなんだってこと」

「わがまま?」

「うん。わがまま。子供のわがままだよ。……例えばそう、悲しいことが起きたとき、大声で泣いたらいい。きっと幸一は、君を助けに来てくれるはずだよ」

 ノアは確信を持ってそう告げた。

「……まぁ、コーイチならその手もあるか」

 アメリアもそれを一切否定しない。

「……」

 やっぱりミリアムには意味が分からず、首を傾げるだけだった。

 そのとき、がらりと医務室の扉が開く。

「お、いたいた……」

「センセー、キョーコ……!」

 幸一と響子が医務室に入ってくる。

「ノア、治療は済んだか?」

「うん。少し安静にしていれば大丈夫だよ」

「サンキュー。んじゃ、帰るぞ」

「はい」

 ミリアムは氷を当てたまま、ベッドから降りる。

「それじゃあな、ノア、アメリア」

 特に話すこともないので、幸一が手短に別れを告げると。

「待って、二人とも」

 ノアに呼び止められた。

「ん?」

「社長から聞いてない? ミリアムは……その……」

 本人の前ということもあり、ノアが言いにくそうにしていると、幸一はノアの言わんとしていることを察して、あっけらかんと告げる。

「あぁ、聞いたよ。でも断った」

「え、本当に?」

「あぁ……代わりに、俺がミリアムを治す約束をすることになったがな」

 治すという言葉に、ノアもアメリアも一瞬固まる。

「へ?」

 そしてミリアムは、どういう意味か分からず首を傾げる。

「だからまぁ、ミリアムのことは……俺に任せてくれ」

 その言葉に、ノアとアメリアは顔を見合わせる。

「……おぉ、そうか……! そりゃいいぜ! しっかりやれよ!」

 バチィッ!

「ごはぁっ!?」

 そして心から嬉しそうに、アメリアは背中にハイタッチを叩き込む。

「……そっか。……無理だけはしないでね?」

 ノアも嬉しさを隠しきれないようで、華のような笑顔を咲かせていた。

「いっっってぇな……ったく」

 幸一はこみ上げる恥ずかしさを振り切るように、ミリアムに手を伸ばす。

「ほら、帰るぞ」

「あ、はい……」

 ミリアムはそのやり取りの意味が分からず、目を白黒させながらついて行く。

「じゃあな」

「お達者で」

「おう」

「バイバイ、元気でね」

 軽く別れを告げて、医務室を去る。

(治すって……どういうことなんだろう? ……いや、なんでもいいか……)

 まるで万事が上手くいくことが分かっているかのような口ぶりに、ミリアムは少し疑問に思うが、そんなことはすぐに頭から離れる。

 アメリアの話で、既にミリアムの心には悲壮な覚悟が芽生え始めていたからだ。


はい。第六章終わりです。

今回はミリアムと幸一の掘り下げと、伏線を張る章でした。しかし今思えば、この話を序盤に持ってきて、ノアやアメリアを小さくまとめてしまえば良かったと考えています。アメリアが既に事件を解決できる能力がある以上、アメリアが居れば解決するじゃんという構図になってしまいました。
もちろん幸一の見せ場はあるのですが、アメリアに見劣りしてしまう可能性がここで既に浮上しています。

次は第七章です。
では。

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